とある男性Vtuberの受難
しがないものかき
第1話
俺が手に持っている小型ゲーム機の液晶画面には、二体のモンスターが映っていた。
一方は蛾をモチーフにした炎虫タイプのモンスター。
他方は亀をモチーフにした草タイプのモンスター。
いま俺がプレーしているのは、世界で最も有名なゲームの一つ。ポエットモンスター。ちぢめてポエモン。
六体のモンスターを選びその中から三体を選出して戦わせる、俗に言うシングルレート対戦というもので、対戦相手と熾烈なポエモンバトルを繰り広げている所だった。
互いに残存しているポエモンは一体ずつ。
「さざめけ……」
俺の虫炎タイプのポエモンの技により、相手のポエモンのHPゲージがゼロになり俺の勝利が確定する。
「はいお湯ーwww」
俺のレートよりも対戦相手のレートが高かった為、俺のレートがばっこり増えた。
これには俺も(⌒,_ゝ⌒)←こんな顔になってしまう。
俺が敬愛するゲーム実況者ババ=ユタカ先生の動画を見まくっている影響か、先生がよく使われるお言葉が大分移ってしまった。
さて、気を取り直してもういっちょ。
本日もシングルレート環境の荒波に揉まれて行きますか、ばっこりとね。
俺が再びレートに潜ろうともう一戦のボタンを押そうとした時、背後からただならぬ気配を感じた。
「愚弟? 私が汗水流して働いてるっていうのに、愚弟は夜までゲームなんて随分と良い御身分ね……貴族なの?」
「お、おかえりなさい、姉貴。随分と早かったんだね」
「予定よりも早く終わったから、それでご飯の用意は出来てるのかしら? 連絡入れたのに返信が無かったようだけれど」
「い、今から急いで作ります!」
黒のジャケットにタイトスカート。烏の濡羽色の髪を下ろしたこの人は俺の姉貴だ。ばりばりのキャリアウーマン。
両親の仕事の関係上、俺はこの少し歳の離れた姉貴と二人暮らしをしている。
家事や炊事は全て俺の仕事だ。レートに気を取られて、姉からの連絡を見ていなかったのは完全にプレミである。家の仕事を完璧にこなさなければ、ゲームを買う金を貰えなくなってしまう。次からは気をつけなければいけない。
「私は先にお風呂に入ってくるから、上がるまでに夕飯の支度をなさい」
「はい、すみませんでした!」
一汁三菜がテーブルの上に並び、スーツからラフな部屋着に着替えた姉貴と共にご飯を食べる。
ぼうっとテレビを見ても、写るのは国営放送のみ。姉貴はバラエティなどは嫌いらしい。
「勉強は順調なの?」
「ああ、うん。提出しないと駄目な課題とかはしっかりやっているよ」
「そう。ならいいわ。ずっと家に居ても犬の様に寝て猫くらい目ヤニを付けて豚のようにご飯を食べるくらいしかしないのだから、せめて勉強くらいはきっちりなさい」
「……はい」
ひどい言われようである。
姉貴は仕事柄転勤が多くその関係で、俺は通信制の高校に通っている。
やる事はきっちりとやっているつもりなのだが、姉貴は自分にも他人にも厳しい人なので姉貴の物差しでは俺は怠けているようにみえるらしい。
まさに実家暮らしならぬ、すみっコぐらし。
「それと愚弟、貴方来週東京に行ってきなさい」
「え、なんで?」
「一次の書類審査に受かったから、二次選考の面談に行ってきなさいと言っているのよ」
東京。書類審査。二次選考。
ははーん。さては姉貴は俺をアイドルにするつもりだな。
だって俺こーゆー展開、見た事あるもん。
あれでしょ、親戚のお姉さんが勝手に事務所に履歴書送って、嫌々オーディションに行ったら受かっちゃって、あれよあれよという間にデビューして人気アイドルの仲間入り!
いやーつれーわー!
イケメンつれーわー!
まぁ、姉貴がそこまで言うなら、仕方ねぇなぁ!
俺行ってやんよ! トップアイドルになってやんよ!
「分かったよ、姉貴。俺、日本を背負うトップアイドルになるよ! ジ○○○ズ事務所に行ってくる!」
「は? ジ○○○ズ? 愚弟が行くのは V.P. ヴァーチャルプロダクションという事務所よ」
「……え?」
「だいたい愚弟はオタクだし顔も幸薄そうだしこれといって人に自慢できる特技があるわけでもないし運動も出来ないし、アイドルなんて無理よ……あとオタクだし」
なんでや!
