魔王様と薄幸少女

音夢多歌

第1話『初めまして、お願い致します。』

むかーしむかしあるところに、

それはそれは恐ろしい魔王がいました。


その魔王は沢山の魔族と魔物を使役するとても強くて恐ろしい存在。道を阻む者には容赦なく死を与える存在。そんな彼の強さを知っている人間の誰もが震えて日々を過ごしていました。平穏を脅かす彼を倒そうと旅に出る者が何人も現れましたが、未だに帰ってきて来た者は居ません。

それだけ危険な存在なのです。


ですから、決して、霧の深い森に近づいてはなりませんよ。魔王に食べられてしまいますからね。




「そんなお話でしたっけ…。

あくまで子供を躾ける為の迷信ですが…。」


霧が深い森で生い茂る木々を掻き分けながら頭の片隅にあった記憶を引きずり出した。


私、何でこんな事をしているのでしたっけ。


……あぁ、そうだ。家が嫌だったから…。

家の中が苦しくて…出てきたのです。

今まで家族に奴隷のように扱われていて家事は全部1人でやらされ、少しでも失敗すると沢山の暴力と暴言。

それでも居場所がそこしか無い私は耐えるしか

無かった。苦しかった。誰も助けてくれなかった。救いがなかった。


私の生きる理由って何だろう。


わからない。わからないから自分に問うのにこの答えはいつも出ません。


じゃあ何で私は森の中を進んでいるのでしたっけ。それは救いを、救いを求めているからです。


森を抜ければ隣の街。買い物中に耳にした話によるとそこには教会があるらしい。その教会は身寄りのない子供達に居場所を与えてくれるという。

…身寄り無いわけじゃないし受け入れてもらえないですかね。


何より年齢が…子供って何歳までなのでしょう。

私、もう18歳になってしまいました。


もし、教会に受け入れて貰えなかったら?

そうなったらこの森で人知れず息を引き取りましょう。お腹を空かせた動物達の食べ物にでもなりましょう。私に食べられる箇所があればですが。

ご飯もろくに食べれなかった毎日だから他人からよく細いと哀れみの目で見られながら言われていた。

だから私なんて美味しくないかもしれない。

ご飯にすらなれないなんて…

やっぱり私が生きてる意味無いんじゃ…


「あっ」


足元に生えていた蔓に右足が引っかかってしまい私は受け身をとろうと地面に手を伸ばした。


「!?」


すると平坦だと思った道が急に下り坂となり、受け身も虚しく坂を転がり落ちた。茂みに突っ込んでしまったけどそれが緩和剤となり数回コロコロと転がってやっと回転が止まった。


「いったたた…。」


身体中についた土を払うため立ち上がると…


「…」


金の糸の刺繍が美しい大きめの黒いローブに身を包んだ端正な顔立ちの男の人…?が目の前に立っていました。少し目を大きくさせた彼は背が高くて私は見上げています。


「…」


「…」


無言。な、何か言わないと…。

転けたところ見られたはず…恥ずかしい…。


「す…すみませ」


「何て格好してるのアンタっ!!

全身泥だらけじゃない!

採れたての土野菜が転がってきたかと思ったわ!」


…??

彼は見た目も声も男の人…のはず…。


「何で女の子が1人で泥だらけになってこんな霧の森に居るの!危ないでしょう!?」


「え、え?」


何故お怒りに?

それにそれを言ったら貴方もお1人…


「何でこの森に来たの。答えなさい。」


紅い瞳に見つめられ、

気付いた時には口に出していました。


「え、あ…その……

きょ、教会…隣町の…教会に、行きたく、て…」


人と話すのが久し振りで喉が詰まってしまい自然と話せません。けれど彼は笑わずに聞いてくださり、腕を組んで考える素振りを見せます。


「隣町?教会?………あぁ、成程。なら丁度良いわ。アンタ、アタシの家に来なさい!

泥を落として綺麗にしてあげる。」


ニッと口角を上げて大きくて冷たいのに温かい手で腕を引っ張られます。


「え?でも私、教会に…」


「アタシの命令は絶対よ!断りは死を意味するわ。大丈夫、直ぐにとって食いやしないわよ。

だからおいで。」


腕から手を滑らせ私の手を握ってくださる。


「んま!アンタ細すぎない!?

