咎人の園
岩田 結奇
咎人の園
【登場人物】
ジョセフ
孤児院の院長。温和な性格。
アリーゼ
孤児院の子供たちの中で最年長の女性。いつも笑顔の、ジョセフの優秀なアシス
タント。
ルイス
アリーゼと付き合っている青年。家はそれなりには裕福。
リチャード
かつてのジョセフの知り合い。なんかトンでる人。
レオナルド
メアリー
ジョン
郵便屋
幼ルイス
ルイスの母
ルイスの祖母
男
裁判長
※名前の後のM=モノローグ、の意。
◆
《○ 街の銀行前・路地(夜・雨)》
《2人の男が銀行の出入り口を眺めている》
ジョセフ …本当にやるのか? リチャード…。
リチャード …ジョセフ。今更怖気づくんじゃあない。あの銀行から出てきた
金持ちにちょっとぶつかって、相手の落としたカバンをたまたま拾っ
ちまうだけだ。多少、力づくでだが。
ジョセフ …!
リチャード …ジョセフ。俺たちは今までだって盗みや詐欺をしてきた。…何が怖
い? 俺たちが今まで、誰も傷つけてないとでも思ってるのか? 誰
の人生も狂わせてないと…まさかそう思ってるのか?
ジョセフ そういう、わけでは……!
リチャード ジョセフ。…考えすぎはよせ。こっちだって、俺たちみたいな若僧は
生きるのだけで手一杯なんだからよ。
《資産家、銀行から出てくる》
レオナルド ふぅ、思ったより時間がかかったな。…雨か。このくらいなら大丈夫
かな。
リチャード …あいつにしよう。顔を隠せ。行くぜジョセフ。
ジョセフ …あぁ。
《2人、資産家に向かって近づいていく》
◆
《○ ジョセフの孤児院・庭(昼)》
《ジョセフと子供たちが庭で畑仕事をしている》
《ガヤ・子供たち》
郵便屋 ジョセフ院長、郵便でーす。
ジョセフ おぉ、ご苦労様。
郵便屋 相変わらず賑やかですねぇ、この孤児院は。院長も大変でしょう。
ジョセフ (軽く笑う)たしかに元気の有り余る子供たちばかりだが、彼らの
元気な姿は私の栄養だよ。
《アリーゼ、孤児院から出てきて呼びかける》
アリーゼ みんなー、お昼ご飯できたわよー。院長もー。
子供たち は~い!
ジョセフ すぐ行くよー。
郵便屋 アリーゼちゃんもすっかり大人になって…院長にくっついてばっかりだ
った頃が懐かしいですなぁ。
ジョセフ まったく。実はアリーゼ、いい人ができてね…
アリーゼ 院長ー?
ジョセフ あぁ。では失礼。ほらみんな、お昼だぞー。
《ガヤ・子供たち》
《○ ジョセフの孤児院・食堂》
子供たち いただきます!
アリーゼ めしあがれ。おかわりもあるからいっぱい食べなさいね~。
ジョセフ アリーゼの手料理はみんな大好きだからなぁ。足りないくらいだろ
う。
アリーゼ 作り甲斐があります。
ジョセフ …年長だからと苦労をかけたが…これならいつでもお嫁にいけそうだ
な、アリーゼ?
アリーゼ な…院長、何言ってるんですか…もう。
ジョセフ ハッハッハ。…だけど本当に嬉しいんだよ。私がこの孤児院を作って
10年余り。アリーゼ、君には本当に苦労をかけた。君に限ったこと
じゃあないが、この孤児院の子供たちを私は本当に自分の子供のよう
に思っている。我が子が幸せになることは至上の喜びだよ。
アリーゼ …私にとっても、院長は紛うことなき父親です。その祝福はかけがえな
い花束ですわ。
メアリー アリーゼねぇちゃん、けっこんするのー?
ジョン するのー?
アリーゼ やぁね、まだ気が早いわよ。
ジョセフ だがそう遠くもないんだろう?
アリーゼ あ…はい。彼、ルイスは、そう待たせないつもりだ、と…。
ジョセフ 良かったじゃないか。明日も出かけるんだったか?
