第43話

「どうも。急な誘いに乗ってくれてありがとう」


 あって早々にそう言ったのは、今回の交流戦の相手【蒼天】というクランのマスターだった。

 セシルから聞いた話だと、なんでもこのマスターはこの交流戦を最後に引退する予定なのだとか。


「いえ。むしろ書き込みに返信してもらって嬉しいですよ。でも本当ですか? これで引退するって」

「ああ。ちょっと家庭の事情でね。俺としてはもう少し続けたいところではあるんだけど」


 このマスター、プレイヤー名をケロと言うのだけれど、かなりのゲーマーなんだとか。

 ところが待望の第一子の妊娠が判明し、それを機にゲームに使っていた時間を家族に充てる決心をして引退を決意。


 どうやら思い入れのあるクランらしくて、誰かにマスターを引き継いでもらうことも考えたのだけれど、なんとメンバーから反対を受けたのだとか。

 【蒼天】のマスターは、ケロ以外にあり得ないと。


 残されたメンバーは元々仲がいいので、出来れば一緒のクランで楽しみたい、だけどこのクランは実質活動を中止するから先細りが見えている。

 そんな矢先に目についたのが、セシルの書き込みだった。


 結局、サブマスターであるトールのサブキャラクターをマスターに置き、メインのキャラクターはもし私たちと相性が良さそうだったら吸収してもらうという話になったらしい。

 もしケロが復帰した暁には元のクランに戻るという制限付きだけど、セシルはそれについては快諾した。


「今回はマスターの引退試合も兼ねてるから。悪いけど、クラン戦は勝たせてもらうよ」

「そうさせてあげたいところだけど、僕たちには勝利の女神がいるからね。そう簡単にはいかないと思うよ?」


 トールの言葉に、カインがそんな返事をする。

 変わったと思ったけれど、人はそこまで急には変わらない様だ。


 ちなみに、今回は一回戦はクラン対クラン、二回戦、三回戦はランダムに混ざって戦うことになっている。

 目的が合併なので、混ざって戦う回数の方を多くしている。


「あっはっは。まぁ、今回は最後だってことでめいっぱい楽しむことが目的だからね。勝ち負けよりも思いっきり暴れさせてもらうよ」

「ええ。よろしくお願いします」


 ちなみに今回の様に決められた人だけで闘技場で戦うためには、誰かがクラン同士が戦う、通称『部屋』と呼ばれるものを設定する。

 それに決められたパスワードを使って、プレイヤーが参加する。


 攻城戦とは異なり、闘技場の勝ち負けは相手を時間内に殲滅するか、時間切れの際にポイントの高い方で決まる。

 戦闘するフィールドも、いくつか選ぶことのが出来るけれど、どれも広い野外で行われる。


 今回は全ての戦闘で障害物のないそうげんフィールドで戦うことになった。

 これは相手のマスターケロの要望だった。


「障害物に隠れたりとか、ちまちまするのがあんまり好きじゃないんでね。どうせならどっちかが全員倒れるまで戦おうよ」

「いいね! わたしゃそういうの大好きだよ!!」


 どうやらケロはアンナとウマが合う性格をしているようだ。

 セシルたちも特に依存はない。


 こうして私たち【龍の宿り木】と【蒼天】との交流戦が始まった。


「とりあえず、いつも通り戦ってみようか。あ、そういえばあの薬はどうしよう?」


 戦闘フィールドに移動してから開始するまで少しの時間、私は【神への冒涜】のことを思い出し聞いてみる。


「うーん。あれはさすがに今回は使わない方がいいんじゃないかな。それに検証するなら、普通にモンスターを相手にやった方がいいと思うし」

「そうだね。うん。そうする。じゃあ、いつもの強化薬だけにするね」


 そういうと私は開始直後にみんなにすぐに薬が使えるよう身構えた。

 やがて開始の合図がなる。


 このフィールドは遮蔽物も障害物もない。

 円形の両端にそれぞれのクランのメンバーが集まっていて、遠くを見れば相手の姿が目視できる。


 開始そうそうに、相手側から遠距離攻撃が飛んできた。

 距離があったため、なんとかみんなそれを躱す。


「マスター同様、みんなイケイケみたいだね。見て。前衛もどんどん近付いてくるよ」


 カインの言葉通り、ケロを先頭に複数人がこちらに駆け寄ってくる。

 私は慌ててみんなに薬を投げていく。


「サラさんの薬を全部待つのは間に合わなそうだ! ひとまず応戦するぞ!」

「まかしときな!!」


 セシルの号令にアンナが答え、ギルバートやローザも合わさって前に出る。

 そうしないと後衛の私たちにまで彼方の攻撃を直接受け止めなければならなくなるからだ。


 ケロはリザードマンのアバターをしたアンナと同じ【重戦士】で、サブマスターのトールはヒューマンアバターの【狂戦士】だった。

 ケロは両刃の長柄の斧を、トールは大槌を武器にしている。


「うおぉぉぉぉ!」


 ケロの大振りの一撃をセシルがうまく槍でいなす。

 普通であればステータス的に受けきれない攻撃だっただろうけれど、今のセシルは私の薬のおかげで筋力も上昇している。


 まさか躱すのではなくいなされるとは思っていなかったらしく、ケロの顔は驚きに染まる。

 それを見ながらも、今度はトールが渾身の一撃を放ってきた。


 武器に雷属性を持たせて打ち付ける槌の大技だ。

 それを盾を構えたローザが全身で受け止める。


 トールの大槌とローザの持つ大盾がぶつかり合い、インパクトの大きさに二人ともその場から後方に弾き飛ばされる。


「嘘だろ!? これを真っ向から受け止めるの?」

「うちのカインが言っただろ? うちには勝利の女神がいるのさ!」


 トールの言葉にローザが答える。

 ケロもトールも、思いもよらない事態だったようだけれど、その顔はどこか嬉しそうだ。


 そんな戦いを前に、私は後方から飛んでくる遠距離攻撃を被曝しないように気を付けながら、どんどん強化薬を投げ付けていく。

 他のみんなも思い思いに戦闘を始めていた。


 なんだか全員が楽しそうな、それでいて真剣な顔をしながら戦っていた。

 ランキングが関係しない交流戦。


 勝っても負けても、という言葉を思い出し、私もこの戦いをめいっぱい楽しむことを決めた。

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