そして出会う

「あっ」

「こんな雨なのに、人がいる」


「こんにちは」

「こんにちは」


「ずぶ濡れですね」

「わたしもです」


「傘、差す気が起きなくって」

「わたしもです。カサ忘れてきました」

「好きなんですか、雨」

「うそ」

「えっ」

「あなたもですか。雨がすきなの」


「はい」


「あっごめんなさい。こんなきれいな人に会えて、ちょっとテンションが」

「そうですか」


「なんで、残念そうなんですか」

「あ、いや、ごめんなさい」


「きれいなのがうらやましいです。わたしにはなにもないから」

「そんなことは」


「わたし、勉強ができなくて。体力もないんです。見た目もよくないし」


「普通じゃないですか」


「えっ」


「私は、あなたがうらやましいです」


「わたしが?」


「私、なんというか、ちょっと良くない家に生まれたので、いやだったんです。堕落するのが」


「だらく…」


「それで、できることを全部やりました。学校とか試験とか、アルバイトとか筋トレとか」


「あの、何才、ですか?」


「18です」


「うっそ。おないどし。てことは、高二?」


「学校は飛び級で抜けました。院卒です。今は仕事してます」


「すっごい。天才だ」


「みんなそう言います。顔が良くて中身も良いから、不公平だって」


「えっ」


「こうなりたくて、なったわけじゃないのに」


「そうなんですか?」


「堕落したくなかっただけなのに。気付いたら勝手に嫌われて。私は、弱かっただけなんです。弱いのが怖かった。弱いのが受け入れられなかった。その結果がこれです。雨のなかに一人。友達も恋人もいない。家にも帰りたくない。毎日毎日、したくもない仕事をして。愛想ふりまいて。それが原因でまた嫌われて」


「ごめんなさい」


「すいません。仕事相手じゃない人と話すの、すごくひさしぶりで。なに話していいかわかんなくなっちゃって」


「でも、あなたがうらやましいです」


「こんななのに?」


「あなたは、わたしとしゃべってくれるから。いじめてこないし」


「そりゃあ、初対面なので」


「わたし。出来が悪いんです。あなたと真逆。勉強も体力も見た目も、って、さっき言いましたねこれ」


「ええ」


「こんな感じです。自分でさっき言ったことも忘れるような人間で。あなたは周りの目がって言いますけど、正直わたしには周りの目というのがよくわかりません。右見ても左見てもわたしよりもすごいひとばかりなので」


「生きるのが、辛くないですか」


「えっ」


「あっごめんなさい。つい。忘れてください」


「つらいです。毎日、しにたいなと思って生きてます。他の人はできることがあって、しにたいなんておもわないんだろうな、うらやましいなっておもってます。いつも」


「ごめんなさい。そんなつもりじゃ」


「あなたとおなじ」


「同じ?」


「あなたも、生きるのがつらくて、こうやってずぶぬれになってるんじゃないんですか」


「そう、かもしれない」


「あはは。にたものどうしだ。わたしはうれしいです。天才のようなあなたと、おなじようなきもちでいられる」


「似た者同士」


「しあわせです。うらやましいなって思った人と、ちょっとだけでも同じところがあった」


「単純ですね」


「はい。頭が良くないので。よくけんかになります。なんて言うんでしたっけ?」


「直情径行?」


「そうそれ。直情径行。生きるのがつらいです。今すぐにでもやめたい。でも、出来が悪いのでしぬのがこわくてしねない」


「そう、ですか」


「あなたは?」


「死にたくなったこと、ですか?」


「はい」


「ない、と思います。死ぬというのは、挫折することだと、思ってたので」


「そう。そうなのね」


「あ、ごめんなさい。泣かないで。あなたを悪く言うつもりじゃ」


「ちがうの。大変だなって。あなたが」


「私が?」


「つらいのに、逃げられない。しにたいとも、言えないし思えない。それをかんがえたら、つらくて」


「大丈夫ですか。どこか座れるところを」


「ありがとうございます」


「あ、あそこ。ベンチに。雨もしのげるし」


「いい匂いする」


「香水ですね。高いやつを付けてるので」


「いいなぁ」


「良くないですよ。自分のためじゃないんです。現実逃避」


「おっ、と。ごめんなさい足が」


「いいえ」


「ふう」


「落ち着きましたか?」


「ぜんぜんおちつかないです」


「そう、ですか」


「逃げられない、ですよね。わたしも」


「逃げる?」


「勉強とか、試験とか。さっきはごめんなさい。わたしだけが悲劇のヒロインみたいに言っちゃって。あなただってつらいのに」


「そんなことないです。わたしはもう逃げられないところにいるけど、あなたはいつでも逃げられる」


「そうですね。しねば」


「違う。ちょっと勉強すれば、あなただって」


「どうにもならないですよ。出来が悪いって、そういうことなんです。あなたみたいに、勉強できるときに、勉強をしない。するべきときにできない。だから出来が悪いんです」


「ごめんなさい」


「いやいや、あなたの言うことが正しいんですよ。いつだって、偉い人の言うことが正しいんです。出来が悪い人間の言うことなんか」


「いいえ。あなたが正しい」


「え?」


「私は、弱いから勉強に縋るしかなかった。出来が悪くてもちゃんと毎日生きているあなたのほうが、ずっと偉い。私なんて、中身が空っぽなだけです。中身がないんです私。機械と同じ」


「機械は、いやだなぁ」


「でしょ?」


「じゃあ、人間になりましょうよ。ぜんぶ捨てて、自由に」


「できません。あなたと同じです。下手に出来が良いから、捨てられないんです。どんなに嫌で辛くても、死ぬことなんて考えられないし、仕事も捨てられない」


「なんか、ダメダメですねわたしたち」

「ほんとに。ダメダメです」






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