15
そんなこんなと十五歳になりました。
ミラー工房を引き継いで五年。固定客もできたりとそこそこ順調な日々を過ごしています。
なにごともなくて逆に心配になったりしながらも、成長するアンリシアがどんどんゲーム中の美しい彼女に近づいていく様が私を癒やしてくれていたのでそんな心配事もあってなきがごときものです。
ああ、平和。麗しの平和。
とはいえ油断もできない十五歳。
オープニングが終わって再びタイトル画面。GAME・STARTの文字が点滅しているのだとしたら、そのボタンを押したらどうなるのか。
「あなた、また来たの?」
「来たさ! むしろ君がいる方がおかしいんだけどね!」
店舗奥で私とお茶を楽しんでいたアンリシアが来客のベルとともに騒々しくやって来たマルダナに冷たい視線を送る。
だけど彼はそんなことは気にしない。
そう。魔女派貴族トップの息子、マルダナである。
あの遠足の騒動以来、マルダナはちょくちょくと私の店に来るようになり、今や立派な常連だ。
そんなだからアンリシアと鉢合わせしてしまうのも仕方なく、いまや二人は憎まれ口をたたき合う悪友みたいになっている。
いまも当たり前のように店舗奥に入ってくるし、アンリシアもぶうぶう言いながらお茶を淹れてるし。
魔女マニアな彼は私の工房にもしっかりとお金を下ろしてくれるから邪険にもできないし、ていうか魔女派の貴族を邪険にするとかサンドラストリートの魔女ができるはずもなし、マルダナはそういうところをちゃんと理解しているから厄介だよね。
まぁ、嫌な奴じゃないからいいんだけど。
そんなマルがいきなり爆弾を放り込んできた。
「そういえばアンリシア嬢、殿下の婚約者に決まったそうだね。おめでとう」
「なんですと?」
「ああ、どうも。レイン?」
「アンリが、他人の物に」
「もう、レインったら」
よよと泣く振りをしながら、私は内心で動揺していた。
あれ?
アンリシアはゲーム中でも婚約者候補、ではなかったっけ? それが婚約者に格上げ? ストーリー完全無視の状況なのはわかっているけれど、なんだかおかしくない?
私はマルをぎろりと睨んだ。
「おたくの対抗馬はなにしてるわけ?」
「対抗馬? ああ、マリベールかい?」
そうそう。そんな名前。
たしか遠足のときにもいたな。
「彼女なら辞退したよ」
「なんで⁉」
王子の嫁候補だよ?
未来の王妃かもなんだよ?
貴族の癖になんでそんなチャンスを棒に振る?
「貴族間の力関係だよ」
「なぬ?」
「説明は……僕も難しいね。いろんな要因があるんだけど、とにかくうちの派閥が折れて今回は保守派に政権を譲ったって感じかな?」
「……まぁ、そういうことですね」
マルダナの意味ありげな視線をアンリシアがさらりと受け流す。
貴族同士の高度なやり取りが私の嫉妬の上を滑っていく。
「ぐぬぬぬぬ……」
「レイン?」
「アンリをあんなのにやるのは嫌だぁぁぁ!」
「レイン!」
アンリシアの腰に抱きつく。うう……コルセットがごりごりと邪魔をする。
「あはははは!」
そんな私を見てマルダナが笑う。
「あははは、本当にレイン嬢のアンリシア嬢への執着は本物だね。でも、それならレイン嬢、僕のところに嫁に来ない?」
「は?」
「マルダナ様!?」
「もしそうなったら……」
「だめですよ!」
アンリシアの声がマルの声を遮る。
さらに彼女の腕が耳を塞ぐように私の頭を抱え込む。
「レインは私のです!」
「ははは! 愛されてるねぇ」
はふ~アンリからいい香りがする。
マルがバカにしてるみたいに笑ってるけど本当にどうでもいい。
しあわせ。
「さて、今日は栄養剤を買いに来たんだ。売ってくれる?」
「はふぅ」
「……ねぇ?」
「ああ、はいはい」
「ほんと、貴族にその態度とか、君じゃないと許されないからね。レイン嬢?」
変なことを言うマルダナを無視して店舗から栄養剤をお望みの本数取り出して、売る。この辺りの薬は誰から買っても同じだと思うけど。
