知るがゆえに曇る目

@aaaaa-ryunosuke

短編3000字完結

 新たな総督を決めるにあたり、流れは完全に現職のロベルト総督の再任ということで固まりつつあった。


 


 確かにこの国を襲った流行(はやり)病に対して、神のご加護により、幸運によって、人々の強い意志により、人によって言い方は様々だが、この街とその周辺は比較的被害が少なくて済んだ。


 


 政治は結果がすべてだと多くの人は言う。その点で言えば、この街の統治者である総督のロベルトは結果を出したといえるだろう。南の属州では死体の山が築かれ、流通は途絶え、暴動と飢えが始まっていると聞く。それに比べれば、ここは天国だ。


 


 口の悪い者は「くたばりぞこないの役立たずの病人と年寄り共が、何百人か死んだことは、我が町には幸いだ」とすら言った。


 


「では、ロベルト総督の再任ということで、よろしいですな」ゼスカール議長が声をあげた。


 


 当のロベルト総督の顔がほころびかける。


 


 そこで、静かに老人が手を挙げた。「一つ、昔話をしてもいいかな」


 


 オルド老人は3代前の総督で、この評議会の最高齢。ここ数年は会議の上席を占めるものの、発言することは無かった。そのオルド老人が声をあげたのだ。


 


 誰もが老人の昔話になど興味はなかったが、誰もが老人に礼を尽くさない人物だと思われることは政治的に賢い選択とは言えないと考えて口をつぐんだ。


 


 オルド老人は皆の沈黙が、自分が発言することに対する消極的な承認と考え、老人は杖に寄り添うようにして立ち上がった。


 


「その昔、トルコに年老いた商人がおった。商隊を率いて旅をすることが、苦痛になってきたので、二人の息子のどちらかに家督を譲ることにした。


 


 そこで年老いた商人は二人に1万ずつの資金を与えて、商隊を率いて商いをしてくるようにと告げた。二人はそれぞれ品物を仕入れ、オアシスの向こうまで半年の旅をして戻ってきた。


 


 兄は資金の1万を5倍の5万にして戻ってきた。一方、弟は1万の資金を半分に減らしていた。親戚たちは当然、兄を後継者にするべきだと考えた。


 


「さて、皆さんはどちらを後継者とすべきだと思われますかな」オルド老人は悪戯っぽく笑いながら周りを見回す。評議員たちはお互いに顔を見合わせている。


 


「やはり、兄ということになりますかな」ゼスカール議長が場の空気を代弁するように言った。


 


「うむ」オルド老人は満足そうにうなづく。


 


「ところが、この年老いた商人はその場で後継者を決めることはせず、たまたま街を訪れていた客人を3人連れてくると尋ねた。


 


「私たちの目は知りすぎるがゆえに曇っています、なにとぞ、知らぬと言う透き通った目で我々の判断をお助け下さい」


 


 年老いた商人は兄弟に今回の旅の支度について語らせた。


 


 兄は語った。「私はひとり、旅支度をして、残りすべての資金を儲けの大きい香辛料を買い付けて、旅に出ました」


 


 弟は語った。「私は父上から預かったお金を5つに分けました。一つは商隊と武器、これは盗賊を恐れたからです、一つはナツメ、これは商いもできますが、旅路で飢えるようなときにはこれを食べて生き延びることができます。一つは薬、これは商いはもちろんのこと、旅先で人助けができるかもしれません。一つは香辛料。これは商いとしてはもっとも利幅が大きいからです。最後にオリーブ石鹸、これは売れるかどうかはわかりませんでしたが、新しい商いができるかどうか試してみたかったのです。」


 


 話を聞いて客人は3人が3人とも弟を後継ぎにするようにと年老いた商人に言った。それは商いの結果を知る親戚たちとは正反対だった。


 


「しかし、兄の方は資金を5倍、弟の方は資金を半分に減らしてきたのだぞ」親戚の一人が客人たちに言った。


 


 それを聞いて年老いた商人は苦虫をかみつぶしたような顔を見せる。


 


 案の定、旅人たちは意見を変えた。


 


「我々は兄弟をよく存じ上げません。旅支度の話を聞くと弟の方が慎重で思慮深く、家の存続には弟の方を後継ぎにすべきと考えましたが、商いの結果を聞くと、兄の方に商才があり、兄を後継者にすべきだとも思えてきます」


 


 年老いた商人はため息を漏らした。「客人の目も、結果を知ることで曇ってしまった」と。


 


  年老いた商人は弟を後継者に決めた。兄と親戚たちは騒いだが、年老いた商人は言った。


 


 結果はしょせん、サイコロの向こう側にある。結果のみに捕らわれて物事を判断すれば道を誤る。賽の目で6を出したからと言って、その者の次の賽の目に財産を託すのは賢いこととは言えない。


 


 私が客人に後継者を決めてもらおうと思ったのは、商いの結果を知らなかったからだ。知らなければ純粋にその者の行いで判断できる。しかし、結果を知ると人は結果でものごとを判断するようになる。


 


 案の定、客人も結果を知り、結果を出した兄を選ぶようになってしまった。その者が商いにむいているかどうかは一度の商いの結果ではない。その者の商いに対する能力、考え、そして態度だ。


 


 それを考えれば答えはおのずと出る。わしは下の息子に家督を譲る。


 


 のちに兄は実は商いには出ておらず、5倍の儲けとしていたのは良くない友人たちや兄に家督を継がせたい親戚から借りた金だと分かった。家督さえ継げれば、間違いなくその金は数倍にして返済されたはずだった。


 


 さらにはならず者を雇って弟の商隊を襲わせていたこともわかった。弟が資金を半分に減らしていたのはそのためだったのだ。


 


 親戚たちは兄弟がどのような旅の支度をして旅立ったのか知っていた。そして弟が家督を継ぐのにふさわしいということも。しかし親戚たちは商いの結果を知るがゆえに、そして、その一部は自らの利益のために判断を誤ったのだ。


 


 弟は、生き残ること、儲けること、徳を積むこと、新しい商いを開拓することにと、しっかりと手を打っている。そのおかげで兄の妨害にあっても、命を失うこともなく、資金を半分に減らすだけで済んだのだ。


 


「さて」老人は難儀そうに腰を下ろした。


 


「我々は新しい総督を選ぶためにここに集まっておるが、我々は結果を知っている。この街は流行(はやり)病を幸運にも切り抜けた。そして、その結果を受けてロベルト総督を再選させようとしているが、その目は結果を知るがゆえに曇ってはおらんだろうか?医者たちは冬にはまた病がまたやって来ると言っている、その時、ロベルト総督殿で我々は生き延びられるじゃろうか」


 


 そう言って、オルド老人が目を閉じた。場が一気にざわめき出す。


 


「我が町の食糧庫は今回の危機に際して底を尽きかけていたらしい」


 


「つまりあと1週間流行(はやり)病の終息に時間がかかれば、我が町も南の属州と同じように飢えと暴動に晒されていたわけか」


 


「そもそも、食糧庫には6ヵ月分の食料があるばずだ、何者かが備蓄を横流ししていたということか」


 


「外出禁止令の中で、総督の姿を高級娼館で見かけたというものもおるぞ」


 


「ともあれ、今回、ロベルト総督はずいぶんと幸運だったと言えるわけですな」


 


 総督選びの行方はわからなくなった。ただロベルト総督の再選は難しいものになったことだけは確かだった。


 


おわり


 


 


 


 

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