幸福のコストーベーシックインカム導入前夜ー

@aaaaa-ryunosuke

短編3000字完結

 日本政府は世界的なパンデミックの中で、混乱し、慌て、動揺し、とてつもない失策をおかした。それは日本の国民にとっての、失策ではなく、政権、いや、政府、いやむしろ官僚制度そのものを揺るがす失策である。


 


 優秀な官僚たちが国民のために知恵をしぼり、あらゆる施策を講じることが、すべての国民のためになるという幻想を、その政策は根本から破壊してしまった。


 


 その致命的な失策とはなにか?


 


 それは、たった一度、たった一度行われた「国民全員に対する10万円の現金給付」である。


 


 国民は自分が必要としているものを知っているのは高学歴で優秀な官僚様ではなく、国民自身であることに気づいてしまった。


 


 おばあちゃんは新しいポットを、お母さんはお昼ごはんをサボってウーバーイーツーでハンバーガーを、独身の男は猫を、休校期間中の子供は任天堂スイッチを、パチンカーはパチンコ屋へ、すべての人が、自分を幸福にするお金の使い方を知っているのは、誰でもない自分自身だと気づいてしまったのだ。


 


 当の現金給付はもちろん、中小企業に対する手当、そしてマスクの配布、どれもスピード感のあるものとは言い難く、政府の方針が二転三転するのも、官僚制度に対する不信感に拍車をかけた。


 


 さらに優秀なはずの官僚が高度に練り上げた、と表向きは考えられていた、あらゆる施策が穴だらけ、問題だらけで、遅れ、漏れ、重複、不公平に満ち、さらに大手広告代理店に丸投げだったことが判明した。


 


 そして致命的になったのがコストの高さだった。当初は委託した大手広告代理店との契約の不透明さが話題になっていたのだが、やがて、人々の関心はそのコストそのものに向いていった。


 


 政府が出した1000億円が、様々な協会、天下り先、大手広告代理店、銀行を通って、国民の手元に実際に届くのは良くて900億円、場合に寄っては800億円と、いわゆるエリートのハイエナたちにしゃぶり尽くされていることに国民が気づいてしまったからだ。


 


 しかも実際に事務手続きに悪戦苦闘しているのは下請けの下請けの下請け、底辺のアルバイトや、派遣社員たちだった。


 


 とどめを刺したのが、旅行・飲食補助のキャンペーンだ。


 


 これはパンデミックに伴う外出自粛でダメージを受けた飲食・旅行業界を助けるために、補助金を出すというものだが、これも酷かった。


 


 約3000億円の予算に対し、委託コストとしてその2割、600億円が国民の手に届くことなく消えることが判明すると、国民は強い拒否反応を起こした。


 


「現金をよこせ」


 


 それが国民の声だった。


 


 リニア新幹線もいらない、キャンペーンもいらない、オリンピックもいらない、複雑で歪んだ一部の人だけが潤うだけの補助金もいらない、かわりに現金を振り込めと。


 


 その声はやがてベーシックインカムの実現を掲げる政党が現れることで、大きな力となっていった。


 


 政府、官僚、マスコミはそろってベーシックインカムはナマケモノを増やすだけだと、キャンペーンを張ったが、一度始まった流れはとどめることはできなかった。


 


 国民は政策論争の中、ベーシックインカムについて学ぶことで、もう一つの現実に気づいてしまったのだ。


 


 与えられていた自由は偽物であることに。


 


 職業選択の自由は偽物だった。稼げない歌手、稼げない小説家、稼げない研究者にはなれない。なぜなら飢え死にするからだ。


 


 つまりその点においては北朝鮮における言論の自由と変わらない。北朝鮮でも金正恩(きむじょんうん)の悪口は言えるが、それは己や、己の家族の死と引き換えだ。


 


 命を人質に人に職業選択を迫る社会は本当に自由な社会なのだろうか?


 


 居住移転の自由も同じ理由で偽物だった。なぜなら仕事の無い場所では生活はできないからだ。だから若者たちは都会に出てくるしかないし、地方は疲弊する一方だ。


 


 だから国民は声をあげた。特に人生の選択肢と向き合う若者たちの声は大きかった。


 


「最低限の生活保障で本当の自由を」と。


 


 夏の選挙では多くの新党はもちろん、既成政党までもがベーシックインカムの導入を掲げて選挙が行われた。


 


 ベーシックインカムに関しては「ナマケモノが増えて日本は滅びる派」と「導入で真の自由と文化的に豊かな日本派」に分かれて争われた。


 


 そして「ベーシックインカム導入で真の自由と文化的に豊かな日本派」が勝利した。しかしべーシックインカムの導入にはその後も困難が続いた。


 


 特に官僚組織の抵抗は凄まじかった。彼らは賢く優秀な自分たちが日本の富の使い道を決めることが最善であるという考えに固執したからだ。


 


 結局、実際にベーシックインカムが導入されるには、その後の3回の国政選挙で「ベーシックインカム導入派」が勝利し、保守的な政治家と選民思想の官僚たちが力尽きるまで10年の時間を要した。


 


 そして、ベーシックインカムが導入され、すべての国民に一人当たり月8万円の最低所得保証が行われることとなった。


 


 日本は変わった。


 


 生活費という呪縛から解き放たれた人々は、多くの人が絵を書き、小説を書き、楽器をかき鳴らし、歌を歌った。


 


 長年、金にならないからと手付かずだったセミの幼虫時代を一貫して研究する研究者も現れた。


 


 我々、日本人は金にならないというだけで、どれだけのものを切り捨ててきたのか思い知ることとなった。そこに広がっていたのはフロンティアだった。


 


 その中には結果的に莫大な富を生み出すものもあった。日本で生まれた圧倒的な量の音楽、文学、芸術、インディーズゲームは結果的にその頂点に質の高い作品を生み出す結果となり、日本はもう一度、世界があこがれる国となった。


 


 犯罪も減った。なぜなら誰もが喰うには困らないからだ。しかし同時に金目当ての犯罪に対する世間の目も厳しくなった。


 


 何しろ、誰もが最低限の生活は保障されている。金目当ての犯行というものはすべて強欲が生み出した同情の余地の無い犯罪というが世の中の認識となった。


 


 もう日本には「喰うためには仕方のない」は存在しないのだ。


 


 時を同じくしてAIの発展で、世界中の人々は仕事というものに関する考えを改める必要に迫られいた。世界が日本の成功に続こうとベーシックインカムの導入を始める。


 


 こうして人類はまた新しい自由を手に入れた。


 


 それは「生きるためだけに働く」という苦役からの自由だ。


 


 それは日本政府の、官僚たちのたった一つの過ち「国民全員に対する10万円の現金給付」から始まったのである。


 


おわり。


 


 


 

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