○○の短編集

ひとよ○○

道すがら、旅人と

―― <UST> 統暦2002年20月12日 ――




「すっかり日も暮れてしまいましたね」


 どうしようもない空気を打破しようと気を利かせ,旅人さんが口を開いてくれた.つられてわたしも上を向く.

 頭上を枝葉で覆われていてわからなかったのだが,確かに夕刻は過ぎてしまったらしい.街灯もなく星明りさえも見えにくい山中で,どうやらわたしたちは夜を迎えてしまったようだ.


 わたしの心の中は,彼に対する感謝の念と申し訳のなさの念が渦巻いていた.

 どちらを伝えるべきだろうか……?

 手伝ってくれてありがとうございます?わたしのせいですいません?


「なんと言えばよいのか.

 本当にすいません,こんなことに付き合わせてしまって......」


 言い方を変え,ばらばらにしてつないで,また言葉を選んで.結局,二の句をついだのは後者であった.


「そんな,謝らないでくださいよ.こちらから提案したのですから.

 それにわたしも,この山を越えた自治区に用事がありましたから」


 そう言って旅人さんは額の汗をぬぐい,道中と変わらぬまぶしい笑顔を見せてくれた.ああ,その優しいほほえみを見るたびに,自分の犯した過ちを責めずにはいられない…….



 すべてはわたし,颯・シルフィードの起こした大失態に起因する.


 わたしの職業は「リフター」という運送ドライバーのようなもので,主に銀河間の物流を担っている.このたび荷物を配送中だったわたしは銀河の上下を取り違えるという大ポカをやらかしてしまったのだ.さらに,そんな大事にも気が付かず,たまたま同位置に存在していた別の惑星へ,これまた確認もせずに急降下着陸をしてしまったのだ.

 気が付いた時には,時すでに遅し.

 重力計算をよみ誤り,進入角度を取り違い,なんとか未開拓地に墜ちないように頑張ったものの,最終的には周囲に人家ひとつないあぜ道へ着陸(という名の墜落)を果たしてしまった.ありえないほどの初歩的な間違いを,なぜあんなに沢山してしまったのかわたしにもわからなかったが,そのおかげで100kgはいくであろうこのエアバイクを押して歩くハメに相成った次第.

 それでも運というものも多少は残っていたようで,落ちる前に周辺の地形やランドマークをある程度は把握することができたし,遅々とした歩みを進めている途中でこの優しい旅人さんにも出会えた.


 まぁ相手から見たらわたしは,不運の種の1つだったのであろうことは想像に難くないのだが.



「今日はもう遅いですし,ここら辺で休憩をしましょうか」


 先ほどの会話から2時間弱,心の中で後悔と懺悔を繰り返していたわたしの目の前に,開けた草原のような場所が映った.うつむいて気が付かなかったが,どうやら山の頂上付近に来ていたようだ.


 見晴らしもよい.

 星々と衛星が歓迎をするように,夜空から明かりを提供していた.


 二人がかりで機体の向きを変え,エアバイクを道の適当な脇に停める.ここにきてようやく,体力がほとんど残っていないことを認識できた.

 それでもこのまま寝るわけにはいかない.手伝っていただいたご恩もせずに休むのは,旅人さんに対して失礼極まる行為.重たい体を動かして,荷台から臨時用の食料品や日用雑貨を引っ張りだし,遅めの夕食を準備する.


「旅人さんもどうぞ.

 こんなものしかありませんが,せめてものお礼なのです」


「ありがとうね.晩御飯をごちそうしてもらって」


「いえいえ,これだけじゃ足りないですよ!わたし一人じゃこのデカブツをおして山越えなんて,到底できませんでしたから……」


 とはいえ,現状これ以上のお返しができないのも事実.今度からはお詫びの品ものっけておこうかしら?


 では失礼して,と前置きをして背負っていた荷物を置き,旅人さんはその上に腰を下ろした.どうやら彼のバッグは椅子にもなるようだ.

 わたしも自分の椅子を取り出して旅人さんの対面に座り,二人の間に簡易コンロをセットする.幸いなことに二人分のお湯をつくれるだけの水は残っていた.

 水を火にかける.沸騰を待つ間に,さきの惑星で買ったご当地インスタント食品を手に取って,内容物を確認する.アレルギー物質とかがないとよいのだけれど.

 作り方などは読めたのだが,残念なことに成分表示は標準語で記載されていなかった.無い知恵を振り絞って読み進める.