ココの動物達でももう少し肉あるわよ!?」


人の手ってひんやりするけどこんなにも温かいものだったのでしょうか。


「歩いて汗をかこうと思ったけどそうも言ってられないわね。よし、手を離さないでね。」


「お、お召し物が汚れてしまいます!」


「だから何?」


ぎゅっと抱き寄せられた瞬間、景色が変わりました。その超常現象よりも視界に私は絶句してしまいました。


「…」


言葉では言い表せないほど広い場所。

辺りを照らす豪華な明かり。

豪華な黒い柱と大きな階段。

足元には赤いカーペット。全て高そうです…。

お城…?


「驚いた?ココ、アタシの家のホールよ。」


男性の左手には杖が握られていました。

絵本で読んだことしかない、けれど憧れた場所…。ココは…やっぱり…


「お城の中…!?」


驚いていると1人の少女が下の方で2つに結んだ

オレンジ色の髪を揺らしながらパタパタと走ってきた。メイドさんのお洋服を着ている彼女の年齢は私と同じくらい…寧ろ下に見えます。


「おかえりなさいませ!主さ……っ!??」


女性は私を見て足を止めた。


「ただいまチュチュ。

早速だけどこの子をお風呂に入れてあげ…て…いえ、アタシが入れる。お風呂沸いてる?」


「エッ!?あ、はい!

お帰りの時間だと思って準備万端です!!」


「流石ね、助かるわ。

その間にこのローブとベスト洗っておいてくれる?」


「かしこまりましたっ!!どうぞごゆっくり!」


チュチュと呼ばれたその人は、彼からベストとローブを受け取るとペコペコと頭を下げていた。

主様…って事は貴族の方なのでしょうか…。

私は田舎村だから貴族もお城もよくわからないのですけど…。


赤いカーペットが敷かれた長い廊下を手を繋いで

歩きつつ男性は目を見て話しかけてくださった。


「アンタ名前は?」


「名前…えと……」


「あ、こういうのって聞いた本人から名乗るのが

礼儀よね。アタシの名前はティリア=イヴ=ヴィランローズ。」


ティリア…綺麗なお名前です。


「此処ではティリア様とか主様、若様とか呼ばれてるわ。好きに呼んでちょうだい。

アタシが気に入ったら何でも良いわ。」


全部“様付け”…。様以外は受け付けないのでしょうか。気に入ったらって事は気分屋さんそうですし機嫌を損ねないような1番の安全策を選びましょう…。


「てぃ、ティリア様…。」


「えぇ。ほら、アンタの名前は?」


呼ばれる事の無い名前を言っても意味は無い…

と思いながら口に出す。


「ゆ…ユムルです…。」


「何で俯いて言うの。

とても可愛い名前じゃない。」


「え…」


そんなこと初めて言われました…。

この人はさっきから何で優しくしてくれるのでしょう…。


「…」


目が…熱い…視界が滲んで…


「!?な、何で泣くのよ!

え、アタシ何か酷いこと言った!?」


嗚咽で声が出ないので首を横に沢山振った。


「おかえりなさいませ若さ……

あ、若様が女の子泣かせてるーっ!!」


陽気な男の人の声…ダメです、

視界が涙でぼやけて見えません。


「う、うっさいわね!!

ユムル、アタシ泣かせるような悪いこと言った?」


(ふるふるっ)


「そうなの?なら何で…」


ティリア様のせいではないと伝えなくては…!


「な、まえ…か、わい…って…」


「名前…?もしかして若様、脅したんですか?」


「人聞き悪いこと言わないでちょうだい!やってないわよ!あぁ、泣かないでユムル。

女の子は笑顔が1番なんだから。」


「…っ」


早く泣き止まないと。急がないと。

また何か言われてしまう。怒られる。


「若様、この子どうしたんですか。

泣くの下手っぴにも程がありますね。」


「拾ったのよ。…人間には泣けない理由ってもんがあるのでしょうね。アズ、チュチュから新品の服貰ってきて何でもいいから。」


「え、俺がですか!?」


「あー…取り敢えず持ってくるのは誰でもいいから伝えて。下着もほしいって。

あの子なら新品のストックあるはずだから。」


「かしこまりました!!

………えっ!?やっぱ人間!?」


涙が止まり、やっと景色が見えてティリア様と話していた男の人の後ろ姿だけが見える。何故か今立ち止まっている赤髪が…アズさん。ティリア様は白が強めの金髪。


「やっと涙止まった?」


「っ!!すみませんっ!!」


怒られる…!!


