10


 朝、ノックの音で起こされた。

 寝ぼけ眼で扉を開ければ、現れたのはピシっとした執事さん。


「ふへ?」

「レイン様でいらっしゃいますね?」

「へあ? はい」

「お届け物でございます。中に運んでもよろしいでしょうか?」

「え? あ、あの?」

「申し訳ありません。私たちは、ここではあまり家名を名乗れない方からの使いでございます」

「? ああっ!」


 完全に思考停止している私に執事さんが少しだけ苦笑を浮かべてヒントをくれた。

 なるほど、バーレント公爵家の人か。


「おお、本当に掃除が終わっていらっしゃる。若さに似合わぬ腕利きの魔女という話は本当なのですね」

「あ、ありがとうございます。それで、これは?」


 執事さんの後にいた人たちみんな大荷物を抱えている。梱包されていて中身がわからないけど、なにか、たいそうなものが入っていそうなんだけど。


「ただの好意ですので、お気になさらず」


 いや、気になります。

 だけど、どやどやと荷物を搬入している人たちを止めることもできずに見守ってしまい……気が付けば工房奥のレンガ壁がむき出しになっていた生活空間が素敵家具を配置された素敵空間に変化していた。

 それだけじゃなく、玄関近くの狭い店舗空間にも新しい棚を設置してくれた。

 これで後は商品を並べるだけで工房の完成だ。


「はわぁ~~~~」

「品をこちらで勝手に選んでしまい申し訳ありません。模様替えをなさる際にはまた、お嬢様を通じてお声がけ下されば、いくらでもお手伝いさせていただきます」

「はぁ~~……あ、ええと、彼女、ここに来ても大丈夫なんです?」


 彼女……アンリシアは保守派貴族のご令嬢だ。

 そんな人が気軽にここに来てもいいんだろうか?

 ……いや、ゲームの中では割と頻繁にやって来ていたけど。でもあれって依頼人としてというよりはレインに嫌がらせをするためだったりしたし。

 そんな私の心配を執事さんは一笑に付した。


「サンドラストリートにやってくる貴族に派閥は関係ありません。顔を隠していれば問題ありませんよ」

「そういうものなんですか?」

「そういうものです」


 それなのに魔女を排除したい貴族がいるっていうんだから、変な話だ。

 怒涛のように現れた執事さんたちは颯爽と帰っていった。

 あまりの手早さに夢じゃないかと思ったけど執事さんが最後に残した「これからもお嬢様のことよろしくお願いします」という言葉は本物にしたいので夢にはしない。

 家具とかもちゃんと残ってるしね。


「さて……なら、商品を用意しないと」


 寝ている間に掃除を終えたようで掃除妖精たちは一体も残っていない。

 朝ごはん代わりに黄金林檎ジュースを飲む。


「ああ、隠し工房の素材とかどうしようかなぁ」


 〇次元ポケットみたいな便利なものはないので、あそこから持ち出せた物はあまりない。

 ゲームでなら工房内の貯蔵物は共有だったけど、さすがにそんな便利な物はないみたいだし。


「うーん。とりあえず、持って来た種を温室で増やしつつ……かなぁ」


 まぁ、ゲームの通りなら最低限の依頼はあるはずだ。

 私はバスケットを持ってサンドラ工房に向かった。


「あっ」


 サンドラ工房の店舗で店番をしていたのは昨日の小魔女だった。


「おはようございます。あの、補充依頼ってあります?」

「補充……ああ、はい」


 戸惑った様子ながら小魔女は頷くと私のバスケットに薬草を詰めてくれる。

 魔女はそれぞれの工房で店舗を開いているが、同時にサンドラストリートの外に一定量の薬を卸している。

 一番の卸先は城なのだけれど、他にもストリートの外にある薬屋や医者だったりと色々だ。

 そこに卸す薬はストリートの魔女たち全員で作り、利益ももちろん配分される。それらをちゃんと采配するのもストリートの主人であるサンドラの役目なのだ。


「……昨日はありがとう」


 バスケットに薬草を詰め終えたところで彼女がそう言った。


「あれ、わたしのお姉ちゃんなの」

「そっか、大変だったね」

「……このお礼はいつかするから」

「別にいいけど。ああ、そうだ。それなら友達になってよ」

「え?」

「私はレイン。六歳で魔女になって、それから森に隠れてたから友達っていまのところ一人しかいないのよね」

「……サリアよ」

「よろしくね」

「うん」


 そんなわけでサリアが友達になりました。

 まぁ、本当に仲良くなれるかはこれから次第なんだろうけど、名前も知らないままっていうのも味気ないしね。


「そのバスケットの中身で最低でも回復薬十本は作るのが義務だから。器もちゃんと入ってるから」

「うん、わかった。余ったら貰っていいのよね?」

「そうだけど。……そうね、あなたぐらい実力があったら余分に作れるんでしょうね。余分にできたのもちゃんと買い取りしてるよ」

「わかった。ありがとう」


 再び事務的な会話に戻ったサリアに見送られサンドラ工房を出る。

 そのまま工房に戻る。

 きれいになったけどちゃんと動くかわからない。回復薬はお試しで動かすのにちょうどいい。

 サンドラストリートの外で売っている魔女の薬は初級回復薬や解毒薬ばかり。

 それより上の効能の薬が欲しければサンドラストリートに来いということなのだ。


「う~ん、これぐらいかな」


 サンドラの前でやった試験では遠慮なくやったが、今度は手加減しないと。

 もらった薬草の三分の一ぐらい、ざっくりだけど三本分を鍋に投じ、魔力の火を熾す。ぐつぐつ煮込んではい終了。出てきた薬液をガラス管に収める。

 よし、ぴったり十本出来上がった。


「ふっふっ、さ~すが私」


 ドヤっと誰もいないけど胸を張り、続いて残りの薬草を投じる。

 初歩の回復薬の上、中級や上級も実は同じ素材で作れる。問題なのは魔女の大鍋に対する理解力とステータスとしての魔力とレベル。

 だからいまの私なら、初級回復薬の素材で上級回復薬が作れる。

 ちなみに昨夜のサリアのお姉さんを治癒したのも上級回復薬だったりする。

 さっきと同じぐらいに集中して出来上がったのは上級回復薬十本。

 依頼品の素材で工房での売り物まで作れてしまう。

 序盤としては美味しい稼ぎ方法ではなかろうか。


「とはいえ、まだまだ商品棚には空きがあるし、なにか作らないとなぁ」


 そして、作るためには素材がいる。薬草温室が稼働するまでにはもうちょっと時間がかかる。種は揃っているから本当に時間だけが必要なんだけど。

 でも、待ってる間何もしない……っていうのもなぁ。


「買うか、採るか、待つか……よね」


 なんて呟きながら、サンドラ工房へと再び向かっていった。


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