第28話

「どうしてお姉ちゃんたち怒ってるの?」

 

  部屋に戻るとアイとエイミーはお互いに背を向け離れて座った。相手の顔すら見たくないといったようである。

 

「まあ、フォニアにはまだ早いかもな、二人とも少し考え方が違うんだ。」

 

「ケンカしたらだめってママが言ってたの、仲直りしないとダメなのに。」

 

「どっちかが悪いとかじゃないんだ、どちらの意見も正しいんだ。」

 

「うーん、、」

 

 やはりまだフォニアには難しいようだった。エイミーの言うように確かに人間と魔族の争いがなくなればこの世界は平和になるのだろう。そう思っている人間もいるのは事実であるがアイ、マーニ、ベルカはエイミーが甘いと感じているのだ。


 アイにしてみたら自分の家族、そしてシバを苦しめてきた人間と共存など到底許容できないのだ。魔族と人間の争いはこれまでずっと繰り返されてきたのだ。歴史上で和平の話し合いがあったという事例はなく幾度として魔王が存在し人間と争ってきたのだ。

 

「じゃあベルカさんフォニアとこいつら二人を少しお願いしますね。」

 

 シバはベルカにこっそり耳打ちしマーニのもとへ向かう。

 

「はい、任せてください。」

 

 言葉を交わしシバが部屋を後にした。


 

「お待たせしました、」

 

「いや、何度も悪いね、二人の様子はどんな感じ?」

 

「お互いの顔も見たくないって感じです。フォニアもいるしベルカさんもいるのでおそらく大丈夫だと思いますが、」

 

「ま、当然だね、しかしエイミーちゃんも頑なだね、そこまで人間との共存に執着するなんて、」

 

「でも三日後人間に会わせるんでしょう?」

 

「そうなんだけど彼女にとってはかなり酷かもしれないんだよね、」

 

 マーニの口ぶりから何やら訳ありと言ったようだった。

 

「そこでだ、まず少年にこの都市の表と裏を見てもらおうと思ってね、今から題して“ポリス表裏観光ツアー”に行くよ!」

 

「は?今からですか?それならあいつらも、」

 

「少年、女の誘いに他の者を加えようとするのはいささか男としてどうなのかな、ましてや他の女だなんて、」

 

 シバの言葉を遮るようにマーニが言った。

 

「私がデートに誘っているのに、そんなにお姉さんとのデートが嫌なのかな?お姉さん泣いちゃう、それにこんなこと言うの少年だけだよ、」

 

 マーニは上目遣いで目をウルウルさせ露骨に泣き真似をしながら言った。

 

「そんな、露骨にされても、分かりましたよ、行きますよ、」

 

「そう来なくっちゃな、少年、」

 

 そう言うとマーニはシバの腕に自分の腕を組んで宿屋を出た。

 

「ちょっと、そんなにくっつかないで下さいよ、」

 

「おや~、少年、恥ずかしいのかな、」

 

「恥ずかしいですよ、こんな人前で腕組むなんて、それに、」

 

「それに?どうしたのかな~、少年、」

 

「い、いや別に、」

 

 腕を組むことは確かに人前では恥ずかしかったのだがマーニの“あれ”が当たっているのだ。ちなみにマーニは平均よりもスタイルがよく出るところはしっかり出ている。

 

「ウリウリ~、言わないとこうだぞ~」

 

 そう言ってマーニはさらにシバの腕を強く組んだ。当然感触は増す。シバの腕が挟まれていく、いや、埋まっていく。

 

「ちょ、マーニさん、あ、当たってるんですけど、」

 

「当ててんのよ、」

 

 マーニはシバに耳打ちするように言った。そしてフーっとシバの耳に息を吹きかけた。

 

「まじで、からかいすぎですよ!」

 

「いやー、一回言ってみたかったんだよね、当ててんのよって、」

 

「意味わかんないですよ!」

 

 シバはマーニの腕を振り切った。

 

「あーん、なんでほどいちゃうのよ、」

 

「僕の心臓がもたないからです、それにさっきから妙な殺気を感じますし、」


 

(死ねばいいのに、)

 

(くそ、羨ましい、死ねばいいのに、)

 

(イチャイチャしやがって、男の方死ねばいいのに、)


 シバたちとすれ違った主に男からのものだった。さらに恋人や夫婦の彼氏、旦那がマーニに見惚れ彼女、妻からの鉄拳制裁を食らう始末だ。そんな様子にやれやれと言う思いでシバはマーニに連れられて行った。


 さすがに腕を組むのは嫌だと言うと、手を差し出された。

 

「、、なんですか?」

 

「見てわからないのかな、手、握ってよ、」

 

「いやー、別にはぐれたりはしないでしょう、お互い子供じゃないんだし、」

 

「子供じゃなくても手ぐらいはつなぐと思うけどな、」

 

 少しマーニの雰囲気が暗く落ち込んでいるように見えた。

 

「、、まあ、手ぐらいなら、」

 

 そう言うとマーニは先ほどまでの落ち込んだような雰囲気から一変しニヤッと笑い指を絡める。いわゆる恋人つなぎである。

 

(やられたっ!)