「え、ちょっとどうしたのよそんなに怯えて…

何もしないわよ。人間って泣けば良いのに泣こうとしないカッコつけの種族でしょ。ちゃんと泣けてる子の事なんて馬鹿にしないし気にしないわよ。」


怒らない…?


「…?」


「何その顔。もしかして怒られたいの?」


「…い、いえ!」


「ふふ、でしょ?それにもうお風呂場よ。」


お風呂場……。

あれ、そう言えばティリア様はチュチュさんに向けて


“お風呂に入れてあげ…て…いえ、アタシが入れる。”


確かにそう仰ってました…!


「てぃ、ティリアさま…」


「なぁに?」


「おふ、お風呂…?ご一緒に…?」


「いえ?アタシはアンタの身体洗ってあげようと思っているだけよ?服は着たまま。あ、ユムルにはもちろんタオルを身体に巻いてもらうけどね?」


それはとてもは、恥ずかしいことでは…!?


「っふふ…恥ずかしい?でも残念。アタシの命令は絶対、断りは死を意味するわ。アンタはこのアタシが直々に綺麗にするのだから感謝なさい。」


背中を押され豪華な扉を潜る。

白くて広いお部屋…!お家より広いです…!


「今着てる服全てこの籠の中に入れてちょうだい。それでこのタオルはワンピースになっているから頭から被って肩と手を出してね。終わったら呼んで。それまでお着替えシーン見ないでおくから。」


「は…はい…。」


言われるがまま私は服を脱いで籠に入れ、

タオル生地のワンピースを頭から被って腕を出した。


「てぃ、ティリアさま…」


「あ、終わった?」


服の袖を折り曲げたティリア様は私を見て固まった。綺麗なお顔は強ばっています。


もしや私何か失敗をしてしまったのでしょうか…!


「ユムル…アンタ…その沢山の傷、どうしたの…。転がった時のではないわよね。」


傷?


よく見ると私の手足に打撲や切り傷が目立っていた。


しまった…!傷ついている肌が普通すぎて気付きませんでした…!!ティリア様に堂々と家族に付けられた傷を見せてしまった!!


「す、すみません!

見苦しい物をお見せしてしまって!」


「違うわよアタシは心配してんのよ!!

……まぁ良いわ。ほら、行くわよ。」


心配してくれた優しい手によって真っ白でとても広いお風呂場へ。


「じゃあそこ座って。」


ツルツルな石で作られた豪華なバスチェアに座らされた私。目の前には汚れ1つ無い鏡。

自分の顔や身体を見たくなくてそれから目を逸らす。


「アタシが使ってる石鹸で良いかしら。

いい匂いなのよ。美白成分たっぷり入っているの。」


「?あ、ありがとうございます…。」


「背中失礼するわね。

前はタオルをちゃんと持って隠してね。」


背中のタオルがプチプチと音が鳴る。

ボタンでとまっていたのですね…。


「…ねぇ、ユムル。質問しあいっこしない?」


背中に温かい水が優しく掛けられる。


「質問…ですか?」


「そう。アタシが1つアンタに質問したらユムルもアタシに質問するの。

無言なんてつまらないからお話ししましょ?」


「…分かりました。」


泡立ったスポンジで優しく私の身体を擦ってくれるティリア様。


「じゃあアタシから。ユムルは家が嫌い?」


「……好きか嫌いかと言えば嫌いです。」


嘘。本当は二度と帰りたくなんかないくらい嫌いです。怖いです。


「…そう。次はユムルよ。」


あ、質問…えーと…。


「ティリア様は……えーと……うんと…

どうして私を…拾ってくださったのですか?」


「うーん…人間と仲良くしたかったから?」


「人間と…?」


その言い方はまるで…

と思って聞こうとすると遮られてしまいました。


「次の質問はアタシよ。

この傷は家族に付けられたの?」


「…いえ………はい。」


直感的にもう嘘は良くないと思って正直に言ってしまった。ティリア様は静かに呟きました。


「酷い御家族ね。次、アンタの番よ。」


「は、はい。

…ティリア様は何故人間と仲良くしたいのですか?」


その瞬間、ティリア様の手が止まった。


「昔話を知っているかしら?魔王の話。」


「はい…森に入ってはならないと子供達に言い聞かせる為のお話ですよね。」


「えぇ。あれね、実話なのよ。

最近やっと終わった実話。」


実話…?何故そんなことが分かるのでしょうか。


「何で分かるのかって?その魔王ってね…

死んだアタシのパパだからよ。」


「ッ!?」


パパ…つまりティリア様のお父様!?