「それはほかの惑星のモノかい?」


 うんうん唸りながら中身を確認しているわたしを不思議がってか,旅人さんは持っていた食品を指さして言った.


「ええ,一つ前の配送先で買ったんです.

 旅人さんは,アレルギーとかお持ちですか?」


「うーん.たぶん大丈夫かな.

 今までもダメだった食べ物はなかったから.ちょっとみせてもらえる?」


 彼はわたしから容器を受け取って,興味深げに見入っていた.どうやら旅人さんは難なく読めているようで,「問題ないよ」と伝えてくれた.この星と似た言語だったのかもしれない,なんにせよ助かった.

 お湯が沸きたち,2食分の容器に注ぐ.雑な上蓋と聡明な旅人さんによれば,これはあと3分放置するだけで完成とのこと.インスタント食品バンザイ.


「しかし君も不運だったね.

 こんな,何にもない星に落っこちてさ」


「不運なんてことありませんよ!

 開拓途中の惑星には何度か行ったことがありますが,ここはとても整備されているほうです.

 落ちてくるときに見たんですけど,街も広くて良く整備されている感じでしたよね?」


「この先の自治区のことかい?

 上からどんなのが見えたか覚えているかい?」


「いえ,残念ながら細部までは覚えていません.

 なんせ落ちてる最中でしたので......」


「そうですか……」


 ほんの少しだけれど,旅人さんの雰囲気が変わった気がした.わたし,何か見ちゃいけないものを見ていたのかな?


 思えば旅人さんは不思議な人だ.空から見たときには確かに一本道だったあぜ道.周りには自治区と呼ばれる場所以外に,街と呼べそうなところは見当たらなかった.


 不思議といえば旅人さんだけではない.この星もそうだ.

 確かに,どちらかといえばわたしは不注意なほうで,ポカをやらかす方である.悲しいかな自覚もある.それでも銀河の進入方向を間違えるというのは,いくらなんでもおかしい.この星の重力圏に捕まったとき,短時間ではあったが宇宙座標系と周囲の状況を確認した.墜ちた後にそれらの情報をもとに割り出した宙域は,慌てていたとしても間違って着陸するような惑星が,おおよそ存在しえない場所であった.


 この星は何なのだろうか?

 もしかしたら,もしかするかも?

 これってとってもすごいことになっているのでは?


 そう思うとうれしくなってきて,思わず緊張感のかけらもない笑みがこぼれてしまった.


「ふふふっ…………」


「…………」


 そんなわたしの前に旅人さんがいる.完全にみられていた.そうだった.人前で何の脈絡もなく笑いだしたら,それは間違いなくおかしい人.たぶん声も出ていたと思う.

 この惑星より,現状わたしのほうがよっぽど怪しい存在だ.


「ふふっ,君はおもしろいね」


 あわあわしているわたしをみて,旅人さんはにこにこしながらそう言った.彼がした予想外の反応にさらに混乱したわたしをよそに,彼はぼそぼそと独り言を呟いた後で,満点の星空を見上げた.


「君は,いろいろな星を巡ってきたのかい?」


「は,はい.イエローインナーに属する銀河ならたびたび用事で.

 レッドインナーには,まだ数回しかありませんが」


「そっか.

 それじゃあ今まで宇宙をかけてきて君は,『宇宙人』をみたことはあるかい?」


「えっ?」


 予想にしていなかった問いかけに,思わず声が出る.

 宇宙人の存在.それは人類が忘れて久しい議題の1つであった.旅人さんはなぜこんなことを聞くのだろうか.

 空から目線を外し,旅人さんは再びこちらを見つめてくる.星明りがかたどる彼の素顔は優しげで,真剣な表情をしていた.


「……それはヒューマノイドではない,ということですか?

 前時代の古典SF小説に出てくるような」


「そういうのだね」


「インナースペースには,そういった宇宙人はいない,というのが定説なんですよ?わたしも小さい頃は信じていましたけれど」


 彼の目をまっすぐ見つめて答える.暗く青い瞳.吸い込まれそうな,宇宙のような,そんな神秘的な色.こんな視線を投げかけられたのは初めてだ. 


「じゃあ君たちは本当に,今まで出会ってきたヒューマノイドがアース型だと言えるのかな?」


「それは,確かにはわかりません.

 それにどうであれ,わたしが接してきた人たちが宇宙人かどうかとか,そういうのは気にしていませんから」


「それはまた,無関心なことだね.

 君たちリフターがときに,人類にとって害のあるものを運んでいる可能性だってあったかもしれないのに」


 確かな疑問だ.