オタク関係ないやろ!
オタクなジ○○○ズもいるっちゅうねん!
しかしそれ以外の全ての言葉は俺の心に突き刺さった。
やめろカカシ その術は俺に効く。
「V.P.はVtuberの事務所よ、オタクなんだからVtuberが何かくらい分かるわよね? 貴方、声だけはカッコいいのだからそれを活かしなさいな……どうせ将来やりたい事も無いんでしょ」
ひどい言われようである。
Vtuberとは見た目の良いイラストを元にしたアバターを、トラッキングという技術で動かす技術を用いてyoutubeで動画投稿を行う配信者の事だ。
サブカルチャーとしての歴史は浅いながらも、その勢いは凄まじくトップ層のVtuberにはテレビCMの依頼が来るほどだ。
「でも姉貴がそーゆーサブカルに詳しいの意外だったんだけど」
「私は詳しくないわよ。ただ私の友人がその分野に詳しいってだけ」
「ほーん」
……姉貴、友達いたんだ。
◇◆ ◇◆ ◇◆
V.P.にはすでに6人のバーチャルライバーが活動している。
一期生の三人、二期生に三人ずつである。
Vtuber黎明期の今、これだけの人数を抱えているのはなかなかの大手である(俺調べ)。
今回俺が受けているのは第三期生の募集である。枠は同じく三人で、これが多いのか少ないのかぶっちゃけよく分からん。
さてV.P.なる事務所は東京は渋谷に拠点を構えているらしい。
俺が住んでいる埼玉からは電車を何回か乗り換えて片道一時間くらいでいける。
越谷レイクタウン以外に何もない街、ベットタウンSAITAMAの唯一の魅力といえば都心に近い事だけだろう。
因みに面接は受かった。
まさか姉貴に履歴書送られてジ○○○ズの面接だと思った話があんなにウケが良かったなんて。
合否はその場で伝えられて、最後にVtuberの要であるアバターについての希望を聞かれたことを覚えている。
「では最後になりたいアバターの希望はございますか?」
「そうっすね、フタナリでメスガキのサキュバスだったら何も文句ないっすね」
「……ハハッ、検討します」
この時点でかしこい俺は、俺の希望は棄却されたのだと察知した。
さて、本日は記念すべき俺の初配信の日。
事前に運営スタッフの方から配信に必要な機材などが俺の家に運び込まれ、分からないなりに何とか配信が出来る設備が整った。
「これが俺かぁ」
運営さんから支給されたスマホの中のLive2Dなる機能を活用したアプリ。
そこには俺の動きに合わせて鏡合わせのように動く、一人のキャラクターの姿があった。
めちゃめちゃいい感じに襟足の遊んだ黒い髪。
切れ長の赤い瞳。どこか幻想的な服装で背中からは真っ黒い翼が生えている。
その名を、黒乃†翼。†は絶対に入れてくださいと運営さんからのお達しだった。
バーチャル堕天使だそうだ。
なぁにこれ。
俺の希望であるフタナリ要素やメスガキ要素が廃され、サキュバスから近くも遠くもない堕天使という特性が採用された。
「かがくのちからってすげー」
スマホに向かって手を振ると堕天使くんがこちらに振り返してくれる。
本当によく出来ているものだ。
しばらく動作確認をしていると、PCのデスクトップに一件の通知が来る。
V.P.のバーチャルライバー達が使用するdiscordというゲーマー専用のコミュニケーションツールを開くと、俺のマネージャーさんがあと5分後に配信を始めてくださいとチャットが来ていた。
返事をしてdiscordを閉じる。
ヘッドセットを付けて、youtubeを開き配信ボタンにマウスを合わせてTwitterで予告していた配信開始時間まで待った。
【初配信】† †漆黒の堕天使★黒乃翼† †【バーチャルプロジェクト】
「皆の者、ご機嫌よう。俺は神に逆らった男……バーチャル堕天使の黒乃†翼だ!」
<キタ━(゚∀゚)━!
<三期生にして初の男性ライバーか
<きたこれー!!
< 始まったのか?
< マダー?
< おお、めっちゃ良いキャラデザ 動いてるけど声聞こえなくて草
「え゛まって? 皆の者聞こえてる? おーい」
<表情だけで何かを訴えかけている
<翼の生えた男が無言で動いてる
<パントマイム系Vtuberか
<何それ 新しい
<開始1分でグダってるの草
は?
なに?
