第3話

 救命胴衣を袋に詰め込み、可能なかぎりクラスメイトの部屋に往復する。

 部屋を開け、人数分の救命胴衣を放り投げる俺に向かって鼻で笑う者、気持ち悪がる者、邪険にする者とたいていはいい反応が返ってこない。


 けれど俺は気にしない。気にしている場合じゃない。

 だが俺の焦りとは裏腹にクラスメイトたちは、部屋で雑談やトランプ、ゲームなどをしている。

 命の危機に立たされているという意識がまるでない。


 また教師たちも「どうなっているんだ!」「何が起こっているんです⁉︎」などと乗務員に詰問するばかりで具体的な行動に移せる大人が全然いなかった。

 たくさんの子どもの命を預かっているというプレッシャーからか、パニックに陥っているのかもしれない。


 ……まずいな。これじゃ人手が全く足りない。

 救命胴衣すら配りきれないようじゃ話にならない。

 こういうとき友達がいればとつくづく痛感する。


 人間なんてのはしょせん一人でできることなんて限られている。

 月面着陸などの偉業を成し遂げることができたのは、たくさんの人が一つの目標に向かって協力し合ったからだ。


 友人なんて要らない。

 殻に閉じこもっていた弊害がここにきて顕著に出てしまった。

 残酷な現実に打ちひしがれていると、


「田村くん……?なっ、何をしているの?」

「村間先生⁉︎」

 救命胴衣を配っていると最中に教育実習生の村間加代先生と遭遇してしまう。


 まずいまずいまずい……!

 彼女はまだ大学を卒業したばかり。

 部屋に戻りなさいという指示が出ている状況で生徒が廊下に出ていれば当然――、


「だっ、ダメだよ部屋から出ちゃ。乗務員さんの放送を聞かなかったの?」

 聞いたんだよ。聞いてヤバいと感じたからこうやって救命胴衣を配ってるんだろうが。

 クソッ。どいつもこいつも……。


 落ち着け深呼吸だハジメ。怒りは知能指数を低下させる。

 全集中。

 俺がこの状況できる最善は――。


 村間先生をこちら側に引き摺り込むことだ。

「落ち着いて聞いてください先生。この船はもう間も無く沈みます」

「えっ?嘘でしょ?」


「嘘じゃありません。実は俺、盗み聞きしちゃったんです。乗務員たちの会話を。立ち入りが禁止されている場所だと分からず」


「だっ、だめだよ。入っちゃいけないところに勝手に侵入したら」


「俺が聞いた話によると、この船は過積になっているらしいです。しかもバラスト水を抜いて重心が高くなっている」


「バラスト水……?」 


「バラスト水というのは大型船舶がバランスを取るために船内に貯留する海水のことです。おそらく荷物量がオーバーしていることを隠すために抜いたんでしょう」


「えっと……?」


 もちろんこれらはでまかせだ。船が沈没しそうになっている真の理由なんざ知ったこっちゃない。

 いま大切なことは危機感を持つこと。ただそれだけだ。

「だからお願いです先生。俺と一緒に救命胴衣を配る手伝いをしてください」


「えっ、でも」

 俺のお願いに戸惑いを見せる先生。

 彼女もまた新任教師という身分。


 身勝手な行動ができないというのはわかる。

 だが、今は一秒を争う。


「救命胴衣を配るだけです! 沈まなければ不要になるだけです。あとで笑い者にされるだけで済みます。もし俺に協力して後で別の先生から叱られるのが嫌なら俺の名前を出してもらっていいですから。田村が船を沈むと嘘をついたと悪者にしてもらって構いません!」


「けど……」

 未だ煮え切らない村間先生に俺はとうとう荒い声をあげてしまう。

「いいから俺の言う通りにしてくださいっ‼︎」


「わっ、わかったわ」

「あと先生の方から物分かりがよさそうな生徒に声をかけてください。一緒に救命胴衣を配って欲しいと!」


 こうして村間先生の手を借りてなんとか救命胴衣を配り終える俺。

 やがて船は本当に沈み出し、救助隊が駆けつけることになった。

 だが、ここで俺は気付きたくもないことに気付いてしまう。


「おいおいおい……上村たちはどこいった⁉︎」

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