第73話
「これからどうするつもり? 足手まといになるならあーしのことは――」
「やめて。できることなら見捨てたくない。大原に一矢報いたい意地もあるからな」
「はぁっ⁉︎ ふつうそこは絶対に助けてやる! とかでしょうが」
「言っただろ。俺はお前のことが嫌いだったんだ。そんな優しい言葉をかけてやる義理はない」
「ひど⁉︎」
「それよか真面目な話をするけどいいか?」
「あいっ変わらず空気読めないわね。ガン無視してんじゃないわよ!」
器用に立ち泳ぎしながら「はぁ……それで?」と耳を傾けてくる香川。
そう言えば彼女は身体能力が高いと大原が言っていたな。
「このまま何もしないまま――リスクを取らなければ窒息死するだけだ」
「……本当に真面目、というかえげつないことを淡々と告げてくるんだあんた。言っとくけど話かけている相手がJKだっつうこと忘れてない? 普通ならパニックになって会話どころじゃないからね?」
それについては俺だって感心してるさ。
たしか大原と生活していたときは漁を担当してたんだろ?
泳ぎも達者だし、十代の女子生徒とは思えないほど冷静だ。
正直に言えばここで暴れて取り乱すようなら、残酷な選択も脳を掠めたかもしれない。
本当にありがたい。
「褒めて遣わす」
「何様よ!!!!」
「落ち着けって。本当に感謝してる。それは本当だ。話を戻すがこのままだと海水が天井まで上昇して息ができなくなる」
「……そうね」
「爆発で来た道を戻ることもできない。助かる道があるとすれば一か八か、潜水して奥に進むことだ」
俺の提案に反応を示さない香川。
彼女なりに色々と思案しているのかもしれない。
「ただし当然だが奥に進んだところで陸に出られる保証はない」
いやむしろ辿り着ける確率の方が絶望的に低いだろうと心の中で付け加える。
ゴーグルこそあるものの、鍾乳洞の落下で砂埃が立ち上がり、視界も悪い。光だって差し込んでいない。
鍾乳洞に挟まって生き絶える方がよっぽど想像に難しくないわけで。
「正直に告白するが、俺は進むのがめちゃくちゃ怖い」
「……意外ね」
そりゃそうだろう。あるかどうか分からない出口を求めて潜水するんだぞ?
それも酸素ボンベも道しるべもない中で。
ワンチャン希望があると言えば聞こえはいいが、不安を胸に暗闇を潜りながら、呼吸が苦しくなり光が差し込まなかったらと思うと胸が張り裂けそうだ。
怖くて怖くてたまらない。
けど俺の脳内からどうしても村間先生と黒石の顔が離れてくれない。
諦めるな。諦めちゃいけないと怒ってくれている気がしてならないんだよ。
「男の俺でも逃げ出したい心境だ。香川の言う通り女子高生には重たすぎる重圧じゃないかと思う。けれど――一緒に来て欲しい。たとえ僅かな可能性しかないのだとしても、俺はそれに賭けたい」
思いの丈を全て吐き出す俺。
もしもここで香川が残ると主張したら、きっと最終的には袂を分かれることになるだろう。
俺はまたクラスメイトを見殺してしまう。
「……一つだけ聞いておいていい?」
「なんだ?」
「もしもあーしが怖気ついて奥へ進めない、ここに残る。だから一緒にいて欲しいって頼んだらあんたはどうするわけ?」
ここへきて核心をつくような質問。
やはり女の勘というのは恐ろしい。この島に来てからつくづくそう思うようになった。
とはいえ、ここで嘘をつくのも違う。何より不器用な俺のそれなどすぐに見破られてしまうだろう。
たとえ残酷だと罵られようとも俺は本心を告げることにした。
「情けないが前言撤回だ。お前を置いて行く。だからお願いだ。俺と一緒に来てくれないか?」
もはや支離滅裂。ぐちゃぐちゃだ。都合の良い言葉を並べているに過ぎない。
まともに頭が回っている気がしない。
なんだかんだパニックになっているということだろう。
そんな俺のめちゃくちゃな嘆願が届くのか。
香川は一本線だった口元をつり上げて言う。
「わかった。そんなに言うなら着いて行ってあげる。その代わり――」
「その代わり?」
「もしもあーしが途中で息ができなくなったら容赦なく置いて行くこと。約束できるんでしょうね?」
俺を真っ直ぐ見据える香川。
覚悟を見せろ、そういうことだろう。てっきり『あーしのことは死んでも助けること』と言われると思っていたからある意味拍子抜けだった。
「――わかった。約束する」
「じゃっ、あんたのタイミングでいいわよ。着いて行くから」
ずいぶんと余裕の態度で言う香川。
俺は後に彼女の強気の意味を知ることになる。
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