クラゲ漂フ

森林木

第1話

 文化祭や体育祭などというイベントが終わり、夏の暑さだけが残る9月のこと、三島大貴は決意した。


「あ、あの……」

「なに?」


 放課後、大貴は一人で歩いていた桜井ほのかに話しかける。ほのかは校内一といわれるほどの美少女だった。ほのかは学校指定の制服を着崩し、艶のある長い黒髪をなびかせ振り向いた。


「こ、今週のや、休み、の日、ぼ、僕と……」


 大貴は緊張してうまく喋ることができない。大貴は普段クラスメイトともあまり会話をしないので当然だった。それに、女子相手となればなおさらだ。


「もうちょっとゆっくり喋ってくれる? なにいってるかわからないよ」

「……ふ〜」


 大貴は息を整える。そこには並々ならない覚悟が宿っていた。


「……あの、週末一緒に出かけませんか?」


 二人の間に一陣の風が吹き抜ける。


「あ〜……」


 ほのかは大貴の一言で理解した。大貴がほのかに気があるということくらいすぐにわかった。それだけ、ほのかは色恋沙汰に慣れていた。


「わかった、いいよ。日曜日なら空いてるから」

「えっ……」


 大貴は呆気に取られて次の一言が出てこない。まさか承諾されるとは思っていなかった。今までどんな人からのアプローチでも断ってきたという桜井ほのかがまさか大貴の話を快く受け入れてくれるはずがなかった。


「そ、それ、本当?」

「そうだよ」


 ほのかは軽く返したが自分でも自分が何をいっているのかわからなかった。いつものように断ろうとしていたのに口から出たのは全く逆の言葉だった。

 それは大貴が彼に似ていたからなのかもしれない。


「それで、どこに行きたいの?」


 ほのかは動揺が声に表れないように素っ気なく言った。

 この町の近くに男女の二人で行くような場所ない。ほのかは少しの遠出は覚悟していた。けれど、大貴が発した言葉はほのかの予想を軽く超えていた。


「水族館……」

「えっ、今なんて……」

 間髪入れずほのかは聞き返していた。

「あの、水族館に行きたいって言いました……」

「この県、海ないんだけど」

「そんなのはわかってるんです。でも、水族館じゃなきゃダメなんです」


 大貴の目ははるか遠くを見据えているようだ。


(これは何を言ってもダメなやつだな……)


 ほのか自体水族館が好きだった。


「わかったよ日曜日ね。集合場所は……」

「駅前にしましょう。駅前に朝の7時に」

「……わかった。日曜日の朝の7時に駅前ね。それじゃあ、また今度」


 そういうとほのかはスタスタと歩いて行ってしまった。そして、大貴は一人その場に残された。

 それから数分の間大貴はその場から動くことができなかった。ついさっきのほのかとのやりとりを思い出す。時間にして1分足らずだったが大貴には永遠の時間にも思えた。

 けれど、なにはともあれ今週の日曜日、ほのかと出かけることが決定した。


「やったー!」


 大貴は大声で叫ぶと両手を高々と突き上げた。

 幸いにもその姿を見ている者はいなかった。

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クラゲ漂フ 森林木 @moribayasiboku

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