第45話
朗報。良い知らせである。
できるかぎり高い場所を目指していた俺は巨木によじ登っていた。
島の規模を把握するためだ。
わかったことは二つ。
まず島が想像していたよりも全然デカい。なにせ端を目視で捉えることができない。
これだけの規模なら救助隊の捜索を待つという選択肢もありだろう。
まあ、周辺に沈没船の跡がないところを見るにそれなりに流されていることは間違いないわけだが。
次に脱出の鍵となる新たな島。本当にギリギリだが、目視できる範囲にある。
もちろん有人か無人かは分からないが、目指すべき先があることを確認できたのは大きいだろう。方角も分からないまま闇雲に航海することは自殺行為だからだ。
よし。これなら出航の準備に入ってもいいだろう。
問題はやっぱり香川と大原か……。
「私は……田村くんと一緒に生活するのはやめた方がいいと思う」
脳裏によぎる大原たちの冷たい突き離し。
さすがの俺もあの場面で拒絶されるとは思ってなかったから、トラウマになるレベルだ。
「手を振り払ったものにこちらから手を差し伸べるべきではない」
今度は村間先生の言葉。これも真を得ていると思う。
正直に言えば俺は迷いを捨てきれずにいた。
上村の決闘とはまた違ったタイプの覚悟が必要だ。
クラスメイトの女子二人を見捨てるという。別の覚悟が。
もちろん彼女たちのどちらか、もしくは両方が上村の協力者ということもある。
それなら一緒に航海することは言語道断だ。村間先生と黒石を危険な目に合わせられない。
だが、もしも香川たちが警戒を示しだけでXがこの島に存在したら――。
俺が何を心配しているかは言うまでもないだろう。
もしも俺たちが彼女たちを置き去りにした場合、危険に犯されるリスクが格段に跳ね上がることだ。
「さて……どうしたもんか」
帰路を歩く途中、バギッと草木を踏み付ける音がする。
すぐに臨戦態勢に入る俺。
木の陰に身を潜め、音の方角に目をこらすと――、
――ぴょん、ぴょん、と。
可愛らしい小動物が跳ねる。その正体はうさぎだった。
俺は無意識のうちに矢に手を伸ばし弓の弦を引いていた。
うさぎは昭和の頃、普通に食べられていたこともある。
煮ても焼いても揚げても美味しいと言われているジビエ肉だ。
男の俺と違って村間先生と黒石には生理がある。体力面、精神面ともに消耗が激しい日もあるはずだ。頭痛、貧血、イライラという症状に悩まされて栄養も不足がちになるだろう。
やはり理想的なのはバランスの良い食事。
なにより二人に肉を食べさせてあげたかった。
俺は内心で命をいただくことに感謝してから矢を放つ。
結果?
弓道をかじっていて良かった。
心の底からそう思った。
☆
食事をするため、捕獲したうさぎを持って帰宅する。
なんとあれから幸運なことに七面鳥にも遭遇していた。
さすがの俺もアドレナリンが溢れ出し、息が荒くなる。
日本での七面鳥の主要産地は北海道や高知県などだ。
だが生態はアメリカやカナダ、メキシコに分布し、混合林に生息するはず。
飼育されていたそれが逃げ出し、この島にたどり着いたのだろうか……。
どういった経緯で迷い込んだのかは分からないが捕獲しないという選択肢はない。
おかげで俺の両手には七面鳥とうさぎ。もちろんホクホク顔だ。
そう言えば黒石は魚をさばくのが得意だったな……もしかして動物もいけるんじゃ。
それが浅はかな思考だと思い知るのに時間はかからなかった。
「ほらっ、見てくれ司!うさぎだぞ、うさぎ!しかも七面鳥まで!」
黒石は俺が手に持ったうさぎを見るや、サァーと血の気が引いていく。
「……きっ、きっ、……きゃああああああっ‼︎」
なんとご馳走を持って帰って来た俺に待っていたのは悲鳴である。
何事かと思ったんだろう。慌てた表情で家から村間先生が飛び出してくる。黒石は逃げるように駆けつける。
やがて俺たちを視認するや否や、何があったのかを理解し、
「……ハジメくん。ここに座りなさい」
額に血管を浮かび上がらせて言う。
その様子は誰がどう見ても怒っていた。
「なぜに……?」
このときの俺は褒められることはあれど、怒られるとは思っていなかったので、頭上に疑問符を浮かべていた。
