第8話 最下層の再会からの再開

 アイが視線を部屋の奥に向けた。

つられるようにアマンダもそちらに目を向ける。

さっきまでは気にしなかったが、確かにさらに奥に通じる通路があった。

暗く、光の届かない暗闇が延々と続いているような、真っ暗な通路。

壁も床も全てが岩で敷き詰められた、いかにもモンスターか何かが出てきそうな、不気味な通路。 

しかしビビリのハズのアイは平然としている。 彼女はここを熟知していて、危険ではないコトを知っていた。

アマンダを導くようにアイは前を進み、10mほど行った先に錆だらけながら、見るからに堅牢そうな鉄格子がはめられた牢獄があった。

目を細め、その牢獄の奥を凝視すると、冷たく狭い牢獄の隅に、怯えるように小さくうずくまる人影らしきものが見える。

「っ!!」

その人影が誰なのか、アマンダにはすぐに分かった。

アイから聞かされるまでもない。

愛しいライノを誰が見紛うワケがなかった。

「ライノッ、ライノだろっ?!」

「ひぃっ!!」

ぶつかるほどの勢いで鉄格子を掴み叫ぶアマンダに、中にいたライノと思われる人影は、驚いて弱々しい悲鳴をあげた。

どのくらい閉じ込められていたのだろう、怯える彼女の肩や足元、周りに埃が積もっている。 怯えて動いた勢いで舞い上がる、埃の向こう側にいるライノの姿を、あらためて見ると、

(うあぁ〜、ゲーム画面と違ってリアルだと、マジでホラーだわ…………)

かつてアイがゲームで見た囚われのヒロイン、この世界ではライノの姿はR指定にならないようにしてか、ラフなドット絵一歩手前の何とか見れる画であったが、今、目の前の彼女の姿は直視に耐えないグロさだった。

抉られた両目は、ありあわせの包帯代りに当人の服を破って巻きつけてあったが、滲んだ血で元の色も分からない。 暴行も受けたのだろう、手足には無数の傷も残っている。

ひどい扱いを受けたのだろう、アマンダに気づかず今もライノは隅で小さくなり、震えて怯えていた。

「ライノッ、私だっ!」

「お願い、もう許してっ……………、帰らせてください………………」

アマンダに気づかないライノは、眼球のないはずの目から涙を流すかのように泣き声をあげて懇願している。

あまりにも哀れなその様子に、本当は実在しない、ただのゲームキャラと分かっているアイも胸を締め付けられた。

「ライノッ、私だ、アマンダだっ! 分からないのかっ?」

「………………お、お姉ちゃん……………………?」

恐る恐るライノは問い返した。

「そうだっ、私だっ、今すぐ助けてやるぞっ!!」

鉄格子を掴み、引っ張ったり揺すったりして破壊を試みるアマンダに、

『え、と、確か牢屋の鍵はこの奥のミミックを5匹倒して……………』

アイはアマンダにアイテムの入手方法を言おうとしたが、

 ガシャンッ!!

錆びて強度が低下していたのか、単にアマンダがゴリラ女だからか、鉄格子が枠ごと引き剥がされた。

『………………………うん、まあ、そんなこともあるよね…………………』

プレイヤーの行動次第で設定が変わってしまうことなんてあるのか?

そもそも知能がなアイにわかるワケもない。

ともかく、目の前で起こったコトが事実なのは間違いないのだからと、そう自分に言い聞かせた。

アマンダは鉄格子を投げ捨て、弱り切って動くことも出来そうにないライノに駆け寄り抱きついた。

「怖かったか? もう平気だからな。 みんなも近くに来ている」

「うあああああぁぁぁぁん」

ずっと怯えていたライノは、ようやく安堵すると堰を切ったように泣き出した。

アマンダはそんなライノを抱き寄せ、

「よし、みんなの所へ行くぞ」

「うん」

弱々しく返事をするも、目が見えず足下が覚束ないライノの手を取り、アマンダはアイが言った上の階に続く階段に向かった。


 異様に長い階段を登り地下4階にたどり着くと、そこはさっきまでいた地下5階とさほど変わらない、岩を敷き詰めた壁と床だけのダンジョンであった。 階段が長かったから中二階でもあるのかと思われたが、そういうわけでもなく、途中で深い沼のトラップがあるからだと、アイは説明した。 ゲームでも階段のシーンは省略されているので、そこはアイの想像でしかないが。

ライノは疲労と恐怖から解放された安堵から、途中からアマンダに背負われスヤスヤと眠っている。

 登ったばかりのダンジョンには、階段のすぐ隣に行き止まりの通路があった。 これはこの階の最後のトラップで、何度もここに強制的に戻される転送魔法陣の出口になっているらしい。 そこの突破方法もアイは知っていたので問題はなかった。 何でそんなコトまで知っているのかアマンダは聞きたかったが、おバカさんの彼女に聞くのは癪に触るので聞かなかった。

