第51話

 ハドラーの言葉に、私たち三人は一瞬理解が追い付かなかった。

 執事バトラーなんて少なくとも私は物語の世界でしか見たことも聞いたこともなかった。


「えーっと、ほんとごめんね。特にサラさんに黙ってて」

「だって! ハドラーが加入する時、知り合いだなんてそぶり全然しなかったじゃない。どうしてなの?」


 私はセシルに理由を問いかける。

 確かハドラーが加入する時は、募集を見て自分から応募してきたとかだったと思う。


 その後、一緒に狩りに行って、セシルが加入を認めたのを覚えている。

 知り合いだったのなら、なぜその場で伝えてすぐに加入を決めなかったのだろうか。


「いや……実はさ。クランを作ったは良いけど、なかなかメンバーが来なくて。それでさ。それをこのハドラー、えーっと本名はもちろん違うけど呼び方はそのままでいいよね?」


 セシルの声にみんな頷く。

 私は本名も同じ名前だけれど、わざわざ本名で呼ぶよりゲームの名前で呼んだ方がしっくりくる気がする。


「ハドラーに加入してもらうことにしたわけ。ただ……ハドラーから、よく知らない相手に自分の素性を知らせるような真似は控えた方がいいと言われてさ」

「申し訳ございません。サラさんのことを疑っていたわけではないのですが、インターネットは不特定多数が関わる場所でございますから」


 ハドラーの言いたいことは少し分かる。

 執事が居るだなんて、誰が聞いてもお金持ちの家だと思う。


 しっかりしているので忘れそうになるけれど、セシルはまだ高校生。

 大学生の私が偉そうなことは言えないけれど、まだ危うい部分があるとの判断だったのかもしれない。


「まぁ、他にもやり方がありそうだと思うけど、理由は分かったよ。でも、今になって僕たちにバラしちゃって良かったの?」


 カインが両肩をすくめながらそう言う。

 確かに、せっかく隠そうとしていたことが、限定的とはいえ明かされてしまった。


「それはですね――」

「いいよ。僕から話す」


 説明をしようとしたハドラーを遮り、セシルが声を発した。

 ハドラーも含めてみんなの視線がセシルに向く。


「ハドラーは今回のオフ会の参加は否定的だったんだ。さっきの理由からね。でも、俺が来たかった。それで説得したんだよ」


 セシルと目線が合う。

 ゲームの中では平気なはずなのに、今は恥ずかしくなってしまい、目線を逸らしてしまった。


「で、結局俺が行くならハドラーも付いていく、ってことになってね。なら、今まで言えてなかったことも、ここにいるみんなになら言ってもいいんじゃないかって」

「坊ちゃんは旦那様の承諾まで取りまして……」


 つまり、セシルとしては嘘をついていることを心苦しく思っていたと言うことだ。

 それにしてもさっきからずっとセシルが私の方を見つめている気がして、すごく気になってしまう。


「まぁまぁ! 細かいことはいいじゃないか。二人もそんなところに突っ立ってないで、さっさと座りなよ。注文もまだだろ?」

「そうですね。では、失礼します」


 アンナの鶴の一声で、セシルとハドラーが席につく。

 セシルが私の左隣、その隣にハドラーが座る。


 店員に注文を告げると、アンナを中心としてかいわにはなが咲いた。

 先ほどと同じで、こういう場に慣れているらしいカインと、大人の貫禄なのかハドラーも頻繁に発言している。


 意外なのは、セシルがあまり話さないことだ。

 ゲームの時とは打って変わって、あまり発言せずにいた。


 私もゲームとは違い会話にうまく混ざれなかったので、ふとセシルの方を見るとセシルも私を見ていたようで目が合った。

 するとセシルが私に話しかけてきた。


「ねぇ。サラさんの髪、すごく長いね。そんな長い人初めて見たよ」

「あ、これ? 実は生まれてからカットしたことないんだ。高校生まではママが切らないでって言ってて。大学入ったら私の好きにしていいって言われたんだけど、今さら切る気にもなかなかならなくてね。今でもそのまんま」


 そう言いながら私は久しぶりに解いたままの髪の毛を少し掴むと、セシルに見えるように持ち上げて見せた。

 いつもは髪を洗う時以外三つ編みにしているため、自然のウェーブがかかっている。


「髪を洗うのも乾かすのも結構大変なんだ。小さい頃はママやお父さんがやってくれたけど、今は自分でやってるから。もう切っちゃおうかな」

「いや! もったいないよ!」


 突然セシルが大声を上げたため、私だけではなく、他の三人も何事かと話を止めセシルの方を向く。

 それに気付いたセシルは少し恥ずかしそうな顔をしながら続けた。


「あ、いや。その……凄く綺麗だからさ。その髪。切っちゃうのはもったいないかなって」

「そう? うふふ。ありがとう。セシルにそう言ってもらえると、なんか嬉しいな」


 その後も運ばれたケーキや飲み物を楽しみながら、賑やかな会話が続いた。

 初めは馴染めなかった私も、気が付けばゲームと同じように会話の輪の中に自然と参加できていた。


 途中で、みんなが私の服装を褒めてくれたのは、なんだか友達のマリナを褒められたようで嬉しかった。

 楽しい時間はすぐ過ぎるもので、いつの間にか当初の予定を大幅に超えてしまっていた。


 アンナが用事があると切り出したので、そこでお開きにすることになった。


「さて、すまないね。楽しかったよ。これっきりじゃなく、また今度いつか集まりたいね」


 アンナの言葉に全員が同意し、私たちは店を後にした。


「サラさんは今日はインするの? 昨日はインしなかったみたいだけど」

「あ、昨日は友達の家にお泊まりしてたんだ。今日は多分帰ってからインすると思うよ」


 私の言葉にセシルとカインが妙な反応を示す。


「サラ、それって女友達だよね?」

「え? う、うん。マリナちゃんっていう来年同じ研究室に行く子なんだ。凄く優しいんだよ」


 今度は私の言葉に二人は安堵の表情を見せた。

 なんだかよく分からないけれど、ひとまず二人が納得してくれたみたいで良かった。


「それじゃ、また夜に」


 駅まで一緒だったカインとアンナに別れを告げる。

 セシルはハドラーの運転する車で送迎なんだとか。


「わたしゃ今日はインできそうにないから、また明日に、だね」

「僕は帰ったらインするよ。じゃあサラ、またね」


 路線が違うため私は二人と別の改札口に向かう。

 ホームで電車が来るのを待っている間に、私はマリナにお礼のメッセージを送った。


『良かったね。感謝しなさいよ。楽しい話待ってる』


 マリナからの返事に私は小さく『ありがとう』と呟いた。

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