05


 やらかした。

 ああそうさやらかしたさ。

 まさか、まーさーかー……わたしの助けたあの女の子が! あの女の子の家がそうだったなんて!


「ぬあああ!」


 頭を抱えてバタンバタンと地面を転がる。ここは別荘近くの森の中。時刻は夜。落ち葉が絡みつくのも気にせずにドッタバッタン大騒ぎする。


「は~~~~」


 よし、心の整理終了。

 長く、長~く、長~~~~くため息を吐いて反省終了。

 もうやらかしたんだからどうしようもない。切り替えないと。

 いや、むしろ、これは好機なのだ。

 私の運命を、そして彼女の運命を変える好機に違いない。

 やはり私はこれを実行するためにこの世界にやって来たに違いない。

 ゲームの中では不可能だったことを可能にするために。


「さて……」


 よし切り替え終了。

 私は夜に沈んだ森に目を向ける。

 ここ数日の私の目的がこちらに近づいてくる。

 そう、狼だ。

 数は二十匹ほど。けっこう大きな群れだ。

 私は静かに狼たちの前に立ちふさがった。

 狼たちは無音で私を囲み、そして低い唸り声で威嚇をしてくる。

 私はそれを無視して狼たちの奥に控えている影から目を離さない。

 その影は、狼ではなく、人の形をしているのだ。


「あなた……なんなの?」

「それはこっちの台詞じゃない?」


 狼の後ろに立った影……女が、問いを問いで返してきた。

 黒髪の女。魔女だ。

 いかにも魔女らしい黒のローブを着た女だ。狼への支配力を高める能力が付与された狼毛皮のショールを肩にかけている。


「なんで邪魔するの? 同じ魔女なのに?」


 私の髪を見て魔女が言う。


「いえ、小魔女か。もしかして親なし? だとしたら知らなくても仕方ないのかもね」


 小魔女というのは未成年の魔女ということ。そして親なしというのは小魔女を導く成人の魔女を持たないということ。師匠とも言い換えれる。

 つまり野良の魔女ってことよね。

 そうと決めつけられて……いや、間違っていないんだけどさ……魔女から嘲り視線を投げかけられながら、私は我慢強く彼女の話を聞く。

 相手は同じ魔女、しかも子供だから口で遣り込めると思っている。

 だから、思うままに企みの裏側を喋ってもらおう。


「あの屋敷の持ち主、誰だか知ってる?」

「……知らない」


 いまは知ってるけど、手を貸す前は知らなかった。どうせここからは去るんだし、この辺りで新しい知り合いなんか作っても仕方ないって思ってた。貴族ならなおさら。

 そう思ってたのがそもそもの間違いなんだけど。


「あの屋敷はバーラント公爵の持ち物。知らないでしょうけど、バーラント公爵は魔女嫌いの貴族たちの指導者。あたしたち魔女の扱いを悪いままにしておきたい連中の代表者なの。わかる?」


 知ってる。

 いや、あの子がそうだとは知らなかったけど、バーラント公爵は知ってる。

 でもここでは何も言わない。

 言わなければ向こうが勝手に都合よく解釈して、ぺらぺらと喋ってくれるから。


「あいつを倒せば魔女を大事にしたい方の貴族たちが有利になるの。だから、倒さないといけないの」

「ああ……なら、奥さんはあのまま放っておいても勝手に治ってた?」

「ええ、そうよ。賢いのね」

「死にかけで治ったら、旦那さん……バーラント公爵が慌ててやって来て、その時なら王都で襲うよりは警備が薄いから倒せると思った?」

「……そうだけど」

「悪いけど、ばればれだよ」

「なっ!」

「奥さんはもうとっても元気だし、薬は飲んでないし、旦那さんに手紙を送ったのも奥さん。暗殺の危険があるから来るなら警備はしっかりって書いてたから無駄じゃないかな?」

「な、なんで……」


 野良魔女が気まぐれに治したとでも思ってたんだろう。

 甘いね。

 いや、暗殺の危険とかは私じゃなくて元気になった奥さんが推測したんだけどね。

 エリクサーで眠りの薬効を完全除去しただけだと、奥さんの体力は戻っていなかった。

 だけど、状態異常を完全に回復するエリクサーの効果で胃腸も元気になっていたので、私は自分のお弁当として持ち歩いていた『竜王のまるごと煮込みを使ったサンドイッチ』を食べさせた。

 そしたらもうあっという間に完全回復。

 こちらの情報を提供したらすぐに状況を読み切って旦那さんに手紙を書いていた。

 で、今日の夕方、すごく立派な馬車が別荘に到着した。

 けど、中に旦那さん……公爵はいない。あれは犯人をおびき寄せるための罠なのだ。

 別荘にいた共犯者はすでに抑えているから、狼魔女にそのことは伝わらなかったみたいだ。


「娘に手を出したのも失敗よね。思い付きで動いちゃったんだろうけど、おかげで私が関わることになっちゃった」


 ほんとにね。おかげで知り合いたくもない人たちに知り合っちゃったよ。


「でもね。ここから先で問題なのは魔女が捕まること。魔女の薬だけならサンドラストリートでいくらだって買えるもの。でも、魔女本人が関わってるってわかれば、公爵は魔女排斥の熱を上げないといけなくなる」