 そしてそれに対する答えもまた,わたしのなかには確かに存在している.


「わたしは,そんなことないと思ってますよ?」


 そういうと旅人さんは少し面食らったような,きょとんとした顔をした.


「この銀河はマザーアースからも遠いですから,きっと新しいインナースペースなんだと思います.学校で習ったんですけど,一番新しいインナースペースでも数百年.一番最初のインナースペースで数千年前だそうです.それくらいの昔から,人類は宇宙に出ていたんですよ.

 宇宙人が仮にいたとして,そして彼らが敵対していたのならば,この長い間に戦争がおきていたはずです.しかしそれは実現していません.

 そうならなかったのは,単純に人間が敵としても見られていなかったか,それとも人類と敵対する意思がないか,または人類には敵わないと判断したから……」


 両手でぎゅっと容器を握る.お湯の温かさが,じんわりと手のひらに伝わってきた.

 これらの可能性も確かにあると思う.だけれど,ちょっと違うと思っている.わたしの考える1つの案.


「それと,これ以外の,もう1つの可能性」


「それはなんだい?」


「とても強くて,そしてなぜかはわかりませんが人類に味方する宇宙人がいて,彼らが人知れずわたしたちを守っている,という可能性です.

 実はわたし,密かにですがこの説を推しているんですよ.素敵じゃないですか?そういった宇宙人さんがいたほうが」





「……ふふっ,なるほどね」


 しばらくの間静かにこちらをみていた旅人さんが笑った.道中で見せてくれたものと寸分たがわぬ,輝かしい笑顔.


 唐突に,脈絡もなく,睡魔がわたしを襲い始めた.

 山登りの疲れが出ちゃったのかな?それとも別のなにか,ほかの力が働いているのか.どうやら抗うこともできなさそうだ.


「わたしは……」


「いいんだ.おやすみ,颯.

 それからごめん.君を巻き込んでしまって……」


 それが最後に聞いた,旅人さんの声だった.






 肌をなでる,インナースペースの空気.

 この風もいつかは,壁の向こうの宇宙までのびていくのかな.






「……て,はやて?」


 わたしを呼ぶ声に気が付いて目を覚ます.

 あたりはすっかり明るくなっていて,陽の光が全天から降り注いでいた.

 コンロの火は既に消えている.


「颯,大丈夫かい?」


「……ルーエさん,じゃないですか.

 おはようございます」


 視線をあげると,エアバイクとそれに跨る見知った顔があった.

 わたしが本来行くべきだった惑星「L-62グロゥス」の同業者.彼女がなぜここにいるのだろう?

 わざわざわたしを探しに,この星まで?


「おはようございます,じゃないよ.

 丸一日連絡も無いし,場所も特定できないしで心配してたんだぞ?」


「……ここは?」


 目も冴えて,改めて辺りを見回すと,そこは昨日の山中とは違っていた.道も舗装されている.どうやら公園のようだ.

 木々の向こう側には空へとのびるビル群が見える.ここは昨日の惑星ではない.


「エルドの丘公園だよ.

 なにか事故にでも巻き込まれたのかい?」


 エルドの丘.間違いない,ここはL-62 グロゥスだ.

 はっとなり,急いで起き上がり荷物を確認する.

 よかった,ちゃんとある.傷もなにもついていない.

 それに昨日,地面とキスしてできた機体表面の傷や内部の損傷も,すっかり直ってしまっているようで,イグニッションキーをまわすとエアバイクのエンジンはなにごともなかったように駆動を始めた.


「ありがとうございます,ルーエさん.

 昨日はエアバイクの調子が悪くって,移動も連絡もできなかったんです.

 でももう大丈夫そう.今から配達に行ってこれますので、午後またお会いしましょう」


 彼女に対して一礼をする.ルーエさんも不思議がってはいたが,とりあえず納得したようで,「じゃあまたあとでな」といって飛び立っていった.

 



 キャンプセットを片付ける.辺りには椅子と切れたコンロと,空になった2つの容器が置いてあった.

 昨日の出来事を誰かに話すことは,たぶんないだろう.心にとどめて.わたしだけの秘密にしてしまいたいから.


 旅人さん,昨日はあまりおしゃべりできませんでした.

 次会うときはきっと,もっとお話をしましょうね.



「さてと,お仕事にとりかかりますか!」

 エアバイクに跨りギアをかませて,わたしは青く深い天へと高く飛び立った.


 



                         ――道すがら,旅人と――

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