パワー・アントワネットとルイ16世の馴れ初め話

黒岩トリコ

二人のパワー

マリア・アントニアと呼ばれる、常軌を逸した力を持つ女でした。


わたくしにとって力とは、万物を破壊するものでしかありませんでした。

力を込めればドアは壊れ、城の調度品は粉砕され、なんなら力を込めなくたってナイフやフォークはぐにゃぐにゃに変形してしまいます。


お姉様が可愛がってた愛犬のモプスも、可愛らしさのあまり抱き締めた途端……もう二度と、鳴き声ひとつ上げられぬ身に……




ともあれ両親の決死の覚悟で宮廷マナーを叩き込まれた私のもとに、素晴らしい便りが届いたのですわ。

婚約の御相手は、オーストリアの皇女たる私に相応しい名家……フランス王国の王太子、ルイ・オーギュスト様。


苦手だったフランス語も習得し、美貌も磨き抜いたた私に、一点を除けば隙もありません……ただ一点を除けば。




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それは、婚約の準備のためヴェルサイユ宮殿に伺った時のことでした。

新天地はどんな所なのだろう、御相手はどんな殿方なのだろう、期待に胸を膨らませていたのですが……



『ご覧なさい!祖国の一個中隊を素手で捻じ伏せたと噂の熊娘くまむすめが、このヴェルサイユ宮殿に紛れ込んでおいでですわよ!』

『あらまあ、うっかり触られてでもすれば、ドレスどころか命まで持っていかれそう!』




魑魅魍魎ちみもうりょう渦巻く陰謀の伏魔殿ことヴェルサイユ宮殿おいて、私は孤立無縁でした。


私がその気になれば、あらん限りのぼうを解き放ち、ヴェルサイユ宮殿を鮮血宮殿に変えることなど造作もないこと。

ですがそれでは、私を育て婚姻に出して下さった家の者を裏切る……



やり場のない怒りを堪えながら社交場であるロビーを離れ、充てがわれた豪奢ごうしゃな自室に似つかわしくない質実剛健な装飾の鍵をかけ、一人泣きじゃくっていた時のことでした。




「マリア……聞こえているかい?僕だよ、オーギュストだ」


ドア越しに若い声が響きました。


「……どちら様ですの?お生憎さま、今は誰とも会いたくありませんの」

「僕も同じだよ、ヴェルサイユ宮殿は嫌いだ」

「あら、フランス王太子ともあろう方が、珍しいことを仰るのね?」

「僕もキミと同じさ、この宮殿じゃ厄介者なんだ」



どういう風の吹き回しか、私は部屋の鍵を開けたのでした。

立っていたのは、私とさほど歳の変わらない……実直そうな瞳を持つ少年でした。



「貴族どもがすまない事をした、僕から謝らせてほしい……本当に申し訳ない」


その真摯な態度に気を緩めた私は、思わずオーギュスト様に抱きついて……抑え込んでいた力を解放してしまったのです。

ああ!これでは愛犬のモプスと同じ結末に……取り返しのつかないミスを犯したと落胆しかけた私は、異変に気付きました。



「だい……じょうぶ……キミ程……じゃないけど……僕も少しは……力自慢……だから…………」


私の全力抱擁フルグラップリングを受けて、息があるだなんて。




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宮殿のはずれには、オーギュスト様がよく利用する鍛治場がありました。


そこにはオーギュスト様が幼い頃から作ってきたという沢山の錠前が並んでおり……おそらくオーギュスト様が普通の殿方であれば、女々しい趣味だと一笑に付していたことでしょう。



「キミの部屋に備えつけてあった錠も、僕が作ったモノなんだ」

「それで部屋の装飾に合わないデザインでしたのね」


けれど私には分かっていました。

オーギュスト様も私と同じ、溢れる力を宿す身。

そんな方が、錠前という繊細な細工をなされているのですから……私にとって、それは憧れに近い感情でした。


「マリアもやってみるかい?」


はい、と私は答えました。


とはいえ錠前はおろか、ハンマーを壊すこと以外に使ったことのない私に細工など出来るはずもなく……


「ああっハンマーで錠前内部を砕いてしまいましたわ!」

「僕も初めはそうだった」


そしてオーギュスト様は、私に向けてこう仰って下さいました。


「力があるのは悪いことじゃない、それを制御してして、武器にするのが肝心なんだと僕は思う」


ええ、全く……その通りです。


「……オーギュスト様、貴方が宜しければ」


私は意を決した。


「私と一緒に、晩餐会に出席して下さらない?」




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翌日の夕暮れ時、ヴェルサイユ宮殿に新たな風が吹きました。

宮中の魑魅魍魎ちみもうりょうどもに嫌気が差して姿を見せなくなったルイ・オーギュストが、宮殿の社交場に現れたのでしたわ。


そして側にはこの私……オーストリアの熊娘が。



『あら熊娘さま、オーストリアに帰ったのではなくて?』

「ご心配なく、自力で靴も履けない婦人方のように繊細ではなくってよ」



大丈夫、婦人の忠言いやみに心は乱されてない。

大丈夫、オーギュスト様さえいてくれれば怖くない。

そしてオーギュスト様も……震える手で私を支えていらっしゃる。


「大丈夫ですわオーギュスト様。私と二人なら、誰が相手でも敵いませんことよ……ところでオーギュスト様、ダンスなどは嗜んでおられまして?」


私の瞳を凛と見つめる力自慢の殿方は、腰を低く落とし……こくりと頷きました。


「さあ、皆さまに私達のパワーを存分に披露致しましょう!」




それは旧来の社交界で行われるダンスとは大きく異なる、あまりに力任せなダンスでした。


私がぐいっとオーギュスト様の腕を引けば、彼方あちらはえいっと力をいなす。


オーギュスト様がフランス仕込みの体術で私を掴もうとすれば、私は生家で仕込まれたダンスと生来の力を合わせ、彼方あちらの身体をぐいっと持ち上げ両肩で支え、ぐるんぐるんと回転する。


互いが力を発揮しあい、互いを怪我させまい怪我すまいと踏ん張り、危うい均衡が保たれる。



「オーギュスト様!私、こんな楽しいダンスは初めて!!」

「僕もだよマリア!ずっとこうしてキミと踊っていたい!!」



私とオーギュスト様の、オーギュスト様と私の世界は、きらきら星のように瞬いて。


どんな困難が、どんな運命が待ち受けていようとも。


私たちは大丈夫。


どんな事があっても……きっと。

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