第50話

「へ、変じゃないかな……?」

「全然可愛いよ! もっと自信持ちなよ!!」


 前日、マリナの家に到着してすぐに、品評会が始まった。

 マリナは三人姉妹の末っ子らしく、全員が実家に暮らしている。


 マリナの二人の姉も参加しての品評会は、マリナの母親からいい加減やめなさいと苦言が出るまで続いた。

 その間、私はまるで着せ替え人形のように、何度となく着替えては三人の前で評価を聞くと言う恥ずかしい目にあった。


「私ら姉妹のお墨付きなんだから自信を持ってオフ会楽しんで来なって」

「う、うん。そうだね。えーっと、ほんと。ありがとう」


 私がはにかみながらお礼を言うと、マリナは屈託のない笑顔を私に向けた。

 玄関まで送ってくれたマリナに手を振って別れると、私は集合場所まで向かうため、最寄りの駅へ向かい電車に乗り込んだ。


 電車の中は空いているものの、なんだか妙にみんながチラチラとこちらを向いているような気がして顔を下に向けてしまう。

 いつもは後ろで編んでいる生まれてから一度も切っていない長い髪が、今日は付け根でまとめてるだけのため、一緒に降りてくる。


 夏でも普段は肌をなるべく出さないような服を着ていることが多いけれど、今日来ている服はノースリーブだ。

 遮るもののない自分の褐色の腕が下げた視界に入る。


 二回ほど乗り換えた後、地上に出ると、眩しいほどの日差しに目を細める。

 集合場所は駅の近くのカフェだった。


 初めは何か目印になる場所に集まると言う案も出た。

 けれど、お互いが顔を知らない状況で、大勢が集まるような場所では見つけることが困難だと、ハドラーから指摘が入った。


「この、お店よね……ちょっと早く着きすぎちゃったかな」


 予定の時間までまだあるものの、外の日差しの中で待つ気にもならず、私はカフェのドアを開けて中に入る。

 店員の声が聞こえ、白と黒を基調とした服装をしたウエイターが近付いてくる。


「すいません。待ち合わせで。えーっと、龍の宿り木で予約してるはずなんですけど」

「少々お待ちください……はい。確かにご予約いただいております。席はご用意しておりますので、こちらへどうぞ。お連れ様が一名、既に到着されています」


 案内に従い、店内の隅に置かれた大きめの丸いテーブル席へと向かう。

 すでに誰か来ていると聞いていて誰がいるのだろうと胸がドキドキしていた。


「サラちゃんかい!? こりゃ驚いたね! 思ってた以上のべっぴんさんだ!」

「アンナさん……ですか?」


 席に座っていたのはすらりとした細身の女性だった。

 その女性の声が聴き慣れた声だったことで安心を、そして想像していた見た目や年齢と大きく違ったことに驚きを感じた。


「そうだよ! って、ああ。流石にここでこんな大きな声出しちゃいけないね。まぁ、座んなよ。わたしゃちょっと張り切りすぎて早く来すぎてね。暇してたとところさ」

「アンナさん。こんなこと言ったら失礼かもしれないけど、想像と全然違うね……」


 普段の豪快さから、それなりの年上の女性を勝手に想像していた。

 さらには、性格が見た目とマッチしすぎてるため、勝手に本人の見た目もドワーフのようなものだと思い込んでいた。


 アンナの見た目は一言で言えば理知的なキャリアウーマン。

 艶のある黒いショートヘアーと細い銀色の金属フレームの眼鏡、服装はタイトなパンツに涼しげな色のシャツを着ている。


「あっはっは。サラちゃんはなかなか言うね。ゲームのキャラみたいなちんちくりんのおばさんが来ると思ってたかい?」

「あ、いや! そう言う意味じゃなくて!」


 まるで考えを見透かされたみたいな発言に、私は顔を真っ赤に染める。

 そんな私をアンナは見つめてくるので、なおさら恥ずかしくなる。


「お返しじゃないけど、サラちゃんもわたしの想定から外れてたね」

「え? あ……ごめん。もっと元気そうな子が来ると思った?」


「いやいや。そう言うことじゃなくて。可愛いだろうな、なんて勝手に思ってたけど、ここまで可愛いとは正直想定外だよ」


 私はアンナに言われた言葉を理解するのに時間がかかり、一瞬固まってしまった。

 目だけをアンナに向けると、アンナは私の後ろ側に目線を向けているようだ。


 すぐに他の人が案内されたのだと気付き、私も振り向く。

