第12話

「おい! お前がユースケか? いまさらサラさんに何の用だ!」

「あ? お前に話してねぇよ。すっこんでろ。このトカゲ野郎。サラ、ほら何してんだ。行くぞ?」


 正直状況がよく分からない。

 何が起こっているというのか。


 目の前には昔あれほど愛おしく感じていたはずのユースケが、私を求め叫んでいる。

 もちろんこれはゲームの中の話だけれど、見た目がほとんど同じアバターで声は本人、VRのリアルさも相まって現実に思えてしまう。


 しかし全く心が惹かれない。

 改めて出会ったユースケは、顔は醜く歪み、言っている内容から声にまで嫌悪感を強く感じる。


 考えてみれば私は小さい時から同世代の男といえば、ユースケだけだった。

 常にユースケの後ろを歩き続けてきた。


 だけど今やっと分かった。

 私が前に出なかっただけだと。


 セシルに出会って、ハドラーと三人で戦って、私は今戦闘服を身に付けている。

 変わりたいと思った。変われるんだと気付いた。


 もうユースケの後ろに付き添うだけの女でいたくなんかない。

 私は、私を大事に思ってくれる人と並んで歩きたい。


「帰って」

「は? 何言ってんの? よく聞こえないんだけど」

「帰ってよ!! もうあなたなんか興味無い! これ以上私に構わないで!!」


 私の叫び声にユースケは驚きの顔を見せた。

 思えばこれだけはっきりとユースケに反発を見せたのは初めてかもしれない。


「お、おまっ! な、何言ってんだよ。ほら……いいから来いよ。俺のために薬をまた作って欲しいんだ」

「嫌だって言ってるでしょ? 気持ち悪い!!」

「話は終わったようだな?」


 見かねたのかセシルが私の前に立ち、ユースケを視界から消してくれた。

 思わず叫んだせいで、私は肩で息をするほど深呼吸を繰り返していた。


「だから、さっきからなんなんだよ、お前。てか、サラ! てめぇ、俺がちょっと目ぇ離した隙に、別の男たらしこんだのか!」

「どこまでもクズ野郎だな。お前は。もういい。さっさと消えろよ。話はもう済んだと言っただろ?」


「うるせぇ! このトカゲ野郎! よく見たらまだレベルも50ちょっとじゃねぇか! はっ! 相手が悪かったな! 一旦消えろ!!」

「なっ!?」


 ユースケは剣をその場で振るった。

 剣の動きに合わせて斬撃が現れセシルに飛んでいく。


 驚きの声を上げたが、セシルはそれを何とか持っていた槍で受け止める。

 再びセシルのHPが減ったのが見えた。


「セシル! ちょっと、ユースケ。PK仕掛けるなんて正気!?」

「あ? てめぇは黙ってろ! こいつをボコした後、しっかり言うこと聞かせてやるからよぉ!」


 PKというのはプレイヤーキリング、つまりプレイヤーをプレイヤーが殺すことだ。

 PKはいつでも仕掛けられるようになっているけれど、先に攻撃を仕掛けたプレイヤーが相手を殺すと、カルマ値が上がる仕様になっている。


「サラさん。ごめん、少し下がってて貰えるかな? そこに居ると、避けたらサラさんに当たっちゃうから避けられないんだ」

「え? あ、うん! 待ってね。すぐ薬投げるから!」


「いや、強化も回復も必要ないよ。俺の力だけでこんなクソ野郎には勝てるから」

「そんな! 無理だよ! レベルの差が……」


 私の声はセシルの手で遮られる。

 強い目付きで見つめられた私は、一度小さく頷くとその場を離れた。


「お別れの挨拶は済んだか? 心置き無く、死ね!」

「ふんっ! 死ぬのは貴様の間違いだろう? このクソ野郎!!」


 私は祈るように二人の戦いを見つめていた。

 もちろん勝利を祈るのはセシルにだ。


「くそっ! ちょこまか動きやがって!」

