第36話 現実世界に復帰だよ

 ──でも、早く治療してあげないと可哀想ポン。


 神獣サラちゃんの声がまたまた、聞こえてきた。


 まあ、現場についたのに、何も対処しないで、この記憶世界に引き篭るのも、どうかと思うし仕様がないか。


 それに、最後の映像で、幻獣の守護者の仲間のが、危険な状態に陥ったのかも、大体予測はついたし、まあ、その情報で今回は良しとしちゃおう。


 それに、ラスレちゃんの幸せなお顔を見れたし、シフィ姉ちゃんの幻獣の守護者内での孤立具合とか、私の暴露話とか、色々収穫もあったしね。


 もっと、詳しく知りたい情報があったら、2人を完全回復させてから、聞き出せばいいしね。


 後は、正気に戻ったら、きっと凄惨な状況が待ち受けてるから、それに備えて、気を保って気絶しないようにするのと、精神が安定するように、心構えだけは、今からしとこうかな。


 そうだ、この記憶世界からの開放と同時に、精神強化系の魔法でバフ掛けるのも、忘れないでしよう。


 よーし、準備完了、万全万端、オールクリア。


 サラ、我が儘言ってごめん。サラの言う通りにするよ。


 私の心の準備は、完了したからね。


 だから、この記憶映像は、もう、消しちゃって。


 ──了解したポン。


 サラの声──思念話で、記憶映像が消え去り、周りは真暗闇の精神世界になる。


 そして、直ぐに私の精神が、急激に上昇していく感覚に襲われた。


 その上昇する感覚は、直ぐに収まり、その感覚が過ぎると、次は、肉体と適合する変な感触が、全身を突き抜ける。


 その突き抜ける感覚で、私の身体は、ビクッと強く震えた。


 周りの視界が霞んだように、ぼやけて見えてるけど、少しづつ周りの景色がハッキリ見えてきた。


 私は、視界がはっきりするまでに、心の防壁を強化するように魔法陣構築を開始する。


 そして、床面に輝く魔法陣が展開されると同時に、無演唱で【精神安定】・【精神強化】・【精神障壁】の3重のバフを重ね掛けして、私の精神の弱さを補強しておく。


 そして、ようやく景色がはっきりして、見えてきたのは、白色で囲まれた廊下だった。


 その見慣れた景色で、ここの場所は、私の通う学校だと悟ることが出来た。


 この私の通う学校は、シルエルダ公爵領のリカルダム地方にある学校なんだよ。


 私の住んでる家からだと、普通に歩いたら半日ぐらいかかる距離にあるんだけど、本宅横に設置した転移門と、学校に設置した転移門間を結んで転移すると、ものの数秒で転移しちゃうんだ。


 あーあ、今考えると、この設置してもらった転移門も、私の伝説の一翼を担う出来事だったんだろうなー。はふー。


 因みに、この世界では、転移門は古代文明の遺産として、国が管理するように扱われていて、まだ一般的な実用化は、全然出来ていないんだよ。シクシク。


 まだ、他の錬金術師たちは、その仕組みの解明すら出来ていないって、私が入学してから、オロ叔父ちゃんに、その驚愕の事実を教えてもらったけど、すっかりど忘れしてた。


 そんな古代文明の遺産と言われる転移門が、こんな、辺鄙な土地に設置された背景なんだけど........私の身の安全に殊更気を使うエディお父さんが、私が入学する前に、学校側代表と地方領主と、色々交渉してたようなんだ。


 そして、ある日、転移門を設置する許可が降りたと、嬉しそうに帰って来たことから、始まって....。


 エディお父さんは、嬉しそうに報告してきたから、その報告を受けた私は、言葉の裏を何も読まないで、伝言ゲームのように、アヴィちゃん特戦工房隊の皆にお願いして、許可を得た当日の深夜の時間帯に、設置するように気軽に頼んでおいたんだよ。


 そこから先に巻き起こった事態は、当時の私は、全然興味が無かったから、そこから、どう進展したのか、聞いた記憶もないし、オロ叔父ちゃんに色々説明されたような気がするけど、その当時の私は、超重要な実験が山場を迎えてたから、勿論殆ど聞いてないし、覚えていない。


 その当時の私は「うちのお父さんは心配症なんだから」とお気楽に考えてた──だけど、ラスレちゃんの説明を聞いた後だと、エディお父さんの途方もない心配症の親バカ具合と、私をとことん利用してやろうとした平練協会の思惑具合が、骨身に染みて伝わっちゃった。


