第46話

「包帯?ああ……拾ったんです」

 俺の質問にまっすぐ答える大原。

 その表情は「何か問題でも?」と語っていた。


 演技……いや素で言っているのか?

 自然な態度に判断がつけられない俺。

 脳が忙しなく稼働する。


 さて、どうする……?

 ここでいきなり上村の名前を出すべきか?

 もし二人のうち一人が協力者なら大原の方が怪しいが――裏付けがない。


 何より二人が白で上村とは何の関係もなかった場合。

 ここで不用意な発言をすることでさらに警戒させてしまうことになる。

 ただでさえ俺に対する好感度はマイナスに振り切れているんだ。これ以上の関係悪化は絶対に避けたい。


 仮に、仮にだ。

 もしも最終的に俺が二人を見捨てることになったとして。

 そして一緒に脱出するかどうかの最終判断を香川と大原に委ねることになったとして。

 田村に騙されてやるか、という選択肢がよぎるかどうかだけでも未来は変わってくる。


 あの獣化した上村に協力したXと逃げ場のない島に残るんだ。

 究極的には生きるか死ぬかデットオアアライブを迫る選択と言っても過言じゃない。

 となるとだ。この後の展開は、


 決闘の末、上村が死んだ→彼の左腕には包帯が巻かれていた→誰かが施した証拠→それを大原たちが所持している→どういうことだ(疑惑の目)


 になるだろう。この流れは敵対関係一直線。好ましくない。

 何より俺が恐れているのは香川と大原のどちらか一人が全く状況を把握できていないただの生徒だった場合。これはもう最悪だ。


 二人で生活をしている以上、信頼関係は構築されていると思い込んでいるだろうし、相棒の言動を疑いもしない。言ってしまえば黒幕は自由自在に操れる状態というわけだ。

 だからこそ協力者ならばいっそ二人であって欲しいというのが俺の願いだ。


 不本意だがここからは探り合いだろう。被害をできるかぎり最小限に抑えるため、狼をあぶり出してやる。

「拾った? 包帯をか? 救急バックが漂流してたってことか?」


 内心で分不相応なことを意気込む俺だったが、この質問がすでに黒幕の手のひらで踊らされていた。

「……ずいぶんと包帯が気になるようですね。もしかして救急バックを拾っておいて田村くんに分け与えなかったことが気に入らないんですか?」


 上手い……! この切り返し。やはり黒幕は大原なのか?

 さすがに「上村くんが包帯をしていたからって、それを持っている私たちがどうして疑われるんでしょうか」のようなあからさまな口の滑らせ方は期待していなかったものの、ここまで厄介な返しをされるとは思っていなかった。


 たしかに大原の言う通り、俺は包帯を持っているというだけでいきなり詰問し始めた謎のクラスメイトになっているわけで、今度は俺が彼女の質問に答えなければいけない。

 だが、ここで頭が痛い問題が一つ。どう答えるか、だ。

 上村という存在が出ていない以上、俺が包帯に固執している理由がこの場には出ていない。


 このままだと貴重な医療資材を独り占めにしていたことに対して怒っている嫌なヤツになってしまう。もちろん俺にそんなつもりはない。別行動で生活をすることになった以上、自分たちが生き延びるために貴重な物資は隠しておくべきだ。


 なにせ極限状態だからな。

 人間が持つ醜い一面が爆発し、いつ争いが起きてもおかしくない。

 つまり大原の行動には賛成だ。

 しかし、それを伝えればこちらから上村の存在を口にすることになる。


 最初から打ち明けなかった分、俺が香川たちを疑っていることがより強調される形になるだろう。だが敵対関係を悪化させず、真相に迫るためにはこれ以外に切り返しがない。

 クソったれが……!


「……なるほど。田村くんが包帯に異様な反応を示した理由については理解しました。もちろん全てを信じたわけではありませんが」


 上村との決着について説明し終えると大原は感情の読み取れない表情で、香川は半信半疑な様子だった。

 話の都合上、上村が自殺したこと、埋葬した場所なども伝えざるを得なかった。


「もちろん私たちは上村くんとは関係ありません。というよりあれから一度も見かけていません。なので私としては田村くんの疑いがより深くなったわけですが……ちなみに包帯なら理沙ちゃんも巻いていますよ? 手の甲を切ってしまってますから」


