新作(タイトル未定)

なまのーと

第1話

 夏休みに入ってから十日後の夜、僕は家を出た。

 リュックサックには三日分の着替えだけをぶち込んだ。後ろポケットの財布にはようやく溜めた小遣いのすべて、10万円。左ポケットにはキャスターとライター。スマホの画面には「PM9:47」の文字。時刻表アプリを開くと僕は駅へと向かった。道中、知り合いなんかに会うことはなくて良かった。パンパンのリュックサックを背負った僕なんかを見られたら、家出でもするんだろうって思われるに決まってる。僕のことをより知っている人ならば尚更にさ。ただ、それは事実なんだけどね。家出という言い方は少し大げさかもしれないな。もう帰るつもりはないってことはないんだ、全然。一週間もすれば戻ってこようと考えてる。今はただ、この街を離れたいって、それだけだ。

 駅のホームは閑散としてた。陸の孤島なんて揶揄されているこの街にはお似合いの絵面だよ。サラリーマンのおっさんがひとりと、高校生の女の子がひとりしか立ってないんだから。本当にしけた街だ。辟易しちゃう、全くに。東京方面行きの電車が、電力の無駄遣いの象徴みたいにしてホームに停車した。僕はおっさんと、女の子とは別の車両に乗り込んだ。誰ひとり乗っていないその車両にね。リュックサックを下ろして抱えると、僕は窓に映る自分の顔に高揚が浮かんでいることを知った。早く、一刻も早く今はこの街を出たかった。


 その日の下校途中、タケルとショウゴと僕は、二時間に一度人が通れば多いほうってところにある駐車場の車止めの上に座りながら煙草を吹かしていた。宙に吐き出した煙が薄暗い街頭に照らされて舞っている。僕ら三人の周りだけが白い靄に包まれていた。二人は一年の頃からの同じクラスだった。帰り道が同じことから次第に仲良くなっていった。僕とタケルが煙草を吸うようになったのは、ショウゴの影響だった。もともとあんまり真面目なほうじゃなかった僕らは、ショウゴが帰り道にふと煙草を吸い始めたのを見て、興味本位で一本ずつもらったんだ。その日からの半年、僕ら三人は連れ立ってこうして煙草を吸うようになった。学校ではトイレで吸っているんだけど、一人が入り口で見張りをして、二人は吸う、そんなローテーションを組んで、たぶんまだ僕らの喫煙は誰にも(クラスメイトにも)バレていないはずだ。煙草の調達はショウゴにしてもらっている。親のタスポを目を盗んで調達しては、自販機で買うって具合。正直中学生僕らの少ない小遣いだとこたえるけど、今まで飲んでたジュースなんかを我慢すればいい話だからね。

 彼らと話してるのは楽しいんだ、もちろん。連んでいても嫌な気持ちはしない。でもさ、ときどき思うんだよ、彼らに限ったことでもないし、彼らに問題があるなんてことはないんだけど、どうしても、なんだかいたたまれなくなる。こんな糞みたいにしんとした田舎街で、その田舎街の友人やらと連んでる自分ってものにさ。これは全く、僕自身の問題でしかないんだけどね。そのいたたまれなさってものが、僕をこの家出みたいなものに連れ出したんだよ。そのいたたまれなさってものについて考えたんだ、僕は。それってつまり、単純に、都会への憧れ、それに尽きちゃうと思うんだよな。なんだかダサいけどさ。テレビなんかで見る、あの、何かが起きそうな渋谷の雰囲気だとかに、どうしても憧れちゃうんだ。道端で芸能人に出会っちゃったりする、そんなものへの憧憬なんだ。やっぱりダサい、低俗な理由だよね。自分でも話していて恥ずかしくなってきちゃうよ。

 五月のこの日、僕は夏休みのこの旅を計画したってわけ。三人煙草を吹かしながらのこの日にさ。


 途中駅に停車したって、この電車には誰も乗り込んだりなんかしないんだ。だったらそのまま飛ばしてとっとと終着駅まで行ってくれよって、電車が止まるたびに毎回思ったな。二時間ほどかけて、ようやく電車は終着の船尾駅に止まったんだ。時刻はもう0時近くてさ、電車を乗り換えると僕は二十分ほどかけて渋谷へと向かったんだ。渋谷に来たのは今日が初めてだった。

 まず驚いたのはさ、月並みだけど、人の多さだよ、やっぱり。馬鹿みたいにホームには人が溢れててさ、うざったさと同時に、心の高鳴りを抑えられなかったね、僕は。顔はにやけてたろうな、きっと。気色悪いって思うよ、自分でももちろん。ハチ公口の改札を抜けるとさ、本当お祭りでもやってるのかと思うくらいの人だかり。今の僕の視界に映る人ごみで、あの街の総人口を超えてるってくらいにさ。若い人たちがやっぱり多かった。僕よりはいくぶん上だったけどね。交差点前によくテレビで観ていた看板があった。化粧品、グロスっていうのかな、そんな類の広告。クラスでも人気の女優が大きく笑いかけてくる。その看板の前には、女の子、たぶん高校生か大学生の(都会の高校生、とくに女の子なんかはあの街の女の子なんかとは大違いなんだ。髪を明るく染めて、スカートなんて下着さえ隠れてればいいってくらいに短い。あの街では全く、考えられないよ。)女の子が、テレビの取材を受けていた。「ウェイクアップ・テレビ」のジャケットを着ているスタッフが三人、女の子にカメラを向けて話を聞いてる。テレビでよく観るあの映像の裏側だ。テンションが上がっちゃったな、このときは。自分でも心底ダサいとは思うけどさ。

 だけど、よく観る渋谷の光景ってのはここまででさ、正直このあとどこに向かおうかって悩んじゃったな。どっちになにがあるかなんて、もちろんわかりゃしないんだから。

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