アリーゼ はい。夜には戻ります。
ジョセフ ゆっくりしておいで。…そうか…良い青年なんだろうね。
アリーゼ 近いうちに招いてご紹介しますわ。
ジョセフ 楽しみにしているよ。さ、お腹が空いては幸せが逃げてしまう。しっか
りご飯を食べよう。
アリーゼ はい。
《ガヤ・子供たち》
◆
《○ 街の時計台》
《ルイス、どこともなく視線を回す。アリーゼ、駆けてくる》
アリーゼ ルイスー。
ルイス アリーゼ。
アリーゼ …はぁ、はぁ…ゴメンなさい、待たせちゃって…
ルイス 問題ないさ。君のためなら2日は待てる。
アリーゼ そんなに待たせません。
ルイス だね。…さ、行こうか。まだ劇の開演までは時間があるし、その辺で
少しお茶でもどうだい?
アリーゼ あ、いえ、でも私、その…持ち合わせ、が……また気を遣わせちゃい
ます…
ルイス …(軽く微笑んで)君がそういうのを気にする人だというのはわかっ
てる。だからこれは僕のわがままだ。付き合ってくれると嬉しいな。
アリーゼ …ありがとう。
ルイス …さ、行こう。
アリーゼ はい。
◆
《○ ジョセフの孤児院・私室(夜)》
《自室で帳簿をつけているジョセフ》
メアリー ジョセフじいちゃん、お客さまだってー。
ジョン だってー。
ジョセフ おぉ、そうかい。こんな遅くに珍しいな…わかった、すぐ行こう。
《ジョセフ、ジョンらとともに玄関へ》
メアリー おまたせしましたー。
ジョン しましたー。
ジョセフ いやはや失礼、ようこそおいでくださいま、し…
《ジョセフ、言葉に詰まる》
リチャード …グッリィブニン、ジョセフ。何年ぶりだろうかぁ…少なくとも最後に
見たのはもっとシワの少ない顔だった…お互いに。
ジョセフ …二人とも。もういいよ、遊んでおいで。
メアリー わかったー。
ジョン わかったー。
《メアリー、ジョン、駆けていく。見送るジョセフ》
リチャード …可愛いねぇ、子供らは…
ジョセフ リチャード、私の部屋へ…
リチャード …お邪魔します。
《ジョセフ、リチャードを連れて自室へ》
《○ ジョセフの孤児院・私室(夜)》
ジョセフ …今になって…何の用だ、リチャード…
リチャード 何の用…と言われると、答えに困る…。旧交を温めようというのでも
ない…儲け話があるわけでもない…
ジョセフ なら何しに…!
リチャード 残念ながら! …俺は器の小さい人間でね。知ってるだろ?
ジョセフ あぁ、知っとる。
リチャード お前に俺の何がわかる! …まぁいい。何の用か? 要するにだ。
俺はお前がのうのうと生きて、幸せに死んでいきそうなのが許せない
んだよ。…お前が孤児院をやってると聞いて笑っちまった。昔は俺と
組んで街を転げ回るだけの犯罪者だったくせに…
ジョセフ お互い警察に捕まって服役もした。
リチャード それで終わりか? 俺たちは人殺しこそしなかったが、盗み、詐欺、
強盗……いや、一度だけあった…。お前一度だけ人を殺したよな? し
かも、確かまだそれは罪に問われていない、バレてない! …お前、
まだ人殺しのままじゃないか…!
ジョセフ …!
リチャード ハッ…ヒャーッハッハッハ! 慈愛に満ちた孤児院の院長が、ヒトゴ
ロシだよ! え? どうしたらいい? どっかにタレこんだほうがいい
かぁ?
ジョセフ 貴様!
《ジョセフ、リチャードに掴みかかる》
リチャード 院長様暴力沙汰ぁ!?
ジョセフ くっ…!
リチャード そうだ…お前は昔っから頭の回るやつだった…。回りすぎて自分勝手
にバターになるようなやつだった…。
ジョセフ …どうしたいんだ…何がしたいんだ!
リチャード あんまりでかい声出すなよ…子供たちに聞こえるぜ…? まぁとりあ
えずはしばらくここへ顔を出すことになるだろう…。…節約は大事だ
ぁ…金は持っとくにこしたこたぁない…。今の世の中、安全も安心も
金で買えるんだからよ…。
ジョセフ …脅すのか…!