とはいえ、ピクピクと痙攣しているうさぎを女の子の前に差し出したんだ。楽しい光景ではなかっただろう。これじゃ好きな女の子の気を引こうとしてイタズラする小学生と同じだ。
村間先生が怒るのも無理はない。猛省だ。
当然と言えば当然だが、七面鳥とうさぎは俺が一人でさばくことになった。
どうやら黒石は『ごめんなさい。ぜったいムリ!』とのことで、村間先生は「わっ、私は手伝うからね……ぐすっ」と鼻声になっていた。
いやまあ俺が食べさせてあげたかっただけだし、さすがにショッキングな光景を見せるつもりはないわけで。
ちなみに鳥のさばき方だが、まずは首を切り落として逆さに吊るし上げ、血抜きをしたあと、沸騰したお湯につける。毛穴を開かせて羽根を取りやすくするためだ。
俺にとって死んだ鳥から食事の対象になったのはここだった。
羽根を剥いだ七面鳥の姿はスーパーで見かける食用のそれになったんだ。
そのあとは、足、もも肉、手、胸肉、内臓を取っていく。
医者を目指していることもあり、そこまで苦労することなく終えられた。
ただ、なんというか悟りを開いた気分ではあった。
これが本当の意味でのいただきます、なんだなって。
さばいた後はこんがりと焼き色を付ければ完成だ。
ちなみに最初こそ口にするのを渋っていた黒石だったが、
「……おっ、おおっ、おいしい」
一口食べるや否や、止まらない様子。
結局、三人の中で一番うさぎを食べていたのは彼女だった。
まあ、喜んでもらえて何よりだ。なんとなく怒られ損のような気もするが。
☆
腹が膨れた俺は食後の運動も兼ねて再び探索することにした。
目的はイカダ作りのための材料集めと、未開地の開拓。
前者は浮力になりそうなもの――ペットボトルや漁で使う浮きなど、使えそうなもの拾い集めていく。次に後者だが、こっちに関しては思いもよらない発見に期待を込めてだ。
結論から言えばそれはあった。
だが俺が望んでいたのは良い意味で、だ。
悪い意味はうんざりだったのだが。
俺はたまたま香川と大原の生活拠点を発見してしまったんだ。それも最悪のタイミングで。
なんと二人は着替えのまっ最中。下着姿だった。
シャツのボタンをしめる香川とスカートを履こうとする大原。
いわゆるラッキースケベというやつだ。
だが、この二人に関して言えばアンラッキースケベとしか言いようがない。
こうなると俺の評価は――、
「さいっってい。覗きとかマジ信じられないんですけど」
刺すような視線。まるで親の仇でも見るかのようだ。
とはいえこればかりは分が悪い。男の俺が着替えの最中に現れたんだ。
どんなに誠実に説明しても誤解は解けないだろう。なにせ相手が歩み寄ろうとしてくれないんだから。
もはや何を言っても言い訳になってしまうと思った俺は撤退を選択。
踵を返して来た道に戻ろうとした刹那。
強烈な違和感。頭によぎる先ほどの光景。
それは女子高生二人のあられもない姿――ではなく、快適な生活環境だ。
待てよ……香川たちと別れて暮らすようになってからそもそも何日が経った?
自慢するつもりはないが、この島で生き長らえていられるのは俺が読書などで得た知識や知恵を行動に移したからだ。
これが受け身だとそうはいかない。そろそろ身体も心も弱り始めている頃だ。
けれど目の前の二人はどうだ?
俺たちと同じレベルの生活環境が整っている上に衰弱した様子もない。むしろ元気だ。
――なぜだ?
足を止め熟考する。
さっき見た光景が鮮明に蘇る。
そこにはあってはならないものが俺の目に映り込んでいた。
もう一度確認するために振り返る俺。
もちろん非難轟々だ。女子高生が着替えているところをわざわざ向き直したんだから。
けれどやっぱり見間違いではなかった。
見覚えのないバッグの周辺にそれはあった。
「ちょっ、マジでふざけんなし!」
怒り心頭で向かってくる香川をスッと躱し、もう一人の女子高生を睨みつける。
「どうして包帯なんか持っているんだ大原っ!」
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