ということはティリア様は…



魔王様…!!



思わず鏡越しに見たティリア様のお顔はとても悲しそうでした。


「驚いた?大丈夫、アタシはパパとは違う。

アタシは人間と仲良くしてみたいの。ねぇユムル。

お願い、その第1歩としてアタシと一緒に過ごしてくれない?」


「え…?」


「教会って身寄りのない子供を保護していると聞いたことがあるわ。そこに行こうとしたんでしょ?第2の家を探しに。」


「は、はい…。」


「教会じゃなくてアタシの家でアタシと一緒に

暮らしてほしいの……だめ?」


「……」


ティリア様は怖い魔王様…でも私を拾って綺麗にして下さって、名前を呼んで手を繋いでくださった。そんな優しい方のお近くに私が居ていいのでしょうか。


「わ、私…家族に…怒られてばかりで…迷惑じゃ…」


「貴女は何もしなくていいの。アタシのお話し相手になってくれるだけで良いのよ。いえ、一緒にお店に行きたいしご飯も一緒に食べて欲しいわ。…贅沢かしら。」


「…う、嬉しいですが…わ、私なんかじゃなくても…綺麗なティリア様の隣には私よりもお似合いの方が絶対沢山居ますし…」


ティリア様はそんな私を真っ直ぐに見つめてくださる。


「アタシは貴女が良いの。が転がってきた時にね、身体を貫くような電流が走ったのよ。」


そして目を逸らした。


「…さっきの質問、嘘吐いたわ。ごめんなさい。

ユムルを拾ったのはね、確かに人間と仲良くしたいっていうのもあったんだけど…

この子はアタシが助けなきゃって思ったのよ。

直感とか運命とかそんな感じ。」


「ティリア様…。」


下を向いてしまったティリア様はやがて私の右手を掬い上げました。


「こんなことしたくないんだけどね。どうしても貴女が近くにいてほしいと思っちゃうから使うわ。もしアタシと居てくれるのなら貴女の望みを叶える。だからお願い、ユムル。」


望むもの…。私の望むもの…それが手に入る?

…それなら…いえ、そんな烏滸がましい。でも…


「ティリア様…

私、欲しいモノが有るのですがよろしいでしょうか…。」


「!いいわ、何でも言って!!」


「私が生きる理由が欲しいのです…。」


「生きる、理由…?」


やっぱりおかしい。他人にそんな物を望むなんて。

私はなんて愚かなのだろう。馬鹿なのだろう。


「す、すみませ」


「分かったわ。この魔王、

ティリア=イヴ=ヴィランローズが貴女の生きる理由を与えましょう。」


「え?」


今なんて…


「けれどね、そんな大事なものを今すぐにとはいかない。時間が欲しい。アタシと…いえ、アタシ達と過ごしながら一緒に見つけましょう。それでもいいかしら。」


大事なもの…?

一緒に…理由を…探してくださる?本当に…?


「一緒に、探してくださるのですか…?」


ティリア様の顔を直接見る為に身を捻る。

するとティリア様は儚げな笑顔で


「えぇ、勿論よ。」


と仰ってくださる。とても嬉しい。

すごく久し振りに胸が温かくなる…。


「もし私の事を嫌いになったらちゃんと家から追い出して下さい。」


お荷物になりたくない。

嫌がられるくらいなら去りたいから。

でもティリア様は小さく首を横に振りました。


「そんな事、このアタシがする訳ないじゃない。

それで、返事はYESと捉えていいのね?」


「…ティリア様の命令は絶対。

断りは死を意味する…ですからね。」


「あら?ふふっ覚えていたの。

 なら、これから宜しくねユムル。」


「はい、ティリア様。」


もう一方の差し出された手をとるとティリア様は心底嬉しそうに笑ってくださった。


こんな私に笑ってくださる…

やっぱりお優しい魔王様ですね。


こうして、私とティリア様の物語が幕を開けたのです。

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