リチャード アドヴァイスと言ってくれ、ぅん? まぁ今日のところはお
しよう…。刺し殺されちゃかなわんしな…。
ジョセフ ぐ…!
リチャード (軽く笑い)わかってるよ…! お前は俺を殺さないし殺せない!
善良なる院長であり続けたいお前はこれ以上罪を重ねられない…お前
の魂にかけてだ…! クックック…違うか?
ジョセフ 貴様…!
リチャード じゃあな、また来るぜ…。
《リチャード、部屋を出て行く》
ジョセフ …リチャードめ…どうして、今頃…!
《○ ジョセフの孤児院・玄関》
《アリーゼが帰って来る》
アリーゼ ただいまー…わっ。
リチャード おっと失礼、お嬢さん。
アリーゼ あ、お客様でしたか。こちらこそ失礼しました。
リチャード …いや、お美しい…。それに幸せそうな顔をしておいでだ…。
アリーゼ ど、どうも…。
リチャード …どうぞお幸せに、お嬢さん…。クックッ…。
◆
《○ ジョセフの孤児院・私室(夜)》
《アリーゼ、ノックする》
アリーゼ 院長、アリーゼです。お茶をお持ちしました。
ジョセフ あぁ、ありがとう。入ってくれ。
《アリーゼ、部屋に入り机の脇へ》
アリーゼ どうぞ。
ジョセフ ありがとう。
アリーゼ …院長。先程いらしてたお客様はどういう方か、伺っても…?
ジョセフ ! …そうか、すれ違うくらいのタイミングだったな…。何か言われ
たのかい?
アリーゼ いえ、特にどうということは…。ただ、その、少し不気味というか…
こんな言い方は失礼だとわかっていますが、何か…痩せ飢えた犬のぎ
らつく瞳のような…。
ジョセフ (軽く笑って)なるほど、言い得て妙、という感じだ。ちょっかいを出
されたわけではないんだね。
アリーゼ はい。
ジョセフ ならいいんだ。…アリーゼ、彼には関わらないようにしなさい。彼
は…昔から不吉とともにしか現れない男だったから…。
◆
《○ 街の銀行前・路地(夜・雨)》
《レオナルド、銀行から出てくる》
レオナルド ふぅ、思ったより時間がかかったな。…雨か。このくらいなら大丈夫
かな。
《ルイス、遠くにレオナルドを見つける》
幼ルイス あ、お父さん見つけた! お母さん、お父さんの傘貸して! お父
さ…
《レオナルド、襲われる》
レオナルド ! なんだ君たち!? 放せ! やめるんだ! やめないか! (羽交い
締めにされ引きずられる)なんだ、おい、どこへ(口をふさがれる)
…!
幼ルイス お父さん!? お父さん! どこ行くの! お父さん! お父さん!
《○ 街の銀行前・路地(夜・雨)》
《レオナルド、刺されて動かない》
レオナルド う……
幼ルイス おとうさん!? おとうさん! おとうさん!
ジョセフ あ…あぁ…
リチャード なんだぁ…? 書類に、身分証か? くそ、思ったほど持ってねぇ
な…!
幼ルイス おとうさん! ねぇ、おとうさんってば! おとうさん!
ジョセフ あ…その……ご…
リチャード おい行くぜ!
幼ルイス (むせび泣く)うあぁ…あぁ…
ジョセフ う…あ…ご…ごめ……
《ルイス、ジョセフのほうへ顔を向ける》
幼ルイス …なんで? ねぇおじさん……なんでなの? ねぇ…なんで?
ジョセフ ……う、あ…
リチャード ジョ…相棒!
《リチャード、ジョセフ、逃亡》
幼ルイス うう…ううぅぅ……
◆
《○ ルイスの邸宅・ルイス母の部屋》
《ルイス母、床に伏せ今際の際》
ルイス母 ゴホ、ゴホッ…! ルイス…?
幼ルイス お母さん…大丈夫?
ルイス母 …ルイス。ごめんね。お父さんがいなくなってから、何とか頑張ってき
たつもりだったんだけど…。
幼ルイス 知ってるよ…そんなの、痛いくらい知ってるよ…!
