第4話

 彼女は再び魔族の姿に戻りシバに言った。

「、、、本当のシバの家族の記憶、そしてあの日の出来事の記憶、戻してほしい?」

 シバは一息ついてうなずいた。

「もう記憶にも守られてるのは、守られてばかりは嫌なんだ。」

 彼女は心配そうにシバを見つめながらシバの額に手を置き記憶を戻した。



~~~~~~~~ 


『よし!シバ準備できたか?さあ森へ行くぞ、父さんについて来られるかな我が息子よ!』

 ある一軒の家から張り切った様子の男性がドアを開け中にいるであろう”息子”を呼んだ。

『ちょっと、あなた!シバはまだ4歳ですよ、まったく、シバ、母さんとお花を見ながら行きましょうねー』

 しかしその呼びかけに反応したのは毛先がきれいにカールしたロングヘア―の女性だった。見た者を虜にしてしまうほどの美貌の持ち主は”息子”の手を引き家から出てきた。

『おいおい母さんそれはないぜ、4歳でも立派な男だ、』

『馬鹿なこと言ってないで三人で行きますよ、ふふっ』

 賑やかな王都からやや離れた森の近くには自然に囲まれ幸せそうな三人家族がいた。

 両親の顔は見えないが言うことやること大胆で男前な父親、おっとりしていると思えば結構厳しめの母親に育てられ4歳のシバは本当に幸せそうであった。


 しかし、その幸せそうな顔は一瞬にして苦痛と絶望に変わった。



『シバ、お前は父さんと母さんの自慢の子だ!生きろ!男らしくな!』


『こ、こんな時まで、あなたは、そればっかりですね、まったく、シバ、男らしくなるのも大事だけれど、だ、誰かのために、全力で助けてあげれるような男に、なりなさい!』


 二人の声の様子から緊迫した状況であることがわかるがそれでも二人の言葉には温かみがある。


『お父さん!お母さん!待って!どうして僕だけ守られてるの!?二人は大丈夫なの!?ねえ!』


 シバの周りは球状に何重にも防壁で覆われていた。


 外側にはシバに向けて魔法陣を展開している父親と母親の姿があった。


 よく見ると二人とも顔色は悪く酷く疲弊しているようだった。


 魔力量の問題か母親が片膝を地面に着いた。体力の限界が来たようだ。


『シバ!愛してるぞ、生きて為すべきことをしなさい!』


 母親の様子を見かねた父親がシバに向かって力強く言った。


『そんな!いやだ!いかないで、僕を一人にしないで!』


『シバ、父さんと母さんは天国でずっと見守っている、だから安心していい。、、そ、そう言えばまだ聞いてなかったな、シバは将来何がしたいんだ?』


 父親にも限界が近づいてきたようだった。しかしそれでも最後にシバに尋ねた。


『あ、あら、私も最後にそれ聞きたいわ、あ、あなた、最後にいいこと言ったわね、』


 限界のはずなのにそれを押し殺すような笑顔で母親も賛同した。


 ひどく疲弊し充血した目からは赤い血が垂れる。それでも笑顔で気丈に振る舞う母親を見て幼いシバはなんとなくわかってしまった。


 目の前にいる父親と母親は自分の命を犠牲にしてでも自分を守ろうとしていることを、両親は死んでしまうということを。


 だからこそ目に涙をためながらもシバは言った。


『僕は、僕は、今は無理かもしれないけどいつか誰よりも強くなって悪いことしてる人をやっつけたい!守られるだけじゃなくて誰かを守る人になる!だから見てて、天国で僕のこと見ててよ!』


『いい答えだ!さすが我が息子だ!』


『そうね、いっそのこと、母さんたちの仇でも、打てるくらいまで強くなっちゃいなさいっ!』


『母さん、それはちょっと言いすぎなんじゃないかな、』


『あら、あなた何言ってるのよ、やっぱり、やられたらやり返さないとでしょ!』


 我が子を守るためにその身を犠牲にしていても最後はいつものように気丈にパワフルに振る舞う母親とそんな彼女に頭が上がらない父親の姿がそこにはあった。


 自分の力ではもう支えきれなくなり倒れこむ母親を父親が受け止める。


『、、、そうかもしれないな、シバ助けるべき相手を見極められるようになりなさい、高い権力、能力だけがすべてではない、あとはお前が自分で判断して行動するんだ!』


 父親が母親を抱きかかえながら言った。父親も口元から頬を伝い血が流れ落ちる。


『『命ある限り生きることをやめるな!』』


 二人は口をそろえて言った。


 直後二人の顔にかかっていた靄が消え父親と母親の笑顔が見えた。 


『じゃあな、我が息子、シバ、』


『バイバイ、シバ、、』


『お父さん、お母さん、僕、、、』


 父親は母親を抱き寄せ二人はシバに向かってまた微笑んだ。


 直後魔法士による大爆発を伴う攻撃が二人を包み込みこんだ。



 シバが何かを決意した時何重にも展開された防壁は瞬時にひびが入り消滅していった。


 勢いが弱まることなく次々に防壁を破壊していく。


 だが最深部の防壁に到達する頃には魔法士たちによる攻撃の威力は幾分か殺されつつあった。


 それでもシバの両親二人の命を懸けた防壁は魔法士たちの攻撃から完全にシバを守るには至らなかった。


 最深部の防壁に亀裂が入りシバも爆風に巻き込まれた。


 シバはとっさに力を込めた。


 すると全身に温かいぬくもりを感じた。まるで父親と母親に抱きしめられているようだった。


 シバの全身は光に包まれた。光はオーラのように全身を纏いシバを覆い爆発から守った。


 しかし命に別状はないものの重傷を負ってしまった。


