49 続アンリシア視点


 城の中にいる限りアンリシアの行動はある程度の自由が保障されている。

 ただし、城の外に出る場合には護衛の兵士が付く。

 そういう約束をしたはずなのに、今日はなぜか城の内だというのに人が付いてしまっている。

 しかも、若い騎士だ。

 アンリシアとそれほど年齢が変わらないだろう。


「ジン・ダイアモンドだ。今日から貴方の護衛の責任者となった」

「護衛の責任者? ですか?」

「ああ。貴方がたの警護を監督するには一般兵士では荷が重すぎることがわかったからな」

「はぁ……」

「……森でのことを言っているのだが?」

「ああっ!」


 本気でなにを言っているのかわからなかった。

 いけないいけない。かなりレインに影響を受けているわねと反省する。彼女の非常識をどうにかできるのはアンリシアだけだというのに、その当人まで常識の物差しが壊れていてはどうにもならない。


「それはご苦労様です。ダイアモンド……様?」


 おや、そういえば最近、その家名を聞いた気がする。

 お茶会で話した令嬢の家の名前がそうだったような。


「たしか、ダイアモンド公爵家が……」

「長男だ」

「それは……」


 ということは跡取りではないか。


「とはいえ、現在はただの騎士だし、お互いに家格は同じだ。あまり気にしないでもらいたい」

「わかりました。よろしくお願いします」

「それで、今日は何か予定があるのか?」

「いえ、今日はどこにもお呼ばれしておりませんし、勉強のために図書室を使わせていただけたらと」

「なるほど。では案内しよう」

「よろしくお願いします」


 ジンに案内されて図書室に向かう。


「なにを調べたいんだ?」

「せっかくですのでこの国の歴史などを」

「歴史か……」


 おや?

 ジンが妙に難しい顔をした。


「どうして歴史を?」

「疫病問題が終わりましたらまたマウレフィト王国と国交を開きますでしょう?」

「そうなるだろうな」

「そのときに、わたしがこの国のことに詳しければ両国の友好の懸け橋になれると思いまして」

「ならば貴族たちと顔合わせをすればよいのではないか?」

「仲良くなりたければ相手のことをよく知るのは基本ではないですか?」

「……たしかにそうだな」


 もしかしたらジンはなにか知っているのかもしれない。

 それをアンリシアに知られる可能性を恐れているのだろうか?

 図書室の外で待つといって彼は離れていき、アンリシアは司書の案内で王国の歴史に関わる棚に辿り着くと、そこで数冊を選んで読み始めた。

 始祖王の話を物語風にしたものから、その後の活躍した王族や貴族のやはり物語だ。


「知られたくないことはこんなところに置かないわよね」


 他にもちゃんとした歴史書や災害などをまとめたものはあったが、アンリシアが発見したいものはなかった。

 レインの言葉を信じていないわけではないけれど……。


「このままだとなにかあった時に彼女の正当性を弁護できないわね」


 アンリシアの心配はそれだった。

 アンリシアはレインの言葉を信じる。それは彼女の人生における大前提だ。幼いころに命を救われ、家族を救われ、レインはいままで一度だってアンリシアとその家族のためにならないことはしていない。そんな彼女を信じないという選択肢はアンリシアの中には存在しない。

 ゲームだとか悪役令嬢だとかよくわからない単語はあったけれど、レインが魔女だけでは説明できない記憶? 知識? を持っていて、それをアンリシアのためを使ってくれているのだけは痛いほど分かった。

 なので、レインがこの国の疫病の真実がこうなのだと言えばアンリシアは信じる。レインが言ったというのもあるし、アンリシアにはそれに反論するだけの論拠がない。

 しかし、それを他の人に訴えたところで誰も信じやしないだろう。

 あるいは元凶であるミームを倒せば全てがきれいに解決するのかもしれないが、そのときにはレインとアンリシアが大罪人として扱われる可能性だってある。

 そのときにレインがなにをするか?


「それだけはなんとしても回避しないと」


 せっかくレインが帰るための手掛かりを教えてくれたのだ、ならばアンリシアの仕事はその手掛かりにちゃんと辿り着く安全な道筋を見つけることだと自分に課した。

 そのための試み第一弾として第一聖女ミームの企みを暴こうかと思ったのだけど……。


「もしそんなことがあったとしても国としてもそれを隠すわよね」


 聖女に頼っている現状、彼女たちの大本である魔女を弾劾した事実を暴かれて困るのは誰か?