ルイス母 …ルイス。もうあのことは忘れなさい。見つかるかわからない犯人の
ことよりも、これからの、あなた自身の人生を大切になさい。あなた
の、これからの輝かしい人生を…そんな輩のために棒に振ることはな
いわ…。
幼ルイス でも…お母さん…
ルイス母 親として…我が子の幸せこそが、至上の喜びなのよ。お父さんだって、
きっとそう言うわ。
幼ルイス うっ……うぅぅ…! うん…うん…!
◆
《○ ルイスの邸宅・食堂》
《ルイス、祖母と食事をしている》
ルイス お婆様、お爺様は…?
ルイス祖母 お身体がすぐれないそうで、先にお休みになったわ。
ルイス そうですか…。お話ししたいことがあったんですが…。
ルイス祖母 お付き合いしてる人のこと?
ルイス えぇ、まぁ。
ルイス祖母 レオナルドが亡くなって十五年以上…とうとう貴方も結婚を考える歳
になったのね。でもいいの? お相手はその…孤児院の、身寄りのな
い方なんでしょう?
ルイス …何か、問題でも?
ルイス祖母 …いいえ。
ルイス …そのあたりも含めて、お爺様にお話ししようと思ってたんです。私が
愛したのはアリーゼ・ディアスその人であって、血筋や家柄ではあり
ません。たとえ青臭いと言われても、それが私の心根です。
ルイス祖母 …ふふ。
ルイス …何か?
ルイス祖母 いえね、貴方も本当、父親に似てきたと思って…。
ルイス …この節目に父と母がいないことを、改めて残念に思います。
ルイス祖母 えぇ…本当に…。
◆
《○ ジョセフの孤児院・私室(夜)》
ジョセフ ……アリーゼ。今日のあの彼は、私にとっては錆び付いた釘のような
ものだ。過去の…およそ孤児院の院長として語るべきでない秘密に繋
がる。そんな人間だ…。
アリーゼ ご友人か、何かで?
ジョセフ もはや友人とは思っていないよ、お互いにね…。
アリーゼ …よければ、お聞かせ願えませんか?
ジョセフ …君の中の私を、全て壊しかねんよ?
アリーゼ それでも。
ジョセフ …(ため息)…十数年前、いや、もう二十年近くになるかな…。私は、
今日訪ねてきたあの男、リチャード・フォックスとともに盗みや詐欺
を働く小悪党だった…。互いに捕まり刑務所に服役したことで縁が切
れたと思っていたが、今になって現れて…私の幸せを見届けたいんだそ
うだよ…。皮肉ですらない…。
アリーゼ そう、ですか…。
ジョセフ …あまり驚かんね。私がむかし罪人だったと、知っていたのかな…?
アリーゼ ……私がこの孤児院へ来て十年。院長のお部屋を掃除でもしていれ
ば、目に付く手紙の一つや二つは…。
ジョセフ ! …はは、そうか…。間が抜けていたなぁ…。
アリーゼ それでも…
ジョセフ うん?
アリーゼ それでも私にとって、院長は父同然の人です! すでに償った罪、
些事でしかありません!
ジョセフ アリーゼ…
アリーゼ 『生まれくる子供たちよ 君には罪を与えよう 天から舞い降りた君
の足首を 十字架は錨となって地上に
ジョセフ …ジョリヴェ、だったかな…
アリーゼ はい。…罪の無い人なんてありません。あなたには、この孤児院の
子供たちを未来へ導く義務があるといっていい。私をはじめ、あなた
は多くの子供たちを救ってきました。過去がどうであれ、今抱いている
その誇りまで失うべきではありません!
ジョセフ ! …ありがとう……ありがとう…!
アリーゼ ルイスだって、あなたのことを知ればきっと同じことを言うはずで
す…。
ジョセフ そうか…だといいな…。
アリーゼ …来週、彼をここへ招こうと思うんですが…どうでしょうか?