 

「、、これはなんか違う気がします、」

 

「恥ずかしいのかな、少年?」

 

 フフッとマーニが笑い言った。

 

「いやー、少年は反応が面白いね、じゃあ、さっそく観光といこうか、」

 

 マーニとシバは都市の雑貨屋や食べ物屋などを巡った。いろいろな店を見ているとネックレスや指輪と言ったアクセサリーの類の店に差しかかった。

 

「少年、魔族のデートでは男性が女性に何かを買ってあげる習慣があるんだよ。」

 

「はあ、そういうものですか?なにせ魔族はともかく人生でデートなんてしたことないですから、」

 

「へぇ!じゃあ私が初めてなんだね、少年の初めての女は私ってことかぁ~」

 

「その言い方はなんかまた違ったニュアンスに聞こえるのでやめてもらえると非常に助かります、」

 

「ん?”人生初デートの”女だよ?何かな、別のニュアンスって?」

 

 マーニがまたニヤニヤしながらシバに問いかける。この時のマーニの表情は決まってシバをからかう時のものだ。さんざんマーニにからかわれてきたのでシバもマーニにからかわれていることを認識した。

 

 だがからかわれていると理解していてもマーニが毎回上目遣いでシバをからかいに来るので内心シバは一瞬ドキッとしてしまうのだ。もちろんシバも上目遣いがマーニの計算であることは百も承知であるのだが。アイに並んで敵わない女性ができてしまったと思うシバであった。


 

「で、何が欲しいんですか?てかそもそも僕硬貨持ってないですよ?」

 

「あー、確かに、宿泊費も私が出してあげたからね、今後の収入面でも考えていかないとね、プレゼントはまた今度期待することにするよ。」

 

「はい、なんかいろいろ申し訳ないです、」

 

「ってことは、またお姉さんとデートするってことだよね、お姉さん楽しみだなぁ~」

 

(やられたっ!)


 

 それからちょうどお昼ごろ飲食店に入った。またしてもシバは硬貨がないためマーニに払ってもらった。本当に収入について考えなくては男が廃ると思うシバであった。

 

「じゃ、そろそろこの都市の裏観光に行こうか。」

 

 食事を終えサービスの紅茶を飲み終えるとマーニの表情、そして声色がさっきまでの浮かれたものから厳しいものに変わった。シバもそれを感じ取り気を引き締める。


「少年、手をつなぐのと腕を組むのどっちがいい?」


「、、ちょっと、雰囲気台無しじゃないですか、ちょっと緊張してたのに、」

 

「やっぱりお姉さんとのデート緊張してたんだぁ、」

 

「違いますよ!これからの裏観光とやらですよ!」

 

「ごめんごめん、じゃ、行こうか、」


 マーニとシバは都市の中心地区から離れたところに着いた。中心地区に比べると賑わいには欠けるが道沿いには店が立ち並びそれなりに繁盛しているようだった。さらに進むと広場がありステージとその観客席が併設してあった。

 

「シバ、ここからは姿を隠して行くよ。」

 

「ロックはかけますか?」

 

「いや、今回は姿だけ隠せればいいから隠蔽魔法だけで十分だよ。それよりこっちこっち、ついて来て。」

 

 そう言うとマーニはステージ裏に回った。彼女についていこうとシバもステージ裏に向かったが彼女の姿はなかった。隠蔽魔法で姿を消しているからではなくすでにステージ裏にはいなかったのだ。シバがマーニの行方を捜すため索敵魔法を使おうとしたら下の方からマーニの声が聞こえた。

 

「少年、こっちだよ、こっち、下だよ。」

 

 人が一人通り抜けられるほどの大きさの床のタイルがガコっと持ち上げられた。その下には声の主のマーニがいた。

 

「さ、この下が文字通りこの都市の裏側だよ。」

 

 床にある隠し扉の先は階段が続いていた。薄暗いその場所はまさに中規模都市ポリスの裏側、そして、人間たちの闇を示唆しているかのようにシバは感じた。

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