「無駄だ。そんな分かりやすい攻撃、当たるわけが無い。お前本当に自分じゃなんも出来ないんだな?」


 大振りのユースケの剣を、セシルはことごとく躱していた。

 ユースケは大ダメージのスキルを、クールタイムが終わったら、つまり使った後再び使えるようになったら繰り返すだけだった。


 一方セシルはそんなユースケの攻撃を掻い潜り、様々な攻撃をユースケに浴びせていた。

 セシルの攻撃力に比べユースケの防御力とHPが高いため、簡単には倒せないものの、誰が見ても押しているのはセシルの方だった。


「くそっ! なぜ当たらない! そうか! このトカゲ野郎、サラに薬を使ってもらってるんだな?」

「何を言ってる。俺の身体にエフェクトが見えるか? 使ってないレベル20以上も下の格下に、負けるくらいお前が弱いってことだよ」


「ふ、ふざけるなぁ! くそぉお! うりゃあ! 【烈風斬】!!」

「おい、どこを狙……サラさん!!」

「きゃあっ!!」


 ユースケがこっちに向かって剣を振ったと思ったら、再びあの斬撃がこちらに飛んできそうになった。

 それを察したセシルは、線上に入るように身体をごと飛び込み、斬撃を身体で受け止めた。


 さっきみたいに攻撃をきちんと受け止めた時のダメージとは異なり、無防備なところに受けた攻撃のためHPの減りが激しい。

 あと一撃食らえば倒れてしまうかもしれない。


「はっ! ざまぁねぇな! これであと一撃くらいか? トカゲ野郎」

「ユースケ! あんたって人はぁ! セシル、約束破るよ!!」


 叫ぶと同時に私は回復薬と強化薬を立て続けにセシルに投げた。

 そして、ユースケには一定時間暗闇を付与する【ダゴンのすみ】を投げつけた。


「うわっ! なんだこれ!? なんも見えない!」

「ごめん。サラさん。結局助けて貰っちゃって。でもこれでケリを付けよう」

「うん! セシル、やっちゃって!!」


 セシルは腰を落とし槍をしっかり構えると、スキル【無双三段】を使った。

 ユースケの周りをセシルは目に見えない速さで動きながら、様々な角度から三度の強力な突きを食らわせる。


「ぐあぁぁぁぁあああああ!!」


 先ほどまでのセシルに与えられたダメージの蓄積もあり、ユースケはその場で倒れた。

 HPが尽きた証拠だ。


「凄い! やったね。セシル!!」

「うん。それより。サラさん。大丈夫?」

「え? 何が?」


 セシルはまじまじと私を見つめてくる。

 私はなんだか恥ずかしくなり、顔が赤くなるのを感じた。


「だ、大丈夫だから! そ、そんなにじっと見つめないで!!」

「あ、ごめんごめん。あれ? なんだろコレ?」


「うん? なんのこと?」

「なんか、さっきのくそ……ユースケってやつが持ってたのと同じ剣が持ち物にあるみたい」


 そういうと、セシルは槍とその剣を持ち替えて見せてくれた。


「え!? それ。PKのドロップだよ? 装備落とすなんて珍しい! 普通はせいぜい薬とか素材とか一個なのに」

「え? これ、やっぱあいつのなの? うわぁ、いらない。捨てちゃおうかな」


「あははは。勿体ないよ。それ売ったらすごい金額になるよ。いらないなら売ったら?」

「そうなの、やったね。じゃあ早速売ろうか。それで、俺の新しい装備を買おう」


「それいいね!」


 私とセシルは手に入れた剣を売るために、【アンシャンテ遺跡】を後にして、街に戻ることにした。

 街に戻る途中、私はたくさんのことをセシルに話した。


 まるで今までの時間を少しでも取り戻そうとするかのように。

 私のたわいのない話を、セシルは得意のドッグスマイルで、相槌を打ちながら嬉しそうに聴いてくれた。

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