~~~~~~~~



 再びシバの目には涙が浮かび頬を伝って流れ落ちた。

「、、、そしてあなたは重症にも関わらず私を助けた。その時に一族を殺されて一人ぼっちになってしまった私にあなたはこういった。、、、」


『命がある限り生きないとだめだ!』


 シバは自分の記憶の奥に引っかかっていたものが取れた気がした。

「、、、この言葉に私は救われた、だから私はずっとあなたにお礼を言いたかった。でも私は魔族だから本来の姿ではあなたに迷惑になってしまう。」

 人間と魔族は互いに敵対関係にあるからだ。

「だから俺の姉という形で俺のそばにいたのか?」

「、、、そう、感謝の気持ち、でも本来の姿ではまだ言っていない。シバ、助けてくれてありがとう、」

 この時彼女の表情は彼女なりの精一杯の笑顔だった。シバはその優しい笑顔に見とれてしまった。

「、、、シバ、顔赤い?」

 覗き込むように彼女はシバを見た。

「ばっ!あ、赤くねーよ!」

「、、、もしかして照れてるの?」

(こ、こいつ、、)

 シバは無表情であるが彼女の目がいたずらっ子のような目のように感じた。

「て、照れてねーし!そういう顔もできるんだなって思っただけだからっ!」

「、、、ふーん、ならそういうことにしてあげる」

 表情には出さないが一瞬「フフッ」という笑いが聞こえたような気がしたシバであった。

「まぁ、俺からも言わせてくれ、形はどうあれずっと俺のそばで支えてくれてありがとう、俺のことを考えて記憶を書き換えてくれて、そして本当のことを教えてくれてありがとう。本当にありがとう。」

「、、、!」

 彼女は一瞬はっとし照れたように俯き頬を赤らめうっすらと笑みを浮かべた。

「、、、別に、私がやりたいようにやっただけだから。」

「それでもここまで育ててくれて、武術を教えてくれてありがとな、姉さん。」

「、、、それはもうわかったから。、、、それよりもう姉さんではない。これからは姉さんって呼ばないこと。」

 姉が弟に言い聞かせるように彼女は言った。

「そんなこと言ってもなぁ、姉さんは姉さんだし、俺にとって姉さんであることには変わりないし。」

「、、、本来の私を見て、」

 彼女の断固として揺るがない眼差しにシバは折れた。

「、分かったよ、なんて呼べばいい?」

「、、、名前はない。」

「そうだった、、」

「、、、うん、私たち魔族に個々の名前は存在しない、あるのは種ごとの名称だけ。、、、あなたがつけて。私の名前、」

「まじか、なんとなくそんな気もしたけど、じゃあ、アイなんてどうだ?」

「、、、アイ、意味は?」

「俺たちは愛する家族を唐突に奪われた。悲しみ嘆いた。アイには二つの意味がある。一つは俺たちに最もよくあてはまる哀しいという意味だ。もう一つは俺たちが奪われた家族への愛だ。俺たちは哀しみだけにとらわれずに愛を心の奥に秘めて生きていこうっていう感じかな。それを忘れないように俺のそばにいるアイ、お前にこの名前を付けようと考えた。」

「、、、まだシバは私に甘えたいということでいいの?」

「、、なんでそうなるのか説明してほしいのだが?」

「、、、私がずっとそばにいるっていうのが前提でアイとつけた気がしたから。言われなくてもあなたのそばにずっといるから、大好きなあなたから離れることはない。」

「お前それいってて恥ずかしくないの?」

「、、、恥ずかしいわけない、だって本心、ずっと想ってきたことだし今更恥ずかしがってもしょうがない。、、、それより、私の名前はアイ、お前じゃない。」

「ったく、もう何でもいいよ、」

「、、、ふふっ、」

「なぁ、アイ、さっきの記憶で父さんたちが作ってくれた防壁が壊れる直前に俺が言った言葉が轟音でかき消されてたけど今なら何て言ってたかわかる気がする。」

「、、、なんて言ったの?」


「学院や国に復讐して二人の仇をとる。」


 シバの言葉にアイは少し顔色を暗くし、心配そうな表情でシバの顔を見つめた。だがすぐにうっすらと笑みをこぼし言った。

「、、、シバ、私はどんなことがあってもあなたについていく、けれどそれはすごく危険なこと、」

「ああ、分かってるよ、けどもう決めたんだ、復讐するって、」

 こうしてシバの復讐劇は幕を開けるのだった。

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