35


 そんなわけで赤竜女帝を探すためにキャンプ地を設営して三日目。


「さすがに三日連続の熊鍋は飽きたね」

「そうね。でも、まだまだたくさんあるわよ?」

「とはいえ、食べ切るのはむーりー」

「腐らせるのももったいないわよ。売りに下りる?」

「うーん。とはいえ、近くの村まででもけっこうあったし。持っていくだけで腐りそう」

「魔女の魔法でどうにかできないの?」

「防腐処理みたいなのは工房がないとね」


 こればっかりはいくら天才美少女魔女のレインちゃんだって無理……。

 うーん、待てよ。


「そういえば、自分で工房って作ったことないな」


 魔女になってすぐは森に隠された隠し工房(※クリア後の隠しダンジョン攻略用拠点)を使っていたし、その後はサンドラストリートでミラー工房を使っていた。

 でも、工房って最初からあるわけじゃないし、誰かが作っているわけで……。


「一応、サンドラ婆から作り方は教わってたか」


 うーん、ゲームじゃ使えないスキルだったし、いままでのところ必要性を感じなかったので試してなかったな。手持ちのアイテムを使い切ったこともなかったし。


「必要なのは精霊との契約……ていうか精霊王ともうしてるわけだから問題ないわけで……ええと……こうかな」


 記憶を掘り出して使ってみる。


【魔女の園】


 次の瞬間、目の前の土がせり上がり、土窯と石の鍋が現れた。


「うん、まぁこの程度だよね」


 質としては工房には劣る。回復薬とかを補充する程度には役に立つかなって感じだね。

 あとは料理。


「とはいえ、これで熊のタレ漬け保存食が作れるね」


 鍋で煮るのに、どうしてタレ漬けの保存食になるのか。そこは気にしてはいけない。魔女との約束だよ。


「本当に、何でもできるのね」


 アンリシアが呆れたような苦笑を零す。


「なんでも~ではないと思うけどね」

「でも、その差は魔女の方からではわからないと思うわ」

「ん~……それはそうかもねぇ」


 なんてことを言いながら熊肉を次々と保存食に変えていく。

 おかげで三日目の昼からはそれで時間を潰してしまった。

 夜はタレ漬け肉の味見を兼ねて焼いてみる。

 鍋とは違ってまた美味しい。


「……というか、私が下処理した時より肉の質が良くなってる気がする」

「美味しい!」


 アンリシアが喜んでくれるのは嬉しいんだけど、がんばって解体とかした私の苦労はどうしてくれるのか。まるごと魔女の鍋に突っ込んでも解体はできたのに。


「はっ! なるほど、これが魔女に対する感情かもしれない」


 自分の苦労を明らかに違う方法で、しかも簡単そうにやってのける……それは確かにずるっぽい。魔女には魔女の理屈があるとはいえ、それを使用できるのは魔女しかいないのでは一般人にとってはそんな理屈はないも同じだろう。


「うーん、根が深い」

「あまり深く考えても仕方ないわ」


 私が唸っているとアンリシアが慰めるように皿に追加の肉を乗せてくれた。


「わたしの言葉がきっかけなんだろうけど、気に病む必要もない」

「そうかな?」

「そうよ。だってもう魔女はそこにいるんだから。仲良くなれるならそれに越したことはない。そうでしょう?」

「それはね」

「喧嘩する方が無意味だし危険だわ。もしも魔女が結託したらどうなってしまうのかしら?」

「そうするには人数が集まらないとねー」


 魔女といってもピンからキリ。みんながみんな最強美少女魔女のレインちゃんではないのだ。

 サンドラストリートの魔女たちが蜂起したら最初の数日はひどい被害を受けることになるかもしれない。だけど、魔女側が相当うまく立ち回らない限り、やがてはマウレフィト王国の軍門に下るだろうし、その時にはもっとひどい目にあわされるかもしれない。

 数は力だ。

 一つ一つは弱くとも、結集すればどんな敵をも倒す力となる! なんて昔のヒーローはカッコよく言っていたけれど、つまりは数の暴力が最強であるとヒーローもまた認めたということになってしまう。

 友情努力勝利とは正義にだけ許された言葉ではないのだ。


「それにしても、アンリにしてはちょっとざっくりとした意見じゃない?」

「うふふ、誰かさんの影響を受けたのかもしれないわね」

「むう、レインちゃんは清く正しく美しいことしか言わないよ。言葉からは虹の光が零れてるぐらいだから」

「それ、むしろ気持ち悪いわよ」


 なんてことを楽しくお喋りしていると近づく気配を感知した。


「レイン?」

「…………」


 私は黙ってアンリに「静かに」と指示を送る。察した彼女は硬い表情に頷き、私が見ている方に目を向けた。


「山賊? 魔物?」

「さあて、狼とかではなさそうだけど」


 夜をかき分けてくるにしては気配が濃厚だけど、さてさてなにが出てくる?

 その内、足音が聞こえてきた。

 ドシンドシンと響いてくる。


「……ねぇ、音、大きくないかしら?」

「大きいかもね」


 GORRRRR……。


「ねぇ、なにか、唸っているように聞こえるんだけど」

「唸ってるかもね」


 いや、アンリさんや。不安なのはわかるけどそんなに繰り返さないおくれ。

 内容は違うけどなぜか頭の中でシューベルトが流れてくるから。


「不安ならキャンプの中に隠れててもいいけど」

「え? でも……逃げ場がないところはちょっと」

「そんなところはちゃんとしてるねぇ」

「それに、レインの側以上に安全な場所なんてないし」

「うん。それはその通り」


 アンリシアに頼りにされてるんだから、いいところを見せねば!


 GURRRRRR……。


「また! やっぱり唸り声よね?」

「う……うん?」


 怯えるアンリシアは可愛いけど、この音って何か違う気がするんだけど……。


「誰?」


 気配はかなり近い。私は闇に向かって問いかけた。


「ああ……あの、ちょっと話せるかしら?」

「うおっ!」

「ひゃっ!」


 野太い女声に二人揃ってびっくりした。


「そのいい匂いがしてるんだけど。アタシにもおすそ分けしてくれないかしら? もう、お腹空いてお腹空いて」

「……とりあえず、姿見せてくれない?」

「……びっくりしないでね?」


 そう言って姿を見せたのは巨大な爬虫類の頭部とそれを支える長く太い首。

 蛍光色の魔法の光に照らされた体色は赤。


「あれ? もしかして赤竜女帝?」

「うーん? なんだか人にはそう呼ばれてるらしいわね。そうよん」

「まさか、竜のオネエに出会ってしまうとは」

「失礼ね。ちゃんとレディよ!」


 赤竜女帝はぷんすかと怒り、闇から出てきた胴体を短い手で撫でた。


「いま、妊娠中だからお腹空いちゃって。それ、分けてくれない?」


 撫でているお腹はぷっくりと膨らんでいた。



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