「そういえば、この前も栄養剤だったような? なにか無理でもしてるの?」
「おや? 僕のことを気にしてくれるのかい?」
「いや、別に」
「ははは、アンリシア嬢の進路が決まったからね。僕も進路のために頑張らないといけなくなったんだよ。ちょっと寝る時間を削らないと彼に勝てないから」
「ふうん」
「うわぁ、本当に僕のことなんてどうでもいいんだね?」
「体は壊さないようにね。はい、常連さんだから回復薬おまけしてあげるよ」
「ああ、ありがたいね。レインの薬は苦味が少なくて飲みやすいんだ」
「そう?」
「そうそう。だよね、アンリシア嬢」
「そうね。レインの薬は飲みやすくて助かるわ」
「ふうん」
自分の薬しか使ったことないから知らなかった。
そんなこんなでマルダナを見送り、もうちょっとアンリシアとお話ししているといつもの執事さんが迎えに来たので彼女も帰る。
工房を出るとすでに夕方になっていた。
「レイン」
「ん、どうしたの?」
「あのね。これからはちょっと来られる回数が減るかもしれないの」
「え⁉」
いきなりの告白に私は固まってしまった。
「マルダナが言っていた件で、新しい勉強もしないといけなくなったから」
新しい勉強?
それってもしかして王妃教育的な?
リヒター王子はこの五年間で正式に次の王位継承者……王太子に立てられた。なのでその婚約者ということは将来の王妃ということになるので、そのための勉強もしないといけない。
おおう、なんということでしょう。
色々とストーリーが変わっている。その原因が私なのはわかっている。
悪役令嬢であるアンリシアをバッドエンドから助けようとすれば、自然と彼女が王妃の道を進んでしまう可能性があるのはわかっていたことでもある。
「……でも、寂しいなぁ」
アンリシアを助けたい。
その思いはただの偶然で可能になってしまった。その後も色々と頑張ったけれど、あの偶然がなければここまでアンリシアと仲良くなることはできなかった。
これ以上を望むのは、贅沢なのかなぁ?
「レイン」
私はどんな顔をしていたのか、アンリシアが泣きそうな顔で抱きしめてくれた。
「大丈夫。私たちはなにがあっても友達だから」
「……うん」
十五歳のアンリシアは私なんかよりもはるかに大人で、そして私もゲームと同じぐらいに成長して……なんか子供っぽい。
こうしているとどれくらい年齢差があるように見えてしまうんだろう?
しっかりと慰められてからアンリシアを見送る。
は~寂しい。
とか思いつつ、気持ちとは裏腹に空腹はやって来る。腹繋がりに切なくなりながら、今夜は屋台でやけ食いだと歩いていると、それを見てしまった。
なんか、見たことのあるおっさんに案内されて工房のドアを抜けていくフード姿の誰か。
あのおっさんを見たことがあるのは一回だけだと思う。
たしか昔、バーレント家の別荘で。
だけど、『サンドラストリートの小魔女』ではオープニングにも出てくるおっさん。
騎士カイン。魔女を母に持つおっさん。
その母がブロウズ工房の魔女で、いま、おっさんがいるのもその工房の前。
だけど、ブロウズ工房の魔女はこの前、代替わりした。葬式には私も参加したから忘れない。
そして、後を継いだのはサリア。
サンドラ工房にいた小魔女はブロウズ工房へと移り、そしてその跡を継いだ。
ゲームの中のレインが使っていた工房にサリアは入り、そしていま、カインに導かれて運命の客と出会おうとしている。
あのフードの下に隠れているのは王子だ。
リヒター王子。
ぞっとした。
『サンドラストリートの小魔女』のストーリーはいまでもちゃんと続いていて、そしてその主人公の座から私、レインは蹴りだされてしまったのだと理解してしまった。
そしてストーリーが続いているのなら、アンリシアの運命はいまもまだ変わっていないということなのではないかと気付かざるを得なかった。
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