 と、これは奥さんが私に助言してくれたこと。


「だから、今夜これから起こる予定だった襲撃はなかったことにしなくちゃいけないの。わかる?」

「黙れ」

「あんたがやろうとしたことは魔女派にとってまるで逆効果。あんたの言い分通りなら、手を引くのが普通だと思うけど?」

「黙れと言った!」


 企みが潰えて逃げるだけなら楽だったのに……そう思っていたのに魔女の目は怒りで燃えていた。

 口にしていた崇高(?)な目的以外の感情があるのは確かだ。


「魔女になったばっかりにあたしはそれまでの全部を捨てさせられた! それなのに、そんな社会を作ってるあいつらが幸せそうに、裕福に暮らしているなんて……我慢できるわけないでしょう!」


 その叫びと共に狼たちが迫って来る。

 だけど……。


「なっ!」


 狼たちは寸前でその足を止めた。


「なっ、なにをしているお前たち!」

「……無駄だよ。この子たちに私は襲えない」


 私がいまだ着ているのはシーフ系最強装備『魔狼王シリーズ』。高い防御力とバフ効果の他にこんな能力がある。

『獣系モンスターからの攻撃を確率で無効化』

 この確率計算式はよくわからなかったけれど、結果だけをわかりやすく言えば、レベル差が大きければ大きいほど、獣系モンスターからの攻撃を高確率で無効化できるってこと。

 実際、ゲームの中では終盤のステータスで初期の獣系モンスターに襲われた場合、相手がなにもできないまま負けていくっていうことがよくあった。

 で、いまの私はレベルカンスト。ゲームの中なら装備できるキャラクターには制限があったけど、現実にはそんなものないので『魔狼王シリーズ』の効果を存分に利用できる。

 狼が出るって聞いた時から「こいつの出番だ!」って引っ張り出してきたけど、効果はバツグンだったね!

 ていうか、村で噂になってた狼ってこの連中でいいんだよね?


「……なんなんだい、あんた?」


 どれだけ急かしたって狼たちは動かない。魔女の魔法で支配しているんだろうけど、そんなことは関係ない。

 狼は『サンドラストリートの小魔女』の中では獣系モンスター扱いなのだから『魔狼王シリーズ』の効果には逆らえない。

 そんな私を見て、狼魔女が恐れの目を向けてくる。

 うーん、このまま引いてくれればいいなぁ。

 できれば私だって、殺人とかはしたくない。モンスターはたくさん倒したけど、やっぱり人間となると話は別だよね。


「……ねぇ、聞いてもいい」

「なんだい?」

「あなたにこの仕事を頼んだ人って、ほんとに魔女派の人間?」

「は?」

「よく考えてみてよ。あなたが狙ったのは保守派の指導者だよ。そんなの狙って成功して、それで実行犯が魔女だってわかって、それで得をするのは誰?」

「得……?」

「そうだよ。保守派の人間は怒り狂って、やっぱり魔女は危険だって考えない? しかも公爵を暗殺なんてそんな危ないことをする魔女は要らないって、魔女全体がもっとひどい目にあうかもしれないって考えなかったの?」

「なっ!」

「公爵は魔女に殺されたって触れ回って、魔女排斥の流れが強くなって、それで得するのは魔女派じゃない。保守派でしょ?」

「あっ、うあ……ああ……」


 納得してくれたかな?

 なんで私がこんなことをすらすらと言えるかというと、魔女に対する二極的な思考がこのゲームの根底に深く関わっているから。

 魔女は危険だから排斥、あるいはこのまま低い扱いのままでいいっていうのが保守派。

 魔女は役に立つ存在だからもっと活用しよう。地位を高くして大事に扱おうっていうのが魔女派。

 メインの活動拠点であるサンドラストリートのある国……マウレフィト王国ではいまその二つの主張が戦い合っている。


「このまま帰って何もなかったことにするでもいいし、依頼主に真意を確かめてもいい」

「逃がす気なの?」

「もう狙わないなら、あなたの命なんて私は要らないよ。私だって別に、進んで貴族の味方をしてるわけじゃない」


 でも、この世界で魔女として生き続けるつもりなら魔女排斥の流れが強まるのは歓迎できない。

 そう、歓迎してはいけない!


「そのまま、まっすぐ、ここから消えて」

「っ!」


 狼魔女は表情を歪ませながら狼と共にさがっていく。

 やがて最後の一匹まで森の中に消えたところで、私は肩を思いっきり下げてため息を吐いた。


「……ほんと、貴族なんて敵にしたくないんだけどね」


 だけど、このまま私が運命の通りにサンドラストリートに流れて、あのストーリーが始まるのだとしたら、私はあの別荘に住んでいる貴族を敵に回すことになる。

 あの女の子と、その女の子の背後にある貴族たちが敵に回る。


「アンリシア・バーレント」


 それがあの子の名前。バーレント公爵のたった一人の娘。

 いずれ悪役令嬢として私の前に立ちふさがることになる少女。

 私が救いたいと思っている少女だ。


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