 咄嗟についた嘘でないことを急いで確認しに行く俺。

「見せてもらってもいいか?」

「はっ? 嫌なんですけど」

「頼む」

「はぁ……」

 不満げに袖をめくる香川。


 ……本当だったのか。


「これで満足でしょうか? ご質問が済んだようでしたらお引き取りを」


 冷たくあしらう大原。やはり俺は招かざる客だったということだろう。

 とはいえ聞きたいことはいくつか、いや山ほどある。

 中でもその筆頭が――、


「これだけの環境を二人で整えたのか?」

 香川たちの拠点を見直してから言う。

「どういう意味でしょう」


「そのまんまの意味だよ。例えばこの竃。どうみても手作りだ。もともとあったようには見えない」

 香川と大原は沿岸沿いの洞窟を拠点に選んでいた。漂流物を上手く使っていることはもちろん、竃やろ過装置などもある。おそらく食料にも困ってはいないだろう。


 もしかして別の誰かの保護下にあるのか。喉元まで出かかったそれをなんとか飲み込んで大原の目を見つめる。

 すると意外なところから声がかかった。


「ああ、この竃は――」

「ちょっと待って理沙ちゃん」

 チッ。何だ、何を言おうとした香川⁉︎本当はいますぐ駆け寄って問いただしたいところだが、不用意な接近は逆効果だ。

 さすがの俺も何度も同じ失敗を繰り返すほど学習能力がないわけじゃない。


「さっきから田村くんの質問に答えてばかりですよ。そんなに聞きたいことがあるなら情報交換をしましょう。ちょうど私もあなたにお聞きしたいことがあります。どうでしょう?もしよければ明日で話しませんか」


「なっ……!」

 なんとか驚きを声に出さないようにした俺とは対照的に香川は目を丸くする。

「何言ってんの結衣。こんなやつと二人きりになんかなったら――」


 こんなやつと、二人きりに、ね。香川の俺に対する評価は相変わらずだが、この心配よう……。

 過信は禁物だが、香川は素の可能性が高い。これが演技ならすぐさま女優になることを勧めたいぐらいだ。


 こうなると香川は上村の協力者――というより真相を知っている線は薄くなる。

 仮にXが存在し、大原と繋がっていようとも知らされていないはずだ。

 でなければあの本気で心配そうな言動はできないだろう。もちろん信じ切るつもりはないが。


 さすがに大原の申し出は予想外だったため、返答に詰まってしまう俺。

 最も早く頭によぎったのは本当に二人きりなのか、という点。

 どう考えたって怪し過ぎる。熊に襲われた中村たちを見捨てたと言い放った女子生徒が二人きりで話したい――ダメだ。狙いがよくわからない。罠としか考えられない。


「聞きたいことって何だよ?」

「はい? ですからそれを明日話すと――」

「――違う。言い方が悪かった。前は俺のことを信じずに別行動を選んだだろ。そんな相手に聞きたいことがあること自体腑に落ちないんだよ」


「ああ、なんだそんなことですか……」

 大原はさも大したことがなさそうに回答する。

「私は別に田村くんを信じていないわけじゃないですよ?」


 はっ? 今さら何言って――。

 そんな不満が顔に出ないよう必死に抑えながら、

「というと?」


「考えてもみてください。私たちは何も知らない状況で中村くんが熊に食い殺され、上村くんは逃走しサイコパス化したあげく、司ちゃんはその二人に性暴力を振るわれた、と。そのまま信じろという方が無理があります」


「言いたいことはわかる」

 事実、その通りだ。

 俺が逆の立場でも思考を停止させたまま信じることはない。


「唯一の証人である司ちゃんも後遺症でまともに話せない。にもかからず田村くんは生きて帰ってきた。失礼を承知でもう一度申し上げますが、疑うのも当然かと。ですが、これらが全て嘘だという証拠もない。上村くんが自殺したと仮定して、彼がこの世にいなくなった以上、確かめる方法もありません」


 ああ、ダメだ。わかる。わかってしまう。

 これはあらかじめ周到に準備されている説明だ。

 反論のしようのない結びが待っていることが容易に想像できる。

 

「正直に言えば田村くんの話をどこまで信じるかによって私たちの方針も変わります。仮にあなたの言っていることが全て本当だとすれば私はこれまでの無礼を謝罪した上で、改めて協力関係の依頼を申し上げ、その返答で対応が分岐します。しかし話して腑に落ちない、もしくは辻褄が合わないところがあるようでしたら、全てではないにせよ田村くんの説明に嘘が混じっていることになります。私はそれを確認したいんです」


「なるほど。つまり本格的に探り合いをしましょう、そう言いたいわけだな」

「はい」


 大原の理屈はあの状況で俺を百パーセント信じ切ることは危険だったため、ある意味で中間点を選択したと、そう言いたいのだろう。

 そして上村がいなくなり、状況が変化したため、再度情報を収集したいと。


 随分と都合が良い気はするが、俺の質問に対する答えとしては完璧だ。真の狙いがあったとしても、建前の回答があるため、これ以上掘り下げることは難しい。


 となれば、俺にできることはすぐに帰宅し、万全の準備をした上で探り合いに挑むことだろう。もちろん物理的な対策を講じる必要もある。

 とはいえ、弓矢や石斧を持って行くのはさすがにあからさまだし……。


 何かポケットに忍ばせられる武器が必要だな。


「でもいいのか? 俺のことは信用してないんだろ? 香川も一緒にいた方がいいんじゃないのか?」

 香川が何かを言おうとしたとき大原は制止させた。いてくれた方が俺にとっては助かる。

「結衣だけで会うなんて危険だって。あーしも行くから」

「ダメだよ。別行動していれば私が帰って来れなかったときにわかることがあるでしょ。それに虎穴に入らずんば虎子を得ず。こういうことは私が担当だよ。お願いだから大人しく待ってて」


「結衣……」

「田村くんもそれでいいですよね?」

「ああ、俺はどっちでも。明日はどこに来ればいい?」

 こうして俺は大原と探り合いをすることになった。

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