何で俺の声入ってないねん、おかしいやろ。
やばい、何事も始めが肝心なのに、このままでは記念すべき初配信が終わってしまう。
どうしよう、なんとかしないと。
戸惑っている様子が面白いのだろう、コメントの流れが加速し無限に草が生やされていく。
これが本当の大草原。
俺はこの状況を打開すべく、配信画面上に直接文字を打ち込んだ。
「……きこえるか……きこえているだろうか」
<ふぁ?!
<っ?!
<( °o°)ハッ
<!! (๑º ロ º๑)!!
「……リスナーの……諸君…… 堕天使だ…… 今…… 諸君等の……脳内に……直接…… 呼びかけている……神通力を使ってな!」
<……なん……だと……
<こいつ直接脳内に?!
<今北 無言テロップ配信ですか?
<草
<草
<草
<大草原
「草を……生やしている……場合では……ない……今……ちょっとしたトラブルで……声が……出ない状況だ……配信を切らずに……そのまま……待つのだ……待つのだ……」
<でしょうね
<だろうと思った
<初配信にトラブルは付き物って、それ一番よく言われてるから
<こいつは伸びる!
<ほほえましいな
ふぅ、と一息つく。
まじで焦った。
リスナーの対応に追われて気が付かなかったが、discordに鬼のように通知が来ている。
開いてみるとマネージャーさんだった。おそらくヘッドセットに問題があるとの事。スペアで渡していた方のヘッドセットを使ってみるようにと言われ、言われるがままヘッドセットを取り替える。
「皆の者、ご機嫌よう。俺は神に逆らった男……バーチャル堕天使の黒乃†翼だ! ……今度は聞こえてるよな?」
<( °o°)ハッ
<急に喋ったからびっくりしたゾ
<!! (๑º ロ º๑)!!
<聞こえてるぞ
<急にイケボで草
「うむ結構! 今度は聞こえてるようで安心したぞ……皆の者、さっきまでの事は忘れたほうが身のためだイイネ?」
<アッハイ
<隠蔽工作に必死で草
<言えない……もう切り抜いてアップしちゃったなんて……言えない
<言ってて草
<切り抜き職人、仕事早スンギ
「は? ちょ、切り抜……コホン、今後切り抜きは俺のカッコ良い所だけを切り抜くようにな」
◇◆ ◇◆ ◇◆
その後。何とか俺のキャラ設定を説明し、配信タグやファンアートタグの紹介、今後やっていきたいゲームなどを紹介を何とか40分以内に納め記念すべき俺の初配信はいろんな禍根を残しながらも何とか終えることが出来た。
その後。
一息ついてからTwitterでファンアートにいいねをつけたりしていると、またもやdiscordで着信が来る。マネージャーさんだ。
「申し訳ございませんでした!」
「えーと……とりあえず初配信お疲れ様でした、翼さん」
「配信とか初めてだったのでトラブってしまって、アレっすかこれはペナルティとかある感じですか?」
初手謝罪安定。
俺が敬愛するババ=ユタカ大先生の名言の一つだ。
謝罪をしないという事が謝罪であるという名言もあるにはあるが、アレは謝罪をしすぎてマンネリ化してしまった時に使う名言なので今回の場合は誤用である。
「音声トラブルの事でしたら、機材を提供した此方に責任がございますので翼さんがご心配する事はありませんよ」
「そ、そうっすか」
「それに撮れ高という意味ではバッチリですから。youtubeにあげられた翼さんの切り抜き、もう五桁再生いってますよ」
撮れ高。
それはV界隈で非常に重要視されるものである。V界隈での撮れ高は配信内で起きた面白かった所や見どころを意味する。
この撮れ高は界隈独自の切り抜き文化と密接に関わっているのだ。
切り抜きとは、配信の一部を切り抜いて字幕やbgmなどをつけ編集されたものだ。
大抵の切り抜き動画の概要欄にはライバーのチャンネルのURLが添付されていて、切り抜き動画から視聴者層の獲得するケースが少なくないそうだ。
簡単に言えば、ライバーを宣伝してくれる動画である。
マネージャーさんがdiscordのチャットで、件の切り抜きのURLを送ってくれる。
【新人ライバー】翼は堕ちたエンジェル(ぽんこつ)【ばーちゃるぷろじぇくと】
Vの沼にハマる者 1.9万回視聴 4時間前
ばーちゃるぷろじぇくとの新人ライバーで初の男性ライバーの黒乃翼くんの配信を切り抜きました!
翼くんのチャンネル↓
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わーお。
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