第9話

 私たちは今、新しく入ったハドラーと一緒に私たちのクラン【龍の宿り木】の専用スペースに居る。

 専用スペースと言っても、正直今は何も無い。


 机や椅子さえない、ただの広い空間。

 全体の広さもクランレベル10だったユースケのクランに比べればすごくせまい。


 クランの備品は壁なども含めて全て買わなければならない。

 それはクランの行動をすると溜まる特別なお金、クランギラを使ってできる。


「ということで! ハドラーが入ってくれたので団体戦ができるようになったよ! これでクランの経験値も溜まるし、クランギラも溜まるし。勝てば二人のレベルも上がるからいい事づくめ!」

「そうですね……クランの団体戦はレベル制限がありませんし、サラさんが入って戦ってくれたら凄く有利になると思います」


 私の提案にハドラーは諸手を挙げて賛成してくれた。

 やっぱりこの人、初心者なのに色々と調べてたり知っていたりして凄い。


 ちなみに加入を決めてくれた時に、口調は丁寧語じゃなくて別にいいよねと言ったのだけれど、ハドラーはこの口調が普段からなのだとか。

 なので、私とセシルは元に戻し、ハドラーは話しやすい口調で話してもらうことになった。


「ごめん。盛り上がってるところ申し訳ないんだけど、団体戦って何? 攻城戦とは違うの?」

「あー、えっとね。セシルのために説明するね」


 セシルは事前情報をほとんど持たずにこのゲームを始めたっぽい。

 元々ゲームはそんなにやってこなかったんだとか。


 調べるにしてもネットを使って知る方法に疎いらしい。

 『そんなんで勉強で分からなかった事があったらどうやって調べるの?』と聞いたら、『辞書や参考書で調べる』って返ってきた。


「団体戦ってのはね、一番小さいので三人対三人でやるんだよ。攻城戦はクラン全員参加可能だし、勝負の決め方とか色々と違うね」

「なるほど、この前の闘技場の複数人でやり合う感じか?」


「そうそう。三人を先に全員倒したら勝ち。時間制限もあって、時間切れの場合は与えたトータルダメージが多い方が勝ちなのは一人の時と一緒だね」

「分かった。それで、それはいつでもやれるのか?」


 セシルも内容を理解してくれたみたいで、やる気を出してくれた。

 人数合わせで私も参加しなければいけないけれど、得られる経験値はレベルによらずランクによって一定なので問題にならない。


「クランが関係ない団体戦はいつでもできるけど、クランごとのやつはお昼と夕方から夜にかけてだけだね。今はちょうどできる時間」

「よし! じゃあ早速行こうか! サラさんと一緒に戦えるって、俺嬉しいよ!!」


 そう言うとセシルはいつもの竜顔の笑顔、ドラゴンスマイルを見せてくれる。

 心の中ではドッグスマイルと呼んでいるのは秘密だ。



「それじゃあ、作戦を……って言うほどでもないかな?」

「そうですね……私とセシルさんが戦い、サラさんは後方で援助。サラさんに敵の攻撃が行くのだけは全力で止める。くらいですかね?」


「うん! それで行こう! サラさんを攻撃するなんて俺が許さないから。そんな奴がいたらまっさきに俺がぶっ飛ばしてやる!」

「倒しやすい者から倒すのが団体戦では定石ですよ。セシルさん。感情で動いてはいけません」


 ふふふ。まるでハドラーはセシルの先生か何かみたいだ。

 声の雰囲気からしてきっと歳も私たちよりも上だろう。


 会ったばかりの時は覇気がないなんて思ってしまって申し訳ない。

 落ち着いている、と言った方が良いのだろうか。いや……やっぱり覇気はないけれど。


 闘技場に来てからざっくりとした作戦をということで話し始めたけれど、まずは実際にやってみるのが早いということに。

 私も実際戦闘するなんてほぼ初めての経験だから緊張する。


 ああ、仲間というのはこういうのを言うのだろうか。

 もしそうならば、私はセシルと出会って初めて仲間というものと出会ったのだと思う。


 あの時、ユースケに蹴られて良かった。

 もし自分から抜けていたら、始まりの街アルカディアには行かなかったから。


 あの時、セシルに見とれて良かった。

 もし自分がオーガを倒していたら、セシルとこうして一緒に居なかったから。


 ああ、神様。私は初めて心からこのゲームが楽しいと感じています。

 どうかこの幸せが、いつまでも続きますように。


「うん! さぁ、始めようか。私たちの初陣! いつか【龍の宿り木】が特別なクランになるように!」


 既に私にとってこのクランは『特別』だった。

 それにきちんと気付くのはもう少し後の話。



~その頃ユースケは~


「なんですって? それは本気ですか?」

「もちろんだ! だいたい今までがおかしかったんだ。なぜ俺一人で薬を集めなければならない? 皆も出すのが当然だろう?」


 クランのサブマスターであり、実質的な運営者であるリディアにユースケが言い放つ。

 今まで用意していた薬を、今後は自分自身で調達するように決めたと伝えた後の話だ。


 そもそも、ユースケには次の攻城戦に必要な薬を用意するだけの資産は既になかった。

 今まで手に入れてきた金は、ほとんどろくでもないことに使ってしまって、元からそんなに資産がなかったのも原因の一つだ。


「もう一度聞きますが、本気ですか? 反発は免れませんよ?」

「もう決めた。辞めたい奴がいたら辞めさせろ。だいたいあいつら甘えすぎなんだよ。薬がいくらするか知ってるのか? それを毎回あんな量!」


 今まで薬の値段を知らないのはユースケだけだった。

 薬を一度も買ったことがなかったのだから。


 自分に惚れていたサラに甘えて、全てタダで貰っていたのだ。

 その口でよくこんなことが言えるものだが、ユースケは元々こういう性格なのだから仕方がない。


「分かりました。では……メンバーには伝えておきます。話は以上ですか?」

「ああ! それと! リディア、次回の攻城戦の作戦も頼むぞ! 次回も勝ちに行くからな!!」


 攻城戦の作戦はリディアに任せっきりだった。

 そんなリディアは一瞥いちべつだけユースケに向けると、去っていった。


 次の日、ユースケがログインすると、とんでもない事態になっていた。

 なんとクランのメンバーの多くが抜けていたのだ。


 その中には初期から居たメンバーも、つい最近入ったばかりのメンバーもいた。

 中でもサブマスターだったリディアの名前が無いことに気付き、ユースケは顔を真っ赤にする。


「リディア! どういうことだ!? なぜこんなにメンバーが抜けてる!? そもそもお前まで!」

「えーっと、うるさいよ? 何言ってるんの? 今まで薬がタダで好きなだけ貰えてたから嫌な顔見せずにやってたんじゃん。それが無くなったら誰がこんなクランにいるもんですか」


 個人チャットを使って状況を聞くユースケに返ってきた返事は、今までの丁寧な口調のリディアとは打って変わったものだった。


「お、おまっ!? おま! なんてことっ!!」

「あー、うるさいから切るし、友録も外すから。あ、これだけ言わせて。あんたクラマスとしては薬以外サイテーだったよ。じゃあね」


「おい! 待てっ! くそっ! 切れてやがる!! くそっ! くそぉぉぉぉおおっ!!」

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