第22話

「あー。今日は疲れたなぁ」


 学校から帰ってくると私は眼鏡を外してコンタクトを付ける。

 普通は逆だと思うけれど、これが私の日課だ。


「あ、今日家に忘れてったんだった。やっぱりメール来てる。返しとこ」


 今日は携帯端末を家に忘れるヘマをした。

 今見たら、予想通り両親からメッセージが届いていた。


 それに返信を打つ。

 たった五文字。これでも気持ちは十分伝わるはずだ。


「まぁ、一人でケーキ食べるのもなんだしねぇ」


 そんな独り言を言いながらゲームのヘッドギアをはめスイッチをつけた。

 一昨日セシルに今日はログインするのか聞かれて、もちろんと答えた時、何故か嬉しそうな悲しそうな不思議な顔をしていた。


 だけどじゃあ絶対来てね、なんて言われてしまったから、すぐに行かなくては。

 私を待っててくれる人が居る。それだけで嬉しくなる。


 いつものように意識が遠のき、見慣れた容姿のアバターに変わる。

 今日も私はサラになった。


「あれ? なんかみんな居ない? 表示ではみんなクランスペースに居るって書いているのに……」


 セシルに今日はインしたらまっすぐクランの専用スペースに来るようにお願いされていたので、私は昨日ここに来てからログアウトした。

 もし学校で何かあって遅くなっても、できるだけ早く来れるようにだ。


 それなのに肝心のセシルたちは部屋に居なかった。

 クランメンバーや友達登録した人のログイン状態と居場所はウィンドウに表示できるので、みんながここに居ることは間違いないのにだ。


「あれ? 昨日から模様替えした? なんか昨日の記憶と見た目が……って、なにあのドア?」


 広い部屋の壁の一角に、見たことも無いドアが出来ていた。

 前はあんなもの無かったはずだ。


「あれ? みんなのログイン時間……これって昨日インしてたってことよね?」


 クランメンバーは、ログインしてからの時間と、さらに最終ログアウトから今回のログインまでの経過時間が表示されるようになっている。

 それを見るとログインまでの時間がみんな24時間以内になっていた。


「どういうことだろ。忙しくてインしないって言ってたのに。もう。インしたならメッセージくらい送ってくれたらいいのに」


 そうボヤきながら新しく設置されたドアに向かう。

 今いる部屋に居ないなら、新しく出来たこのドアの向こうにみんな居るに違いない。


「ねぇ。こんな部屋どうしてつ……きゃあ!?」

「ハッピーバースデー!!!」


 クラッカーが鳴る音と共に、みんなの盛大な声がドアを開けた瞬間に耳に飛んできた。

 驚きのあまり、私は悲鳴を上げてしまう。


「誕生日おめでとう! サラさん!!」

「え? ちょっと、これ。どういうこと!?」


 新しく出来た空間の中央には、人数分の椅子とテーブルクロスが敷かれた丸テーブル。

 そしてテーブルの上には、赤々と燃えるロウソクの刺さったホールケーキが置かれていた。


「何ってお祝いじゃないかっ! サラちゃんが今日インするって言うからさ、セシルが『じゃあ、内緒で祝おう!』って言ってみんなで用意したんだよ!」

「サラ! おめでとう! まさか、僕と同じ歳だったとは思わなかったよ。これって運命ってやつかな?」


「サラさん。おめでとうございます。ささやかですが、こんな部屋を用意させて頂きましたよ」

「思いついたのは俺だけどさ。こんな部屋が作れるって教えてくれたのはハドラーなんだ。どうかな?」


 一度にたくさんの驚きがあり過ぎて、何から処理すれば分からなくなり、私は目を回しそうになった。

 だけどひとまず部屋の見ろということだから、なんなのか見てみることにした。


「これって……」

「そう! 生産スペース!! なんかさ。これがあると生産の効率が上がるんでしょう? 俺知らなかったよ。知ってたらすぐに用意したのに」


 生産スペースとは、クランの専用スペースに設置可能な部屋の一種で、各生産物ごとに用意された特別な部屋だ。

 ここはもちろん薬生産用のスペース。ここで薬製作をすると、部屋のレベルに応じて色々と特典がつく。


「ありがとう! 凄く嬉しい! 前のクランには無かったから……」

「まーったく。あのクソ野郎……おっと。前のクラマスは本当にダメなやつだな」


「それに、こうやって家族以外の人に誕生日を祝ってもらうなんて、私、初めてなの。凄く嬉しい。ありがとう!」

「え? そうなの? じゃあこれから毎年僕が祝ってあげるよ」


 カインの冗談がおかしくて、私は笑ってしまった。

 私が笑うから、カインはふてくされた顔をしている。


「それじゃあ、みんなで早速食べようか。っと、その前に。ロウソクの火を消さないとね」


 セシルが何かを設定すると、部屋の中が薄暗くなった。

 溶けることのないロウソクの火が、ゆらゆらと揺れている。


「うん。じゃあ消すよ? あ、歌はある?」


 せっかくだからと私は少しわがままを言ってみた。

 みんなは嫌がることもせず、セシルの合図で歌を歌ってくれる。


「ディアサーラー、ハッピーバースデートゥーユー」

「ふーっ!!」


 歌の終わりに合わせて、私は勢いよくロウソクの火に向かって息を吹き付けた。

 お願いごとを頭に浮かべながら。


 私のお願いごとは、攻城戦で見事一位をとることと、アーサーにもらった『魔血』のレシピを見つけること。

 願いを込めた私の吐息は、綺麗に全てのロウソクの火を消した。


「おめでとー!!」


 みんなの拍手が辺りに鳴り響く。

 私は思わず熱いものが込み上げてしまった。


「みんな……ほんとに、ありがとう。私……このクランを作って良かった。ありがとうセシル……ありがとう、みんな」


 嬉しくて涙を流す私の頭を、アンナが優しく撫でてくれた。

 まるでお母さんにしてもらっているような気持ちの良さで、私は幸せな気分に包まれる。


「よしよし。ほら! せっかくのケーキが待ってるよ! わたしゃゲームの中でケーキを食べるなんて初めてだからね! 楽しみだ!」


 アンナの号令で、私もみんなも席に着く。

 配られたケーキを口に運ぶと、まるで本物を食べているような錯覚を覚えた。


「うん! 美味しい!!」

「美味しいねぇ」


 食べながら聞いたところによると、昨日はみんなで団体戦をひたすら繰り返していたんだとか。

 理由はクランギラを貯めるためと、クランレベルを上げるため。


 どうやらクランのレベルが足りずに、生産スペースが作れなかったらしい。

 さらにこれを作るためと、消耗品として一度使うと無くなるケーキやクラッカーを含めて、用意した備品を買うのにクランギラが足りなかったんだとか。


「大変だんだよ。もう深夜までやっててさ。僕、危うく今日の授業サボりそうになったもん」

「でも、カインは最後、人数が足りなくなって団体戦出来なくなった後も、クランギラ貯めるためにクランクエストを手伝ってくれたんだ。助かったよ。俺一人じゃ新エリアは無理だからな」


 珍しくセシルがカインに礼を言った。

 それを聞いたカインは面白そうに肩をすくめただけだったけれど。

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