ネット炎上に駆け付ける男

@aaaaa-ryunosuke

短編3000字完結

「もう、明日から来なくていいから」所長さんに言われた。また首だ。


 


 今日もうまく車を誘導できず、渋滞を3回も作ってしまった。無理やり入ってくる車を体を張って止めるとか、怒鳴られてもめげないとか、僕には無理だ。とくに怒鳴られると足がすくんで動けなくなる。


 


 交通誘導は苦手だ。じゃあ、得意なことは何だと聞かれれば何もないんだけれども。


 


 明日から、ぼくは、また仕事を探さなければならない。けれど、それは明日のぼくが何とかするだろう。ぼくは夜にはやることがある。


 


 家に帰ると水道局からピンクの封筒が届いていた。これは以前にも何度かあったから知っている。代金を払っていないから、水道を止めますよというお知らせだ。


 


 所長さんは今日の分の日当をくれるだろうか?それがないと水道が止まる。


 


 ガスはもうずいぶん前に止まった。電気は何とか払っている。払っておかないとスマホの充電ができない。


 


 ぼくは着替えて充電済みのスマホを持って家を出る。スマホは仕事の時は持って出ない。繋がらないからだ。なぜならもう6か月料金を払っていないからだ。


 


 ぼくはいつものように坂を上り、近所のコンビニまで向かう。無料のWi-Fiを拾う為だ。ぼくはコンビニの花壇のレンガに腰を掛ける。電波の強さは2。まぁまぁだ。


 


 まずツイッターのトレンドを眺める。ひとつひとつチェックする。


 


 誰かが、ツイッターで話題になっている時、それが良い話題ならば、僕にはやることはない。良くない話題でトレンドに上がっているとき、僕の出番だ。


 


 あった、今日は給付金の交付をミスして2重に払ってしまったという村の役場がやり玉に挙がっている。


 


 村長が謝っている。人は10万円貰った時の喜びは10万円分だが、10万円失ったときの苦しみは30万円分だと聞いたことがある。つまり人は自分のモノだと思っていたものが奪われた時にひどく怒るのだ。


 


 恐らく、間違って払ってしまった分を回収するひとは、時には罵られ、ねちっこく嫌みを言われたりしているだろう。


 


 ぼくはその村のホームぺージに行ってみる。人口5000人ほどの小さな村だ。ぼくはページを巡り、この村の役場の人にメッセージを送る方法を探した。


 


 あった。総務部にメールが送れるようだった。


 


『給付金の二重給付の件、回収はもちろん、マスコミ対応や、苦情対応大変なことだと思います。


 しかし、失敗しない人など、この世の中には存在しません。ぼくなんて、毎日、失敗しています。時には心無いことを言う人が、現実にも、ネット上にもいることでしょうが、あまり思いつめず、心と体の健康を。


 ご自愛下さい。


 皆さんで力を合わせてこのピンチを乗り切られるよう祈っています。


 応援しています。』         


 


 ぼくはそうしたためてメールを送った。


 


 インターネットではいつも誰かが炎上している。毎日、新しい何かが炎上する一方でずっと叩かれ続ける人もいる。


 


 コンビニの店員さんが出てきて駐車場の掃除を始めた。


 ぼくは邪魔にならないようにコンビニの周りを歩くことにした。コメントを書くのにwi-fiはいらない。


 あたりをグルっと回って、送信の時だけ、ここに戻ってこよう。


 


 コメントの相手は若い女優さんだ。彼女は30代の既婚のイケメン俳優といい仲になった。いわゆる不倫というやつだ。


 


 それが週刊誌にすっぱ抜かれると、イケメン俳優の奥さんに同情が集まると同時に、その若い女優さんは世間から徹底的に叩かれるという構図になった。


 


 世論(よろん)というのは不思議なもので、叩くべきはそのイケメン俳優だろうと思うのだが、そのイケメンを叩くよりも、相手の若手女優を叩く方に熱心であるように思えた。


 


 不倫の始まったのが、彼女が未成年だった頃ということから考えても、悪いのは30過ぎのイケメン俳優である。ぼくは男ではあるが、断然悪いのは男だと思う。


 


 叩いている人は、若いころからそんなに分別ある大人だったのだろうか?


 


 10代で、魅力的な異性の俳優に迫られても、相手が既婚なら、私は絶対になびいたりしないと、言えるのだろうか?


 


 僕なんか10代の頃なんて女の子と何かの拍子に手が触れただけで好きになっていた。学校の先生を好きになったこともある。先生は既婚だったけれども。


 


 あんなに次々にいろんな女の人を好きになったのに、一つも成就しなかったけれども。


 


 叩いている人は聖人君子か、よほど想像力が無いかのどちらかだ。もしくは、この僕が特別分別の無い人間なのだろう。


 


 彼女のSNSにメッセージを書き込む。


 


『こんにちは、あなたのファンです。


あなたの出ているドラマは全部見ました。


最近はあなたが活動を停止して、あなたの演技が見られなくなってしまって、


とても残念に思っています。


人は失敗をします。何度も失敗をします。


反省してやり直せばいいと思います。


人によっては同じ失敗を繰り返さなければいいなどと言いますが、僕は何度も何度も同じ、失敗を繰り返しています。


それでも、何度もやり直します。


あなたは恋愛で失敗したかも知れませんが、反省してやり直せばいいと思います。


人は何度失敗してもいいのです。


そうじゃなきゃ、僕なんか生きていられません。


たった一つ、確かなことは、またあなたが活躍することを楽しみにしている人間がここに、一人は確実にいるということです。


負けないでください。


またメッセージを送ります』


 


 辺りを一周回って元のコンビニに戻ってきた。無料のWifiを捕まえてメッセージを送る。


 


 心地よい音が鳴って送信完了が告げられる。


 


 今度はメールソフトを立ち上げる。


『おはよう。今日は新しい一日です。生まれ変わった一日目です。今日を一生懸命、今日をめいいっぱい、今日を楽しみましょう。新しい仕事を探しに行こう、人に優しく、自分に優しく、信じています、応援しています。昨日のぼくより』


 


 メッセージをしたためるとぼくは自分のアドレスに送信する。すぐに受信箱の未読が1になる。


 


 ぼくはこれを明日の朝、開封して一日を始める。さぁ、今日はもう帰って寝よう。


 


 おわり。 

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