 そこに居たのは、ジーンズとティーシャツ姿の若い男性だった。


「やぁ! 僕が一番乗りだと思ったんだけどなぁ。えーっと、二人とも女性ってことは、サラとアンナだよね? 僕、カイン。初めまして! で、どっちがどっち?」


 明るい口調で声を発したのは、カインだった。

 こちらは想定通りの見た目で、少し長めのクセをつけた明るめの髪をした、同じ年くらいの男性だ。


「見りゃわかんだろ。わたしがあんたと同い年に見えるかい?」

「あ、その声は思った通り、君がアンナだね。と言うことはこっちの可愛い子がサラってわけだ」


 そう言いながら、カインは私の右隣に座った。

 話しやすいようにアンナの向かいに私が座ったから、私から見てすぐ右がカイン、その右がアンナになっている。


 円形のテーブルなので、私の左側の二席が空いていて、まだ到着していないセシルとハドラーの分だ。

 時計を確認すると、予定時刻まで後5分だった。


 カインとアンナはこう言うオフ会が初めてではないのか、もともとそういう性格なのか、かなりリラックスした様子だ。

 本名も顔も知らなかった人と初めて会うのに緊張しないものだろうか。


 色々と二人が話している中、私は相槌や聞かれたことに短く答えるくらいで、ゲームの中のようには流暢に話すことがなかなかできずにいた。

 二人もそれを察したのか、なるべく話題をゲームの話、私が入りやすい話題を中心に話してくれるようになっていた。


「それにしても、二人とも少し遅いねぇ。予定時刻を過ぎてるけど」

「そうは言っても、まだ10分過ぎただけだよ。まぁ、僕待たされるのはあまり好きじゃないけどね」


 アンナとカインがそういうので、私も釣られて再び時計を確認した。

 確かにセシルはともかく、ハドラーは時間にきっちりしていそうなのに二人とも揃って遅れるというのは少し気になる。


「この店が分からない、なんてことないよね?」

「そりゃないでしょ。今時店の場所なんてネットで調べればすぐに分かるんだから――」


 私の言葉にカインが答えた矢先に、二人の男性が店員に連れられて私たちの方へ近付いてきた。

 一人は学生服を着ていて、一人はぴっちりとしたスーツを着ていた。


 私は一人が着ている学生服に見覚えがあった。

 近付いてきて校章がはっきりと見えると、思っていた通りの学校だったと確信する。


「お。やっと二人が来たみたいだよ。って、あの学服の子がセシルだよね? ってことは彼、良いところのお坊ちゃんか」


 カインの言葉に私は心で同意する。

 セシルと思われる男性が着ている学生服は、有名な私立のものだった。


 学生の学歴が優秀であることでも有名だけれど、通うのは相当な資産家の子供たちだけだということでも有名な学校だ。

 その学校の学生服を着ているということは、カインの言う通り、セシルも資産家の息子なのだろう。


「ごめんごめん。ちょっと学校の用事が長引いちゃって」

「すいません。みなさん。お待たせして申し訳ありませんでした」


 セシルとハドラーが二人とも謝ってくる。

 それにしてもセシルが学校の用事で遅れたのは分かったけれど、ハドラーが遅れた理由はなんだろう?


「午前中にも学校があるのか。大変だなぁ。セシルは。あ、気付いてると思うけど、僕はカインね。こっちがサラでこっちがアンナ。ところで、ハドラーはどうして遅れたの? ちょうど入り口で出会ったのかな?」


 カインが思ったことを口にしてくれる。

 三人の目がハドラーと思われる初老の男性に向けられた。


「あ……いえ。えーっと、セシルさん。いえ、坊ちゃん。もうさすがに話してもよろしいですよね?」

「まぁね。さすがに他人のフリはもう無理だろうし」


 二人の言葉に私は混乱する。

 クランメンバー募集の際に初めて応募してくれたハドラーだったけれど、どうも二人は初めから知り合いのようだ。


 ゲームで知り合いをパーティやクランに誘うことなんて普通なのに、なぜわざわざ隠すような真似をしたのだろうか。

 私は真相が早く知りたくて、ハドラーの次の言葉を待った。


「騙すような真似をして申し訳ございません。ご察しの通り、私と坊ちゃんは知り合い、と言うますか……私は坊ちゃんの執事バトラーでございます」

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