賭け麻雀

@aaaaa-ryunosuke

短編3000字完結

 政権とのズブズブの関係が噂されていた検事長が、実は大手マスコミの記者と連日の接待賭け麻雀に励んでいたことが世間に知れ渡り、検事長が辞任を決め、ネット上がその話でもちきりだった夜、都内ではまったく違うレベルの賭け麻雀が行われようとしていた。


 


 その名も世界麻雀。


 


 私は総理の秘書官として、準備に走り回り、当日を迎えたのだ。世界では思いもよらないようなことが次々と起こり続けている。


 


 その原因が、世界が実は思いもよらない方法でものごとを決定しているからだと、知ったときは衝撃だった。


 


 事実を知った時、一瞬だけ、この事実をマスコミにリークしたらどうなるかとも考えたが、まず第一に信用されないだろうと打ち消した。


 


 いったいどこのマスコミが一年に数度、世界の首脳が集まって麻雀で戦い、様々な決定がなされているなどという与太話を信じてくれるだろうか。


 


 東スポならあるいはとも思ったが、万が一、東スポの一面に載ったところで、世間が受ける印象は与太話ということで変わりがないだろう。世間はだれも信用しないし、そのうえで、間違いなく俺自身が消される。


 


 俺はジェームズ・ボンドではない。一公務員に過ぎない俺など、あっという間にこの世からサヨナラだ。


 


 都内の高級ホテルの地下室、次々と世界の要人たちが集まってくる。もちろん彼らはすべてお忍びだ。


 


 彼らが一般人の目に触れるようなことは、一切、無い。


 


 だが、もしも、街中で彼らに会ったとしても、そっくりさんとしか思えないだろう。サミットでもなければ日本に来ているはずがないのだから。


 


 我が国の総理大臣がホストとして、先に雀卓に座っている。日本の総理としては最長の在職期間を務め、この世界麻雀の参加数も最も多い。しかし、小心な彼らしく、これから始まる大勝負にそわそわと落ち着かない。


 


 金髪の大男が入ってきた。テレビでおなじみの傲慢な不動産王から、下馬評をひっくり返してアメリカ大統領に上り詰めた、彼だ。


 


 実は彼がアメリカ大統領になったのも、前任の黒人大統領がこの世界麻雀に敗北したペナルティによる。つまり彼自身、この世界麻雀の決定によって生まれた大統領なのだ。


 


 この賭け麻雀では勝利ではなく、敗北にのみ意味がある。敗北、つまり最下位にこそ、恐るべきペナルティが仕掛けられている。代表となる首脳が敗北すると各々、賭けているペナルティを実現させなければならないのだ。


 


 続いて入ってきたのは、ヨーロッパの母、時には世界のおっかさんともあだ名されるドイツの女性首相。元理論物理学者である彼女は、理論に沿った堅実な麻雀を展開する。今回はEUの代表としての参戦となる。


 


 ちなみヨーロッパが近年受けた最大の世界麻雀敗北のペナルティは、イギリスのEU離脱だ。当時のイギリス首相がこの世界麻雀に敗北することによって、イギリスは多大なコストを払いながら、EUを抜けることになった。


 


 最後に入ってきたのは中国の国家主席である。一党独裁国家である中国においては絶対的ともいえるような権力を持つ彼は、世界麻雀でも常に圧倒的強さを見せてきた。他の先進国が、時にこの世界麻雀に敗北し、ペナルティを受ける中で、相対的に中国を大きく躍進させる原動力ともなった。


 


 彼らはなぜ、国の命運を麻雀などに賭けるのか、それはペナルティが重ければ重いほど、それを避けることができた時の満足感は計り知れないからだ。


 


 自分の牌さばきで国家・国民を救ったことなど、この世界麻雀に関わるごく一部の人しか知ることはないが、何より自分自身が感じる喜びは計り知れない。その喜びは一度味わえば二度と抜けられない歓喜、国家・国民の未来を、チップのように賭ける神々の遊びはこの世の至高の遊戯なのだ。


 


 室内の様子は外部にモニターされている。各国首脳は軽く挨拶を交わした後、ペナルティの確認が行われる。


 


