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 とりあえず、第二部の導入部分の説明をしよっか。

 第一部クリア後にしばらく猶予期間があるんだけど、このときに薬草採取のクエストが発生してこの辺りの山にに入る。

 そうしたらいまみたいにサンガルシア王国の兵隊に囲まれてあっちの国に連れていかれてしまうっていう流れで第二部が始まる。

 そしてその時、兵隊の中に妙に偉そうな奴がいて、そいつが王様なんだって後々に気付くことになる。

 そいつがダイン・ラン・サンガルシア。

 燃えるような赤髪の野生児系イケメン。


「なんで、マウレフィト王国の聖女が俺のことを知っている?」

「…………」

「なぁ?」

「…………」

「おい」

「…………」

「いい加減にしろよ」


 うるさいな。

 私はいまアンリシアと仲良く手を繋いで歩いているのだ。


「それにしても、なんですぐに諦めちゃうかな?」


 私は少しだけ責めるようにアンリシアを見た。


「だって……」

「こんな連中、私にかかれば『ちょちょいのちょい』の『ちょ』の部分で倒せるって知ってるでしょ?」

「おい、言ってくれるな」

「でも、王様がいるんでしょ?」

「なに言ってんのアンリ。庶民な私の言い分なんて誰も信じないし、王様が他国との国境線に少数の護衛だけ連れているっていう状況の方がありえないんだから。帰ってから何か言われても『え~知りません。山賊なら倒したけど』って答えておけばいいんだよ」

「ん~それはそうかもしれないけど」

「おい、無視するなよ」

「それに、死人は口なしだよ?」

「あんまり、レインにそういう殺伐としたことはしてもらいたくないの」

「アンリは優しいなぁ」

「おいっ!」

「ねぇ、そこの隊長さん。この一般兵士が絡んできてうざいんだけど」

「ふざけんな! 俺は!」

「しかも自分の国の王様とか詐称してるよ。いいの? 普通なら不敬罪とかで死刑じゃないの?」


 私に声をかけられた隊長さんは困った顔を引きつらせている。苦笑していいのか怒っていいのかわからない顔だ。

 ちなみになんでこんな嫌がらせをしているかというと……私が「お前、サンガルシアの王様だろ?」って暗に指摘してやったら、最初は「なんでわかった!?」だったのに「は? なに言ってんだお前?」って態度に方針変更したからそれに付き合ってやっているだけだよ。

 それなのになんかうざいんだよな。めんどくさい奴だな。


「わかったから。お前は王様じゃないから。他国の貴人への態度も知らない無礼な青二才でいいから。だからさっさと失せろ赤毛」

「ぐっ……き、貴様は……」

「ああ、すいません。その辺でもう許していただけないでしょうか?」


 髪と同じぐらいに顔を赤くしている自称変装中王様との間に入って仲裁してきたのは、兵士の格好が誰よりも似合っていない細い男だ。兜の下から零れた細い金髪がゆらゆら揺れている。


「あんたは?」

「本物の王様の侍従をしております。スペンサー・ランドです。王の命令でこんな格好をしていますが本物です」

「ふうん。で、こいつは?」

「そうですね。この方は……ただの兵士です」

「おいっ!」


 まさかのスペンサーの発言に自称変装中王様……長くてめんどくさいな……が叫んでいる。

 が、余裕の無視である。


「我々は王よりある命令を受けてこの辺りを捜索しておりまして、あなた方を見つけたのは偶然です。ただ、あの場から赤い竜が飛び去る姿を見たのですが、なにかご存じありませんか?」

「……その質問がもっと早く穏便に出てればこんなことにはならなかったんだけどね」

「申し訳ありません」

「どっかの馬鹿な一兵士の暴走でね! 他国の公爵令嬢が疫病に罹患した可能性が出ちゃったんだよね!」

「ほんとうに、申し訳ありません」

「レイン、もういいから」


 いま、私たちはサンガルシア王国に向かうために兵士たちに囲まれて山を下りている。

 サンガルシア王国はもうずっと疫病に苦しめられていて国境が閉じられて他国との行き来ができなくなっている。

 人の流れを閉じて疫病の拡散を防ごうっていう考えだ。

 実際にそれは功を奏しているのか、疫病が他国に流れたという話は聞かない。

 その代わり、外からサンガルシア王国に入った者や、サンガルシア王国の人々と触れた他国民は元の国に帰ることは許されない。

 さっきの馬鹿な赤毛がアンリシアの肩を掴んだのにはそういう馬鹿で愚かで馬鹿な意味があったのだ。本当に馬鹿だ。


「この件に関しましてはこちらから正式にマウレフィト王国に連絡させていただきますし、謝罪もいたします。ただ、ご令嬢とあなたの身柄は疫病の問題が片付くまでは国外へと出すわけにはいきません」


 へらへらな態度だけど真面目に事務的なことを言うスペンサーに、私とアンリシアは理解して揃ってため息を吐いた。

 この人を敵に回すとめんどくさい。

 どっちにしろこうなったら正規で国を出るために疫病問題に取り組まないといけない。この国の真実を知っている私だけど、さすがにゲーム外の事象は予測がつかない。たぶん大丈夫だろうとは思うんだけど、罹患者が国外に出ても拡散しないっていう絶対の自信はないし、解決しないまま力尽くで国外に脱出したとしてもアンリシアがそれを受け入れないに違いない。


「おい、早く歩け」


 馬鹿赤毛がいらいらした様子で急かしてくる。


「うるさい。山道で急かすな」

「ちっ」

「すいません」


 感じ悪く舌打ちする馬鹿赤毛にスペンサーが謝罪し、彼に小声でなにかを囁いている。それになにかを言い返しかけて、こちらを見てまた舌打ち。


「感じわっる」

「レインが煽るからでしょ。相手は王様よ。性格はどうあれ、わたしたちの運命を握っているんだから」

「アンリもたまにはひどいことを言うね」


 実は内心で怒ってたりするのかな?


「それにしても……サンガルシア王国に入ってしまったのね」


 そう呟いた彼女はまたため息を吐く。

 今度のは重かった。

 ああそうか。

 私はこの国のことも疫病のこともわかっているから落ち着いているけど、アンリシアは違うもんね。

 なにも知らない。

 もしかしたら本当にさっきの接触で自分に疫病が移ったかもしれないと思っている。

 そりゃ、不安になるよね。

 繋いでいた手を私はさらに強く握った。


「大丈夫だよ」

「レイン?」

「アンリは疫病になっていないし、移させたりしない。見てなさい。この美少女魔女のレインちゃんが疫病問題をぱぱっと解決してあげるから」

「……ありがとう」


 頑なっていたアンリシアの表情がふんわりと解れる。


「うーん、いい」

「え?」

「やっぱりアンリは美人で癒しだね。存在そのものが神だ」

「もう、レインったら」


 照れまくるアンリシアは可愛い。


「なにやってんだあいつら?」

「微笑ましくていいじゃないですか。うちの王様にもあれぐらいの余裕が欲しいですよね~」

「なんだそれ、嫌味か?」

「いやいや、誠実に訴えたいことですよ。本人には言いませんけどね」

「お前まで乗っかるなよ。それより……」

「まずは彼女たちを砦まで運びましょう。大丈夫ですよ、あの方なら」

「……ああ、そう信じているがな」


 馬鹿赤毛がなにか落ち込んでいる。

 その理由は、まぁ知ってる。

 さてさて……本当にどうしたものかなぁ?



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