06
『サンドラストリートの小魔女』のジャンルは乙女RPGだ。
魔女見習のレインがキラッキラッの男女と関りながら成長し、やがて魔女そのものの未来に関わっていくことになるというストーリー構成になっている。
ストーリーはレインの成長に合わせて展開されるメインクエストと呼ばれている三つが存在する。
アンリシア・バーレントはその最初のクエスト『マウレフィト王国編』に登場してくる。
その役回りが、世間的に悪役令嬢と呼ばれるものなのだ。
王子の婚約者候補の彼女は、とあるイベントを境に彼がレインに接近することに嫉妬し、敵対するようになる。
いろんな邪魔をして来るうちに彼女は何者かに利用されてモンスターになり、レインに倒されることになるのだ。
このゲームは乙女ゲームの要素があるので登場キャラクターとの恋愛イベントも豊富で、それによってストーリーも何パターンかに分岐していくのだけど、どのルートに行ってもアンリシアが敵になり、そして滅びる未来は変わらない。
王位継承第一位、王太子である彼にアンリシアは本気で恋していて、そしてとても嫉妬深くて、自分以外の女性を頼りにしている姿なんて見たくないのだ。
そしてとても魔女を憎んでいる。
その憎悪の深さは家がそうだからという以上のものがある。
だからレインがとても憎い、王子と恋仲になるかどうかなんて関係ない。彼の側に別の女の気配があることが許せないのだ。しかもそれが魔女。負の炎が際限なくも燃え上がっても仕方がない状態だ。
王子と知り合うのは分岐もなにもないストーリーの序盤。王子の依頼を成功することが小魔女レインとしての最初の仕事なので回避することは不可能。
レインが生き残る……ストーリーを進めるためにはアンリシアと敵対し、倒すことは絶対に不可避。
だけど、ゲームをプレイした中の人である私は、アンリシアが大好きなのだ。
「これは、どうしたものかなぁ?」
「なにが?」
「ううん、なんでもない」
「そうなの? ほら、もっと食べて、これとか美味しいのよ!」
「う、うん」
いま、私の前に大量のお菓子が並んでいる。
そのお菓子の山の向こうには生クリームを口の端に付けたアンリシア。
ここはあの別荘のアンリシアの部屋だ。
あれから何度もアンリシアにお呼ばれしている。
いや、お呼ばれの使者がうちの村に来そうになっていたのでそれを抑えて自分でやって来た。
とはいえ、魔女を堂々とお屋敷に入れるわけにはいかないので人目を避けてこっそりとだ。
ほんとに、どうしたものか。
アンリシアをじっと見る。
確か同い年だから七歳。心配事がなくなったからか、綿菓子みたいなほんわかした雰囲気でにこにことお菓子を食べている。
貴族なのに食べかすをいっぱい零したりして、なんだか可愛い。
私の知っているアンリシアとはまるで正反対。
ゲームの中の彼女は豪華な金髪を王冠のように輝かせた凛とした女性だ。貴婦人として優雅さと気の強さを併せ持った女傑。ただ残念なことに恋に恋して恋に狂っている上に魔女を憎んでいる。
その行動はともかくとして、私はこのゲームの中のアンリシアが好きだ。
大好きだ。
なにが良いって? それはもちろん決まってる。
見た目だ!
使っている声優さんもいいけど、悪役令嬢としての王道を迷うことなく突き進んだ結果として誕生したその姿が最高だ。
なんとかモンスター化イベントを回避して仲間にできないかと苦労した記憶がある。
全部無駄だったけど。
でも、もしかしたら今回はうまくいくかもしれない。諦めてはいけない。こんなに早く会うことができるなんて思ってなかったんだから。
(それにしても、この子があの素敵令嬢アンリシアになれるのかな?)
ゲームの中でアンリシアと出会うのは十五歳のときだ。
後八年。その間にあんなになるのだろうか?
あそこまでになるのだとしたら、それはきっと、この人の貴婦人教育がすごいんだろうなと、アンリシアをにこにこと見守る奥さんを見る。
私の上げたエリクサーと『竜王のまるごと煮込みのサンドイッチ』ですっかり元気になったのだけど、まさか魔女を排斥したい保守派トップの奥さんが魔女に助けられたじゃおかしいので、まだしばらくこの別荘で静養の振りをすることになったそうだ。
「あなたの功績を表に出せなくてごめんなさいね」
「ああ、そんなのは気にしないでください。誰にだって事情はあります」
「レインちゃんはしっかりしてるわねぇ。村の子供ってみんなそうなのかしら?」
「いやぁ、どうでしょう」
と、ため息を吐きながら食べ盛りなアンリシアを見る。
「? なあに、お母様?」
「なんでもないわ」
にこりと笑ってごまかしているけど、奥さんの目には冷たい覚悟が宿っていたような気がする。
うひぃ、怖い。
と、思っていると奥さんが話を戻した。
「夫もあなたに直接会うことはできない。でも、お礼はちゃんとするようにと申し使っているわ。なにか望むことはないかしら?」
「はぁ……そうですね」
うーん、どうしたものかな?
「このまま魔女と仲良くなる方向で考えていただくのは?」
「…………」
「あははは……無理ですよねぇ」
奥さんの不動のにっこり顔が怖い。
「ごめんなさいね。私たちもそうしてあげたいのだけど、それはなかなか難しいのよ」
「へ?」
その後に出てきたため息混じりの言葉に私はびっくりした。
「私たちが急に旗色を変えたら、保守派の貴族たちは一時的に統率を失い混乱する。そうしたら過激な考え方を持った者たちを抑えておける者もいなくなる。私たちが上にいる方がむしろあなたたちのためになっていると考えていただけないかしら?」
「そ、そうですね!」
あれ?
ということは?
「あの……もしかしてですけど、公爵様のお家は魔女に対してあまり嫌悪感を持っていたりは?」
「しないわよ。ただ。魔女派のように国政にまで積極的に関わらせようとは思っていないの、ごめんなさいね」
「あっ、いえ……なら、排斥とかそういうのは?」
「思っていないわ。私を含め、魔女の技術に助けられている人は多い。その事実を無視してはいけない。だからといって魔女の力に頼り切るのも危険。そういう考えよ」
「そ、そうなんですか」
あれあれ?
なんだか話がおかしいな。
『マウレフィト王国編』の根幹には保守派と魔女派という貴族の争いがある。特に王子を攻略対象にした時はその雰囲気が色濃くなるのだ。
そして、保守派のトップであるバーラント公爵は娘のアンリシアとはまた別に苛烈に魔女を排斥しようと動く……はず……だったんだけど。
話が違うよね、これ?
どうなってるんだろう。
「あっ」
あれ、もしかしてわかっちゃった?
アンリシアが王子に近づく魔女(レイン)に対して過激な態度を取ろうとする理由。
魔女排斥のために過激な行動を取ろうとするバーラント公爵。
その二つの理由の根っこって、もしかして奥さん?
奥さんがここであの狼魔女に殺されていたら、そうなっていたかもしれないってこと?
うわ、ありえそう。
と、いうことは……おお、プロローグ前からすでに運命変えちゃった?
私ってすごい?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。