14
REBMレベル8、ライノロード。
レインの中の人である私が知っているサイとはかなり違う。鼻先から額にかけて広範囲を根とした巨大な角を生やし、それを武器とするために首から肩甲骨当たりの筋肉が山を作っている。表面を覆う皮は岩のようにゴテゴテだ。
そしてその大きさ。
高さで大人二人分はありそうだ。
ゲームの中ならデータから湧いて出たと受け取るけれど、ここを現実と考えるならお前はほんとにどこから出てきたと問いたい。
だけど、そんなことを問いかけたところでライノロードが「こりゃ失敬」といなくなってくれるわけもなく……。
「に、逃げろぉぉっ!」
誰かの叫びでこの場は大混乱になってしまった。
蜘蛛の子を散らすように逃げる貴族の子女に、ライノロードが刺激されて追いかけようとする。
それを必死の形相で騎士たちが止めにかかる。
が、無駄。
全て跳ね飛ばされる。
金属鎧を着た騎士が高く跳ね飛ばされる姿は見世物としては興味深いけれど、いまそこにある危機として見れば背筋が寒くなる光景だ。ライノロードの地鳴りの如き足音がさらに子供たちに近づいていく。
しかもどうしてだか、王子たちのいるここにやってくる。
「ぬあぁぁ! させるかぁ!」
なんとここで立ちはだかったのはマルダナだった。
「殿下は僕が守る!」
こういうときのお前の役目は恐怖心で暴走して身内の足を引っ張ることだろうに、なんと自分の身を盾にした。
それほどマントの性能を信じているのだろうか?
意外に勇気があったというのがまともな感想なのかもしれないけど……。
「ひっ!」
それでも迫る巨大モンスターに呑まれてしまうのは止められない。もはや自分の選択を後悔する暇もなく、したとしても恐怖ですくんでなにもできず、何代目か知らないがサンドラストリートの長が作ったマントの力に頼るしかないという状況で彼は目をつぶる。
ボンッ!
「ひあああああっ!」
衝突した瞬間、マルダナの体は天高く飛んでいった。
あのマントに込められていたのは風の守り。脅威が近づいたところで風が発生して吹き飛ばすというものだった。
だがライノロードという巨体を跳ね返すほどではなく、反動でマルダナの方が飛んでしまったのだ。
でも、あれなら着地の瞬間にも発動するだろうから死ぬことはないかな。よかったねマル。
だけど、ライノロードの勢いを止めることはできなかった。
王子たちは逃げているけれど、ライノロードの速度に勝てるはずもない。
よし、そろそろ……。
「それ以上、こちらに来てはいけません!」
と、えええええ!
アンリシアが動いてしまった。
彼女の指輪、私のあげた月銀の指輪が彼女の意思に従って輝き、込められた魔法を放つ。
塔盾の守護者(ガーディアン・ゴーレム)が召喚されて王子への直撃コースを爆走していたライノロードをその盾で受け止める。
ああもう! それは自分を守るために使わないと!
勢いを殺されたライノロードがゴーレムの使用者であるアンリシアを嗅ぎ付け、その向きを変えた。
塔盾の守護者は足が地面にめり込んでしまったのですぐには動けない。
もう、これを止めるのは私しかいない。
【闇は誘う】
向きを変えてアンリシアに向かおうとしたライノロードに地面から生えた巨大な黒い手が絡みつき、その動きを縛る。
「レイン!」
魔法が切れて姿を現してしまった私に、アンリシアが驚きの声を上げた。
【剣の王をここに】
身動きが取れなくなったライノロードに今度は巨大な剣を突き立てる。
背中から心臓を破る刺突を受けたライノロードは動きを止め、剣が消えたところで静かに倒れた。
さて、さっさと消えよう。
なんかもうすでに視線がすごく集まっているのを感じるしね。
はいはい、場違いだから消えますよっと。
「あっ!」
アンリシアが何かを言いかけたけど、寸前で言葉を呑み込んだ。
うんうん、保守派にいる彼女が魔女と仲良くなっているなんて対外的には良くないものね。
「ありがとう」
でも小さくそう呟いたのを私はしっかり聞いています。
やっぱりアンリシアは可愛い。
そんなわけで消えた私はもうどこかに行ったと思われたみたいですが、ちゃんと最後までその場で見守っていましたよっと。
結局、あれからはなにもなかったけどね。
その後は特に何か動きとかあるかなと思ったけどなにもなかった。
アンリシアが駆け込んできてすさまじい勢いで心配したという名の文句を言われ、最後に公爵家からの感謝の印という名のお金が持ち込まれた。
家具をもらっているので受け取れない、いいやそれとこれとは別という熾烈な言い争いは執事さんの救援で敗北し、金貨が詰まった袋を置いて行かれてしまった。
友情を金貨に変えたような気まずさもあったり、でも、友情と命を懸けることは等価ではないという言葉も真理な気もしたり、無償の忠誠心を求めるようになったら上に立つ者として終わりですという言葉は元の世界の連中に聞かせてやりたい至言だなと思ったので受け取ることにした。
まぁ、私がアンリシアに注ぐのは忠誠心じゃなくて愛だけどね。執事さんはそこのところはわかっていないね。
あ、アンリシアは別に気づかなくていいです。
私の愛は一方通行。ぐふふふふふ。
でも、お金が手に入ったのは大きいね。
これで素材を購入していろいろ作ろう。いつまでも店舗がすっからかんはいくらなんでも寂しすぎるからね。
「なにこれ……」
数日後、うちにやってきたサリアがびっくりした顔をすることになった。
「なんでこんなにたくさんあるの?」
「がんばって作ったからよ」
「がんばって作ったって……ええ…………」
サリアは信じられないという顔。サンドラの弟子なんだけど、なんだか感性が普通だなぁ。
なんて思ったのがいけなかったのか、彼女が落ち込んだ顔を見せた。
「ど、どうしたの?」
「あのね。私、他所の工房に移されることが決まったの」
「他の?」
「うん、その人の所も弟子がいないからって」
「そっか……」
「サンドラ工房に入れた時はわたしも凄い魔女になれるんだって思ってたんだけど……でも、同い年でこんなすごいことができるレインがサンドラ工房にいないんだから、わたしが他に移されるのも仕方ないのかな」
落ち込んでいるような割り切っているような、微妙な感情を見せるサリアにかける言葉が思いつかず、私は固まってしまう。
でも、このままにしておくわけにもいかないし……なにか、言葉をかけないと。
「で、でも……サンドラの名前を継いだって面倒なだけじゃない? ほら、偉い人ってやることがたくさんあるわけだし」
「……そうかも」
「そうそう。偉い人になんてなるもんじゃないって」
「そうかもしれないね」
「そうそう」
よかった。ちょっとは持ち直したかな。
それにほっとして、私はこのとき、大事なことを聞かなかった。
いや、聞いたからってどうにかなるものでもないんだけど、でも聞いておけばよかったと後悔する。
サリアが移った工房はブロウズ工房。
本来のレインが弟子入りする先だ。
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