ジョセフ …あぁ、かまわんよ。…とうとうきた、という感じだな。
アリーゼ きっとうまくいきますわ。
◆
《○ 街のカフェ》
《ガヤ・カフェの客》
《アリーゼとルイス、テーブルでお茶をしている》
アリーゼ というわけで、来週院長に会ってほしいんです…。
ルイス あぁ、かまわないよ。ぜひそろそろお会いしたいと思っていたんだ。
…アリーゼ。そのときには、正式に…
《アリーゼ、頬を赤らめる》
アリーゼ …はい。心の準備を、しておきます。
《遠くから二人を見るリチャード》
リチャード ぅん? あの女…ジョセフんとこの…。……あのガキは…。
◆
《○ ジョセフの孤児院・庭》
《ジョセフ、庭仕事をしている》
リチャード よう、ジョセフ。精が出るねぇ…。
ジョセフ リチャード…! …何しに来た。
リチャード そんな怖い顔するなよ。今日はちょっと面白い情報を持ってきたん
だ。
ジョセフ …お前の話など、聞くだけ無駄だ!
リチャード お前んとこの女、その婚約者に関わる話でもか?
ジョセフ …アリーゼか!?
リチャード アリーゼっていうのか、あの子は…。この前な、アリーゼが街のカッ
フェ、カッフェで婚約者と会っているのを見たんだよ。婚約者だ
ろ? あれは。
ジョセフ それがどうした。
リチャード …後をつけたんだよ、男の。そしたらどうなったと思う?
ジョセフ …何が言いたい?
リチャード …もうひとつ話をしよう。十…数年前。お前は俺と組んで、ある資産
家の帰り道を襲って金を奪おうとしたな?
ジョセフ ! …その、話は…
リチャード まぁ聞けよ。そうして資産家を襲った俺たちは、それはそれは激しい
抵抗にあった。で、その後どうなった? ん?
ジョセフ くっ…!
リチャード 代わりに答えてやろう。お前は持っていたナイフで資産家を刺し殺し、
俺たちは無事に金を手に入れた。そうだな? そうだ…。さぁここで
問題だ。その資産家の名前、覚えているか?
ジョセフ …いや…
リチャード そりゃそうだ。お前は顔も手荷物もまともに見ていない。…教えてやろ
う。お前が殺した資産家の名前は、レオナルド・ブラック。嘘だと思う
なら図書館であの時の新聞を確かめればいい。覚えたな? レオナル
ド・ブラックだぞ…。
ジョセフ やめてくれ! 私にとっては、思い出したくないことなんだ…!
リチャード 知ってるよ…! 思い返せばその頃からお前はおかしくなった。人を
傷つけることを嫌がって、身寄りのないガキの世話をするようになっ
た。…トラウマなんだな、お前にとってあの殺人は。
ジョセフ そこまで分かっていて…!
リチャード だから言う! きっとお前は神を呪う! だから言うんだ…!
ジョセフ …目的は何だ…?
リチャード …ひとつ、取引をしよう。…お前の過去を、俺が背負ってやる。
ジョセフ な…!
リチャード その代わり! …俺に一生の慈悲を…恵みを与えてくれ…!
ジョセフ …お前に一生援助をし続ければ…私の殺人をお前が引き受けてくれ
る、と…。
リチャード そうだ。いい取引だろう…?
ジョセフ …あぁ…悪くは、ない…
リチャード じゃあ応じろよ、この話にさ…!
ジョセフ だが断る。
リチャード なにッ?
ジョセフ 私の罪は私が背負うべきものだ。その責任も然り。目先の誘惑に負け
て悪魔の囁きに耳を貸すほど落ちぶれてはおらん…!
リチャード …悪魔!? 俺のことを、悪魔!? ハッ…ヒャッハッ…! とんだ言われ
ようだなぁ! 俺はお前に手を差し伸べたエンジェルなのに! …い
いさ、いいよ、それなら好きなだけ後悔するといい! お前の人生が
迎え入れるその呪いにな! …スィー・ユゥ・ネヴァー…!
《リチャード、去る》
アリーゼ …院長?
ジョセフ アリーゼ!? …おかえり。
アリーゼ また、リチャードさん、いらしてたんですね…
ジョセフ …もう来ることはない、と思いたいな…。……ところでアリーゼ、ひ
とつ聞いておきたいことがあるんだが…
アリーゼ ? なんでしょう?
ジョセフ 君がお付き合いしている青年、ルイス君…フルネームはなんていうんだ
い?
アリーゼ ルイスのフルネームですか? ルイス・ブラック、ですけど…それが何
か?
ジョセフ ……いや、何でも…ない…!