 アメリカ大統領に課された最下位時のペナルティは今年、2020年11月3日に行われる大統領選で彼自身が再選し、そのうえで、最も混乱を極めるであろうタイミングで大統領を辞任するのだ。これでアメリカは、世界は混乱する。


 


 ヨーロッパの最下位ペナルティはイギリスに続き、ギリシャ、スペインのEUの離脱。もはやこれでEUの崩壊が確定する。


 


 中国の最下位ペナルティは、ある事実の確実な証拠の提出だ。これは何の証拠であるかということ自体が、一つの事実を物語ってしまうので、それすら伏せられている。これが明るみに出れば中国共産党は世界中から、そして何より中国国内でも、怒りと怨嗟の声にされされるという。


 


 世界麻雀を囲む各国首脳が納得しているということはそれだけ価値のあるとてつもない情報であることだけは間違いない。


 


 そして、最後に今回のホスト国である日本の総理に課せられたペナルティは、オリンピックの強行開催。現在、世界はオリンピックを開催できる状況にはない。そしてそれは2021年も変わらないことはすでに世界の共通認識だ。そこで世界中から人を集めるオリンピックを開催すれば、国内はもちろん、世界中から、非難されるだろう。参加をボイコットする国も多くなる。それでもこの世界麻雀で敗北すれば強行開催しなくてはならなくなる。それが世界麻雀の掟だ。


 


 世界の命運を決める世界最高にして、世界一バカバカしい賭け麻雀が今回も始まった。


 


 親決めのサイコロが振られる。我が総理が親番だ。まったくふざけた話だが、やる以上は勝ってくれ。俺は祈るような気持ちでモニターを見つめていた。


 


 一巡目、二巡目と黙々と牌が捨てられ、卓が進んでいく、そして五巡目、我が総理の目がパッと見開いたと思うと叫んだ。


 


「ロン!!」


 


 総理が大統領の捨て牌に手を伸ばす。大統領が天を仰ぐ。


 


「チッ、リメンバー・パールハーバー・・・」


大統領が呟く。恐らくダマテンと真珠湾攻撃をかけているのだろう。


 


 やったダマテンで点数が低くても、親で先手を取れたのは大きい。


 


 しかしその喜びはすぐに消し飛んだ。


 


「チョンボ」


 


 ドイツの女性首相が指摘する。俺は慌ててモニターに映る総理の手牌をのぞき込む。


 


「あ・・・」


 


 役がない。チョンボだ。あまりにもくだらない凡ミスだ。


 


 親のチョンボで12000点の支払い。総理には、国内随一の雀士が指導者としてついていたが、これでは麻雀の腕以前の話だ。


 


「くそっ、部屋が暗いからだ、くそっ、くそっ、見えなかった、牌が見えなかったんだ」


 


 総理は、ムキになって各国首脳には通じない日本語で、叫び、呪い、言い訳している。


 


 もう駄目だ。12000点の支払いも痛いが、何より、この総理、お坊ちゃん育ちのせいか、失敗に弱い、一度つまづくともう駄目だ。


 


「また、負けか・・・」ホスト国の日本側スタッフにため息にも似たあきらめムードが漂う。


 


 ほぼ世襲で、神輿の上に乗せられて、この地位までたどり着いた総理とくらべれば周りは政治においてもあらゆる勝負でも歴戦の強者ぞろいだ。一度の失敗でこのありさまの総理では、もはや勝ち目はない。


 


 日本政府は、もはやどうやってオリンピックの強行開催のダメージを最小限するかを、考え始めた方がよさそうだ。


 


 そして俺はこの戦いが終わった後、スタッフのせいにして怒鳴り散らす総理から部下たちをどう守るかを考えなくてはならなかった。


 


 むしろ俺自身、今話題の検事長殿のように、どこかで賭け麻雀でもやって、それを自分で週刊誌にリークして、頭を下げて秘書官を辞任するというのが今、選ぶべき最高のアイデアに思えてきた。


 


 いや、件(くだん)の検事長も、政権の何らかの重大な秘密を知って、自分からは辞任できない状況に陥り、そこから抜け出すために、あえて賭け麻雀をやって、みずからマスコミにリークしたのではないか、そんな風にさえ、思えてきた。


 


                                   おわり


 


 

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