 そして、当時を振り返った私は、その古代文明の遺産の転移門を、1日で完成させちゃうように、気楽に頼んでしまった、当時の私の何も考えてないお気軽な愚かさ──大間抜けのお馬鹿ちゃん加減に、頭を抱えて、悶えて、呻きそうになる。


「は~~」


 私は、そんな思考を1度頭の隅に追いやり、深い吐息を吐くと、気持ちを落ち着かせるように、私の周囲を見渡す。


 見渡した先の廊下は、一定感覚で引き戸式の扉が両壁にある構造で、私の頭の高さからお尻ぐらいの高さの陳列棚が、引き戸の扉スライドドアを挟む設計で、廊下の突き当たりまで、両壁面の横一直線上に、埋め込まれてるのが見えた。


 その陳列棚には、私の製作した自慢の魔導具や、他の人が作成した魔導具が洗練された美術品のように1つづつ綺麗に陳列されてる。


 因みに、ここに飾られている私の魔道具は、アヴィちゃん工房隊の皆には、手伝ってもらってない魔道具だから、余計に愛着が湧いてくるんだ。


 これは、学校の授業の課題で出されて造った作品で、自分のもつ技能と錬金術だけで、作成した魔導具だからね。


 この魔導具は、お掃除専用魔導機器で、超難解な魔法陣が必要不可欠な、小規模の次元空間を内蔵にしたし、更に魔導人工知能を内蔵した魔導水晶も使って造りこんだから、凄い超高性能の魔導機器に仕上がったんだよ。


 超小型のクマさんをモチーフにしたから、可愛らしいお喋りも出来るようにしたし、超可愛い動きをしながらお掃除するように設計したから、私の教室の皆に見せたら、みんなからも、好印象の評価を貰えて大満足。


 この『くまったさん』は、周りのみんなからも、凄い反響をもらった自信作なんだ。


 この話で、大体、大凡の予想はつくと思うけど、私は、この学校に今年新たに設立された、錬金科の生徒なのでした。


 しかも、ただの生徒じゃなくて、錬金科の特待生なんだよ。


 そういう訳で、どうやら、この見なれた風景から判断すると、私が今居るこの場所は、私の通うリカルダム学校の、数ある校舎の内の1つ──研究棟の地下3階にある、入学当初に私に割り当てられた、錬金工房室の丁度手前にいるみたいだね。


 引き戸の扉スライドドアの横の白柱に視線を向けると、可愛らしい丸々字体で書かかれた『アヴィちゃん工房』の立札が、取り付けられているのが丁度目線に入り、ちょっとほっこりしちゃう。


 幻獣の守護者には、部活練に、私と同じように割り当てられた専用部室があるから、緊急転移先に登録するのは、そこか、医療専門棟にある集中治療室か、はたまた、騎士団が現場で設置しようとしてた拠点の医療部門かと、内心では、そう睨んでいたけど、ことごとく私の予想は外れたようで、本当に、に、なってしまったのが、この場にいることで理解出来ちゃった。


 今回の負傷者の転移先は、私の学校の工房に登録したみたいだけど、もし私が、学校をズル休みしないで、この工房室に篭っていたら、凄惨な現場に一瞬で遭遇することになって、多分....嫌、間違いなく気絶してたんじゃないかな?


 そんな私が、現状の状況分析をしてる傍らには、背広の外出着に着替えたオロおじちゃんと、10本の尻尾をふわふわ踊らせた狸神獣のサラちゃんが、側に控えるように立っていて、私を心配そうに眺めている。


 オロおじちゃんは、短い黒髪にした優しい顔立ちなんだけど、青い瞳を細めるように優しい笑顔をしていて、私が周辺の探索が終えるのを、そっと見守っていたようで、それが済んだと見届けると、私と目の高さを合わせるようにしゃがみこんで、私の自慢の青くて柔らかい長髪の頭をそっと撫でてくれた。


「アヴィちゃん、体のほうは、大丈夫かい?」


 慈愛の表情を浮かべたオロおじちゃんは、私を気遣う言葉を掛けてくれた。


「はい、オロおじちゃん、心配してくれてありがとう」

「身体の何処にも支障は無いから、大丈夫です」


「そうか、それは良かった」


「アヴィちゃんの足元が、突然光ったと思ったら、アヴィちゃんが氷の表情になって、突然積極的に行動し始めたから、ちょっと心配してたんだけど、今の様子を見れたから、ようやく安心できたよ」