◆
《○ ジョセフの孤児院・私室》
ジョセフM 神よ…あなたはどうしてこうも残酷なのか…! 過去の罪が、まるで
シミになって広がってゆくようだ…。法の下で償っても、人を助けて
『終わりゆく者たちよ 君には罰を与えよう 赦された十字架は君の
沈んだ全身を解き放ち 元いた場所へと舞い戻らせるだろう』……
罪には、罰が…。
◆
ルイスM 父が殺されて、18年と2ヶ月。母が息を引き取って、15年と8ヶ月。
…いまだ、寝汗にまみれる夜がある。呻きの止まない夜がある。
…母はあの時、我が子の幸せこそ至上の喜びだと言った。それは確か
にそうなのだろう。けれど、やはり私には忘れることなどできはしな
い。私たち家族を壊し去った犯罪者。あの時私の目の前に顔を隠して
立っていたあの男は、今もどこかでのうのうと生きている。そう思う
と…この心臓と、この右の手が…疼くように、震える。
◆
《○ ジョセフの孤児院・玄関》
ルイス おはようございます、院長。今日はお招きいただいて、とても嬉しく思
います。
ジョセフ あぁ、いらっしゃい。
アリーゼ いらっしゃいルイス。案内するわ。
《ガヤ・子供たち》
ルイス 元気な子供たちですね。良い所だというのが一目で分かります。…私に
は親がありません。ですからこの子達がこうして愛情いっぱいに育って
いくのを見ると、とても心が充たされる思いがします。
ジョセフ ありがとう。…ブラックさん。
ルイス 院長。どうかルイスと、そう呼んでください。
ジョセフ では、ルイス君。君のお父上は、すでに他界していると聞いた。君を
見れば、きっとさぞかし高潔な方だったろうと思うよ。…お名前は、
なんといったんだい?
ルイス 父の名ですか? レオナルドです。レオナルド・ブラック。
ジョセフ …そう、か…。…そうだアリーゼ、少しルイス君にこの孤児院を案内
したいんだ。先に客間に行って用意をしておいてくれ。
アリーゼ え? でしたら私も…
ジョセフ よろしく頼む。
アリーゼ …はい、わかりました…。
◆
《○ 街の飲み屋街・道端》
《ガヤ》
《リチャード、ぶらついている》
リチャード …クソ…ジョセフのやつ…!
《リチャード、男とぶつかる》
リチャード 痛って!
男 あ、す、すいません! 失礼しました! …うわっ!?
《リチャード、男の腕を掴む》
リチャード 待てよ、おい。ぶつかっといてその態度はないだろうが! あぁん!?
おい、なんだよその面ぁ…何とか言ってみろよ、この…!
男 ひ…う、うあぁぁ!
《リチャード、男にナイフで刺される》
リチャード あ、は……? …て、め……刺しやがったな…
男 あ…あ…!
リチャード (興奮しつつ)その手で…刺しやがっ、たな…!
男 うあ…うあぁ…!
《男、逃げようとするも足がおぼつかない》
リチャード (笑いつつ)てめぇ…呪われる、ぞ…! あいつみたいに…いつまで
もいつまでも! …死ぬまでな…。ヒヒ、ハハハ、ヒャーハッハ…!
かはッ…!
《リチャード、倒れる》
◆
《○ ジョセフの孤児院・台所》
ルイス この台所もしっかり手入れされていますね…私は本当にいい人を妻と
して迎えられるようだ。
ジョセフ あぁ…アリーゼは本当にいい子だよ。幸せにしてあげて欲しい。それに
アリーゼだけではない、この孤児院の子供たちは皆、人の心を感じら
れる子たちだと信じている。幸せになる権利のない子供など一人とし
ていないんだ…。
ルイス 同感です。子供は未来の宝。そしてその宝を輝かせるためには、院長の
ような立派な大人が…親となる者がなければ。
ジョセフ 私は…
ルイス どうかしましたか?
ジョセフ いや、君とアリーゼなら良い親代わりになれそうだと思ってね。
ルイス …私たちにお継がせになるおつもりで?
ジョセフ 困るかな?
ルイス …いえ、胸がときめきます。
ジョセフ それは良かった。…ところでルイス君。君はご両親ともを亡くされて
いるといったね?