 まずはこの国の王族貴族たちではないのか?

 だけど、親世代の貴族たちは知っている様子なのだからそれほど昔のことでもないのではないか?

 貴族は話さないかもしれないが、覚えている民衆はいるのではなかろうか?


「外に出て調べることはできるかしら?」


 だけど外に出るとしたらジンたちが付いて来るだろう。彼らの前で彼らが調べられたくないことを調べるなんて無理に決まっている。

 さてどうしたものかと考えていたところで誰かが図書室に入って来た。

 誰かと本棚の影から確認してみると、なんとダイン王とミームだった。


「今日はここでなにを調べるんだ?」

「まだ試していない薬草があるとマウレフィト王国から来た方が教えて下さったので、それが国内ではどこにあるかを調べようかと」

「なるほど植物ならこっちの棚だな」

「もう何度も来ていますから大丈夫ですよ」

「そ、そうだな」


 ダインの落ち着きのない態度をミームが苦笑して見守っている。

 ミームの活動時期を考えるとダインとの年の差は母と子ほどではないにしてもそれに近いぐらい離れることになる。

 だが、見た目だけなら姉と弟ぐらいだ。

 姉にかまってもらいたい弟と考えると微笑ましいが、実際にはそれ以上の下心……と表現するのはかわいそうか……純情が存在するのは誰の目にも明らかだ。


「ああ、これですね」

「どこに生えているんだ?」

「国内だとミルマール領の山中にあるそうですね」

「よし、ミルマール男爵に採って来させよう」

「いえ、植物園で増やすことを考えると私が直接向かった方がよろしいので」

「それはしかし……前回のことがあるではないか」

「少し合流が遅れただけではないですか」

「しかし……」

「陛下」

「俺はミームのことが心配なんだ」

「ダイン」

「ミーム」


 うわっと……アンリシアは漏れそうになった声を抑えた。

 これは困ったことになったと抱き合う二人から背を向け、本棚の影で息を殺した。

 二人は簡単に離れそうにない。

 これは……どうしよう?

 いや、あの二人はどうなってしまうのか?

 外で待っているはずのジンはなにをしているのか?

 彼がいたなら図書室にアンリシアがいることを告げているはずだし、そうでなくとも彼がそこにいることを訝しげに思ったっていいはずだろう?

 どうしてそんなことにならないのか。

 うわっ、なんだか聞こえてはならない声が聞こえ始めた!

 もう……どういうことなの!

 こういう時、きっとレインなら堂々と引っ掻き回すか嬉々として覗いているのではないだろうか。

 だけどアンリシアはそんなことができず火が出そうなぐらいに熱くなった顔を押さえて本棚の影に隠れ続けるしかできなかった。


「もう……」


 彼らが去るには少し時間がかかった。

 本棚の影で息を殺し続けていたアンリシアはやっと動けるとほっと息を吐きつつどうしてこんなことになるのかという怒りがこみあげて来ていた。

 とはいえこういう行き場のない怒りにアンリシアはあまり耐性がない。しかもそういう場面に出くわすということが初めてなのでなにをどう怒ればいいのかわからない。

 なので図書室から出たところでジンを見つけた時、思わず声を張ってしまった。


「あなた! どこにいらしたんですか⁉」

「そんなに大声を出すな」

「そういう問題では!」

「まだ、陛下たちは近くにいるぞ」

「っ!」


 その言葉に驚いてアンリシアは口を隠して辺りを伺った。

 そんなアンリシアの反応をジンは冷たい眼光で見下ろしている。鍛え抜かれた大柄な男のそんな態度になれない圧力を感じ、体が硬くなった。


「アンリシア・バーレント公爵令嬢。貴方の家の魔女に対する方針はこの国にも届いている」

「……それがどうしました?」

「だが、そんなあなたが魔女を連れている。しかも親しげだ。つまりそれは、マウレフィト王国での魔女に対する扱いが変わりつつある……と考えてもいいのか?」


 ジンがなにを言いたいのかわからなくて、アンリシアは沈黙を通した。

 こういうとき、うかつに言質を取られるべきではない。


「我々は聖女の行いには感謝している。だが、問題が解決した後までも聖女の地位がそのままであっては困るんだ」

「わたしになにを望んでいるのですか?」

「はっきり言わせてもらおう。あなたには王妃になってもらい。そして……魔女たちをあなたの国に帰してもらいたい」

「……は?」

「この国に、魔女は必要ないんだ」


 ジンは家名の如き硬い表情で言い切った。


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