12
夜になった。
旅人の振りしてこっそり外に出るのもいいけど、目的を聞かれたときに困る。
十五歳以下の魔女が一人で街道から外れて採取をしていてはいけない。
師匠である魔女が一緒なら問題ないそうだけど、いまの私にはそんな存在はいない。
なんだかこの制度、私一人が不利になるように作られていない?
「世間が私に冷たい」
いや、魔女の時点で冷たいんだけど。
そんなことを呟きつつ、『魔狼王シリーズ』で身を固めて城壁を越えていく。ゲーム上ではどれだけステータスを上げても城壁を越えるなんてことはできなかったけれど、いまならロッククライミングな感じで隙間に指を突っ込んで登っていける。
人がいないのを確認してぴょんと飛び降りる。
さて、序盤でお世話になる近場の森に行きますか。
「むしむし……と、うん、こんなもんか」
ここで採れるのは序盤向けの薬草がほとんど。いくつかレアなのがあるけど、手に入る確率は低い。
「むむむ……これでは万全では…………あっ、そうだ」
そういえば夜はモンスターが強くなるかわりに夜にしか採れない素材がある。
この森だと破壊薬の素材になる毒キノコともう一つ。
「あれでお守りが作れる」
森の奥にある池へと向かった。
そこで採れる素材の名前は月の砂という。
その池の砂は特殊で月の魔力を吸い込んで輝いているのだ。中級から上級レシピでそこそこ出番のある素材だ。
これで一番簡単な守護の指輪が作れる。
最高級じゃないのが悔やまれるが、付与に使う魔法は私のなのだから普通よりも高水準なのは確定なので彼女の守りとして最低限の働きはできるだろう。
「あ、でも付与できる魔法レベルの限界値の問題が……」
と、池に近づいたところで言葉が止まってしまった。
先客がいる。
森のあちこちに気配がある。
気付いたのはこちらの方が早いけれど、あと少し森に近づけば気付かれてしまうだろう。
むう……なんだろ? 待ち構えているという感じじゃないし、誰かを守ってる? 貴族とか、要人でもいるのかな?
面倒だな。まだ夜は明けないけど、待つしかない……かな?
姿隠しの魔法を使うかな? でもあれ、移動以外のことをしたら解除されちゃうからな。いきなり池の前で姿を現わしたら、それこそびっくりさせて戦闘とかになったら嫌だし……やっぱり去るのを待つしかないのかな?
できれば夜の内に後二~三か所回って他の薬の材料も揃えたかったし、ここは後回しにするしかない…………。
「はっ!」
悩みながら空を見て、思い出した。
満月だ。
「いまなら月の真砂が採れる!」
月の真砂は満月の時しか採れない月の砂よりも上位の素材だ。
「これと、霊樹の枝があれば」
いま考えている指輪よりもワンランク上の物が作れる。霊樹の枝もこの森をもうちょっと頑張って探せば見つかるはずだ。
それを見逃すなんてとんでもない。
「失礼します!」
気配を消して近づいたら怪しまれる。なのであえて大声を出して私は池に近づいた。
周辺に散っていた気配は私の出現に驚いているようだけど、かまうことなくずんずん進み池を囲む木々を抜ける。
「怪しい者ではありません。池の砂が必要な魔女ですから。それ以外は興味ないですから!」
「っ!」
池の近くで人影が驚いた様子で立ち尽くしている。きっと、この人が隠れている連中が守っている人なのだろう。だけど興味はない。視線も合わせない。
「池の砂がいるだけです!」
と何度も繰り返し、情緒を破壊しながら池の端に座り込むと月の魔力を吸った砂を掬い取る。
月の真砂を手に入れた。テッテレー♪
「はい、では、失礼しました!」
問答無用にぺこりと頭を下げ、相手を見ないようにする。警護がいるんだからどう考えても相手は貴人だ。サンドラストリートの外で魔女が貴人と視線をかわすなんて許されるはずがない。フードに手を掛け、顔をより深くに隠す。
「待って!」
こっちが頑張って気を使っているというのに向こうに声をかけられてしまった。
甲高い男の子の声。もしかしたら同い年ぐらい?
知らない声なのだけど、知っている気がする。
「少し、お話しできないかな?」
「ええと……」
「小魔女だけで、この時間に外に出てはいけないはずだよ?」
「ぬうっ!」
「ね」
「で、でも……」
「僕の名前はリヒター・センティ・マウレフィト」
「っ!」
そ、その名前は。
リヒター王子。
マウレフィト王国の王位継承第一位の王子。
『マウレフィト王国編』での攻略対象の一人。
「法を庇護する王家の者の見逃しが欲しいなら、少しは僕のわがままに付き合って欲しいな」
「は、はい……」
「なら、フードを外して、こっちを向いて」
「…………」
言われた通りに顔を上げる。
そうしたら嫌でも見えてしまう。
たしかにリヒター王子だ。ゲームで登場する時よりも若いけれど、線の細い美貌は変わらない。
王子は私の髪を興味深く眺めているようだった。
本物の魔女か確かめているのかな?
「名前は?」
「レイン・ミラーです」
「ミラー? ミラー工房ということ?」
「は、はい」
「いくつ?」
「たぶん、十歳です」
「へぇ。その年齢で工房持ちになるなんて、君って優秀なんだね」
「あ、ありがとうございます」
だ、誰だこいつ?
なんだこの、十歳と思えないような自信満々の小生意気な喋り方は?
こんなの、私の知るリヒター王子ではない。
リヒター王子は王子の癖に自分に自信がない。というか自分がない感じの……正直、利用されるだけのダメな王子だ。
こんな自分に自信があるような部分なんてミジンコの足ほどもないはずだ。
え? それとも、後五年で王子ってそんな性格に矯正されるの?
なにそれ怖い。王族超怖い。
「……ねぇ君、魔女ってどう思う?」
「え?」
そんな物思いに耽っていると王子がまた質問をしてきた。
「その髪が黒くなった時、どう思った?」
「それは……」
「嫌じゃなかった?」
「嫌でも、どうにもならないことだし……」
もうちょっと丁寧に話すこともできるけど、あえて子供っぽい口調にした。
「そうだね。どうにもならないことだ。そのことに怒りを感じたことは? 望んでなったことでもないのに、周りからはそういう風に扱われて、怒らなかったの?」
「…………」
なんなの?
なんでこんなこと聞くわけ?
なに? 怒ってるとでも言って欲しいわけ?
よし、絶対に言いなりになんかならないぞ。
「……腹が立つこともあるけど。でも、魔女も悪くないですよ」
「どうして?」
「人にはできないことができますから」
魔法とか、魔女の薬とか。
村での扱いを恐れて先んじて隠し工房に引きこもったりしたから、実のところ、私自身はそこまでひどい扱いを受けてない。
もちろん、ここに来る途中の街道では黒髪が見られたときには嫌な顔をされたし、途中は全て野宿だったりしたけど。
でも、そんなに悪くはない。
そんな逆境を跳ね除ける力が魔女にはあるのだから。
「そうか。君はきっと、優秀な魔女なんだろうね」
そう言った彼の声には失望があった。
おや?
どうやら私への興味は失せてしまったらしい。
うん。それならばそれでよし。
この王子と仲良くなったらアンリシアと敵対するしかなくなってしまうのだ。
そんなのは御免なので、このままでいい。
「もう行っていいよ」
「それではおやすみなさい」
私はぺこりと頭を下げるとフードを被って離れた。
急いで霊樹の枝を探さなくては。この森だと発見は低確率だから、気合を入れなくてはいけないのだ。
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