ルイス …はい。
ジョセフ …よければ、どうして亡くなったか、聞かせてもらえないだろうか。君
の悲しみを、知らないままでいたくない。
ルイス …(困った風をして)父は、18年前暴漢に襲われ、ナイフで刺されて
死にました。母はそれ以来心労がたたって身体を壊し、そのまま…。
ジョセフ そうか…。…君は、お父上を殺した犯人を、どう思っている…?
ルイス …ここでするような話でもありませんよ…。
ジョセフ 聞きたいのだ。
ルイス ……父を殺した犯人をどう思うか、といえば…勿論、憎んでいます。
奴は父を殺し、母をも死なせ、未だに捕まってすらいない。祖父母に
も要らぬ世話をかけてしまった。…私は両親を幼心にも愛していまし
た。それを奪われた悲しみ、悔しさ、怒り、憎しみ…今でも思い出せ
ば、黒い気持ちが頭をもたげます。…正直な気持ちを言えば…いつかは
この手で、とさえ…。
ジョセフ …そうか。
ルイス すみません、こんな話…。貴方の期待に沿えるほど、高潔な人間では
ないのです、私は。自分の気持ちひとつ、手綱を握れない…。
ジョセフ …ルイス君。
ルイス …なんです?
ジョセフ 私には、償わねばならない罪がある。
ルイス …はい?
ジョセフ これは懺悔だ。…私は人を刺す、その感触を知っている。柔らかくも
ハリのある皮膚を破り、弾力ある血管を千切り、硬い骨をかすめる…
滴る血が心を蝕むその吐き気を、私は覚えている…。
ルイス …院長…何を…
ジョセフ 十、八年前。…街の爪弾き者だった私が刺し殺してしまった人の名
を、告白しよう。
ルイス …院長。
ジョセフ …レオナルド・ブラック。
ルイス !! (一旦息を抜く)
ジョセフ …君の父上を殺したのは、私だ。
ルイス 何を、いきなり何を言ってるんですか!? 貴方はこの孤児院の院長で、
アリーゼの親代わりで…!
ジョセフ そして君の、父君の仇だ。
ルイス …………!
ジョセフ …思えば。あの日、雨粒と涙とで顔をくしゃくしゃにしたあの少年
が…君だったんだな。
ルイス ! ……何故だ!
ジョセフ ……私はまだ、殺人の罪で裁かれてはいない。償えぬまま、今も私は
あの罪を背負っている…。
ルイス …それが事実だとして…だから、どうしたと? 見逃せとでも?
ジョセフ とんでもない。私は罰をうけねばならんのだ。君の悲しみに報い罪を
償うには、それしか…
ルイス 私の悲しみなど! …今はいい。
《ルイス、咄嗟に近くにあった包丁を取る》
ルイス ……一つだけ。一つだけ…親を殺された身として、あの時の犯人に…
ずっと、ずっと訊いてみたかったことがある。
ジョセフ …なんだね。
ルイス …………いま。幸せ、ですか?
ジョセフ …………人生で一番。…幸せだ。
《ルイス、ジョセフを刺す》
ジョセフ …ぐっ…ふ…!
ルイス はーッ、はーッ、はーッ……!
ジョセフ ぐ、おぉ…
ルイス ふー、ふー…!
ジョセフ がはっ…!
《ジョセフ、倒れる》
ルイス ……院長? …ジョセフ院長! わ…私は、私は何を! …医者だ。
すぐ医者を!
ジョセフ 待つんだ…!
《ジョセフ、ルイスの腕をとって制す》
ルイス 放してください! 医者を、すぐ医者を呼ばないと、貴方が!
ジョセフ いいんだ…! これでいいんだ…!
ルイス いいわけがない! 貴方は…アリーゼだって悲しむ!
ジョセフ ここは台所だ…勝手口から、物盗りが入ったことにしなさい…!それ
で丸く収まる…!
ルイス そんな…!
ジョセフ 私は罰をうけねばならなかったんだ…これは君の罪ではない…これ
は、私が望んだ罰なんだよ…
ルイス …悲しすぎます! こんな…こんなの…!
ジョセフ いいんだ…いいんだよ……いいんだ…
ルイス 院長……!
ジョセフ ……あぁ…ごめんなぁ…
※ここからAルート・Bルートに分かれます。お好きな方をどうぞ。
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