26.アキラ、我慢する。

 「ええが、わしと同じように魚の集まりそうな白泡のとこさ、針投げんだ。」


そう言って、おじいさんは竿をどこからともなく出して、竿を振る。


僕も同じように竿を振って、うまく波がもつれて白い泡の立っている場所に針をなんとか誘導する。


「そいじゃ、腕を上下に振ってかかるのを待づ・・・。」


すると、すぐに竿がピクピクと動き始める。


「お、おじいさん、竿が、竿が。」


「わがってら、まぁ待で。」


段々と竿のしなってくる。だが、おじいさんは竿を上げない。上げない。僕はそんなにしてたら、逃げてしまうのではとヒヤヒヤし始める。


その時は突然訪れ、竿がぐーーーっと折れるくらい曲がる。瞬間、おじいさんの目つきが変わり、竿を握っている腕をヒョイっと上げる。


すると、綺麗な流線形の川魚が水面から飛び上がる。その魚は吸い込まれるように、おじいさんの手元にスゥーーーーっと宙を横切る。


「ハハハッ、へば、こんな具合で釣れる。お兄さんもやっでみで。竿さ、曲がっても我慢さするべ。」


そう言われてしまっては、釣るしかないので。竿の僅かな振動に神経を尖らせながら、釣れるのを今か今かと待つ。


しばらくして、竿がピクピクと動き始めてくる。前の僕ならここで、焦って上げてしまったであろう。しかし、おじいさんの助言を受け、ここは辛抱してみる。


「めっさ、引いてる。も、もういいんじゃないか・・・。」


「お兄さん、まだだべ。まだまだ。」


だが、僕は我慢の限界に達し、竿を上げてしまう。結果は、惨敗。何度も挑戦するが、魚はかかっておらず、ただただ餌だけが食われている。


「お兄さんおしかったな。次があるべ、次さうまくいくべ。」


おじいさんはそう言って、釣れなくても特に責めず、むしろ励ましてくれる。


そう言われちゃ、頑張るしかないかと何度もトライ。先ほどと同じように白波が立つところにうまく針を落とす。そして、いつでも来いとドンと構える。


 しばらくすると、また竿がピクリピクリと動きだし、次第にしなり始める。


僕は折れるんじゃないかと、おじいさんの顔を見てしまう。


「お兄さん、焦るんでね焦るんでね。竿さそんなことでは折れねば、もうちょっとの辛抱だ。」


もういいんじゃないかと思って、竿を上げようとした時、おじいさんの言葉を待てない自分が居ることを感じる。ならば、ここは辛抱強く待とうと考える。


すると、不思議と強張っていた身体の緊張が解け始め、針のその先の魚の姿が鮮明に伝わってくる。


なるほど、そういうことか。はっきりと今まで、甘かったことを悟ると同時に、今度こそは逃さない。くいっと竿の持つ手を緩める。


糸が引っ張られる感覚を覚えて、何かに引っかかる気がする。


「今だ! 」


その瞬間、両手で竿を持ち上げる。


魚が水面から飛び上がる。その見事さに心奪われてしまうほどであった。

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