 心からの安堵の表情を浮かべた、オロ叔父ちゃんとは対象的に、神獣サラちゃんの10本の尻尾が、うねうねと絡み合い、何だか不満そうに踊っているのが、私の目に映っちゃう。


 神獣サラちゃんの膨れたお腹のでべそも、不満を示すように、赤色と桃色の光を放って、交互に点滅してる。


「すいません。なんだか、倒れそうな感覚がしたから、待機してた魔法を発動させたんです」


 私がその説明をすると、オロおじちゃんがサラを強く睨みつけた。


「ひゅーふーふー」


 睨みつけられた神獣サラちゃんは、吹けてない口笛を吹こうとして、狸の素顔を私から背けてしまう。


 10本の尻尾は、ちょっとピクピク震えながら、絡み合うようにウネウネしてる。


 神獣サラちゃんの膨れたお腹のでべそも、赤色と桃色の激しい光を放って、交互に凄い速さで点滅してる。


 神獣サラちゃんの様子が、かなり変なんだけど、私がシフィ姉ちゃんの記憶の断片を覗いてる間に、2人の間で、何か、揉めるような出来事があったのかな?


 まあ、今は、サラの様子なんかは、どうでもいいんだ。ほっとこう。


 そう考えながらも、私の視線は、違和感があるのか、神獣サラちゃんに向けたまま、離れない。


 何かがおかしいと、私に訴えかける私の両目は、神獣サラちゃんの10本の尻尾を注視したまま、固定して、鈍い私が気づくまで、視線をとどめようと足掻いていた。


 そんな、献身的な仕事をこなす私の両目のおかげで、ようやく私は、その違和感に、気づいた。


 ──あれっシフィ姉ちゃんがいないよ──尻尾に包まってたシフィ姉ちゃんが、何処にもいないよ。


「サラ、シフィ姉ちゃんがいないけど、どうしたの?」

「まさか、食べちゃったとか、そんな冗談は、止めてよね」


 私は、この場に居なければいけない筈の、シフィ姉ちゃんの居場所を、サラに尋ねてみた。


 献身的な仕事をこなす私の両目は、『食べちゃった』と話してる時に、サラがビクッと震えるのを見逃さない。


「そんなこと、しないポン」


 慌てて言い訳を始めた、神獣サラちゃんだけど、もう、私は理解しちゃった。


「シフィ姉ちゃんは、お疲れだったみたいポン」

「だから、尻尾の中で、熟睡しちゃったポン」

「今は、学校の医療専門棟にある仮眠室に、寝かしつけて来たポン」

「ちゃんと、先生にお願いもしてきたから、安心してポン」


 大きな眼がパッチリ開けて、引きる笑みをしたサラが、物凄い早口で言い訳を話し出して、かなり熱い口調と身振り手振りを使い説明してるけど、その動作自体も、なんだか異様に怪しすぎる。


 だから私は、はっきりと、確信しちゃった。


 ──シフィ姉ちゃんは、サラにベロリと食べられたんだと....。


 それと同時に、自らの身を呈して、私が未知の世界に行くのを、防いでくれたシフィ姉ちゃんには、感激して、感謝の言葉をかけたくなった。


 シフィ姉ちゃんの事は、きっと忘れないよ。


 さてと、冗談は其の辺にしておいて、そろそろ凄惨な現場検証から、取り掛かるとしましょうか。


 おっとその前に....。


「オロおじちゃんとサラは、ここで、誰も入らないように、見張っていてもらえませんか?」


 私は、サラの言い訳を遮るように、自分の主張を、オロ叔父ちゃんとサラにした。


「ああ、わかったよ。その代わり、早く作業を終わらせて、直ぐに自宅に帰るのが条件だけど、それでいいかな?」


 オロ叔父ちゃんは、私に条件を提示してきた。


 どうやら、おじちゃんは、今の学校に私が居続けるのは危険だと、判断しているみたいだね。


 まあ、今回は、オロ叔父ちゃんの言葉に、素直に従おう。


「ええ、それでいいですよ」

「それと、後で色々と知ってそうだから、詳しい説明してもらってもいいですか?」


 私もオロ叔父ちゃんに提案してみた。


「わかったよ」


 オロ叔父ちゃんは、優しい笑顔を私に向けて、了解の返事をしてくれた。


「サラも了解したポン」


 神獣サラちゃんも、10本のモフモフ尻尾をクネクネさせて、元気よく返事をした。


「んじゃ、見張りお願いしますね」


 そう話し終えると私は、引き戸の扉を開けて、アヴィちゃん工房の中に入り、素早く引き戸を閉めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る