どうにも納得いかないまま、この階での最難関を前にした。

通路の行き止まりに豪壮な扉があり、そこを通らなければ次には行けない。

どんな敵がいるのか気にはなるものの、妙にアイが落ち着いているので、さほどヤバイ相手はいないだろうとアマンダは思ったが、

「な………………何で???」

別の意味で困惑した。

そこは一階で転送された部屋と変わらないほどの広さと作りで、地下だから当然だが窓はなく、ただただ石の壁だけの殺風景な部屋であった。

その部屋の真ん中あたり、中空に漂うように立つ小さな人影には見覚えがある。

ダイヤモンドバックと変わらぬ小柄な老人で、長く伸びた白い顎髭を見れば、どこか仙人っぽく見えなくもないが、金糸で装飾されたローブを纏った姿は、どこか高貴な雰囲気がある。

「モーゼルッ?!」

『………………誰?』

アイは一瞬困惑したが、少し考えて1階にいたリザードマンのザウアーと同じく、かつてアマンダ達と一緒に旅をしていた仲間の名だと思い出した。

たしか魔法使いだとかどうとか聞いた記憶があるが、アイはザウアー同様にゲームキャラの使い回しと解釈して、

『あ〜、え〜っと、うん、そっくりさんだから気にしないで』

と、今はザウアーのときように、戦闘を戸惑われてもらうわけにはいかないと、そう説明した。

「そ、そっくり……………? い、いや、間違いな…………………」

『そっくりさんです!!』

珍しく真顔で、顔を近づけキッパリ言うアイに、アマンダは少し気圧された。 一方、そのは少し仰々しく両手を広げ、

「儂はこの暗闇の部屋に300年間封印された…………………」

言いかけるとアイはアマンダの方をチラリと見て、

『……………ね』

「…………………………うん」

アイの話を信じるしかなかった。

300年間封印されていた相手が、数年前まで自分達と行動を共にできるわけがないのだ。

そのそっくりさんは胡散臭い話の続きを語りだした。

あまり本気にしないまま聞くには、彼は邪悪な魔法使いで長らくこの部屋に閉じ込められていたのだと言う。

「それにしても何で脱出しようとしないんだ? 普通に扉を開けて出れるだろ?」

『封印された魔法使いっていう設定なんです。 さっきのランタン出してください』

「ん……………ああ、分かった」

アイとアマンダの会話に関係なく、そっくりさんは延々とさっきの自己紹介の続きをしていた。 封印されたことに対する恨みがましい愚痴に聞こえなくもない。 もちろん、そんなコトは無視してアマンダはアイに言われるまま、ランタンに火を灯した。 すると、

「うわあああああああああああっ!!」

そっくりさんの、自称封印された魔法使いは、悲鳴をあげて両目を抑えてもがき苦しみ、徐々に燃え尽きるように消滅していった。

「……………………………………ええ〜と?????????」

『必要なアイテムだ、って言ったでしょ。 ずっと暗闇にいたから光が弱点なんです。 このランタンコレがないと意外と手こずるんですよ、あのそっくりさん』

「う、う〜ん………………………」

かつての仲間のそっくりさんの呆気ない最期に、妙に虚しいモノをアマンダは感じた。


 その後もアイのゲーム知識のおかげで、難なく地下ダンジョンを次々クリアし、ものの1時間後には地下2階の最終ステージにさしかかっていた。

今までで最も重厚な鉄の扉を、ここへ来るまでにゲットしたアイテムで重武装したアマンダは、仁王立ちで見上げている。

さすがに体力自慢の彼女でも、この質量は堪えるようで肩で息をしていた。

『あ、上に行く前に、ここでもう一つ手に入れないといけないアイテムが………………』

「ち、ちょっと待てぇーっ!!」

アイの言葉に怒気を込めてアマンダが食い下がる。

すでに彼女は、ここに来るまでアイに必要だからと言われるまま、様々なアイテムを持たされて来ていたのである。 

大剣2振、盾3つ、妖刀の短剣に一人なのに金と銀の鎧にその他諸々、ミミックではない普通の宝箱にも収まりきらないだろう量のアイテムを持たされ、憤慨していた。 そのくせ、眠ったままのライノを起こさないよう、背負ったまま下ろそうとしないのはさすがであるが。

「いくら何でも、これ以上持てないぞ!」

『ご心配なく』

言ってアイは、アイテムとライノに押しつぶされそうなアマンダを、何故か扉を無視して通路を数歩戻り、

『え〜と、確かここだったハズ』

壁の石垣の一部を指差し、

『ここ、隠し扉になってて奥に隠し部屋があって、そこに装備を置くようになってます』

「ホントか?」

言われるままそこを触ると、壁そのものがホログラムになっているのか、アマンダは抵抗なく壁を素通りできた。 通るとアイが言った通り小さな隠し部屋となっており、奥の床に魔法陣が光っている。

『ソコに全アイテムを置いてください。 等価交換で代わりに新たな、最後に必要な武器が出現しますから』

もう、何が何やら分からず、アマンダは背負っていたアイテムを置いた。

このとき、アイテムと一緒にライノも魔法陣に置きそうになったが慌てて引き戻した。 危うくせっかく救出した彼女を失うところであったと。

剣に盾、鎧をアイに指示されるまま、魔法陣の上に並べ直すと、それらは淡い光に包まれると、すぐに消失した。 そしてその後には一振りの刀が現れた。

「これって…………………」

アマンダにも見覚えはあった。

黒漆の鞘に紫色の柄巻、勝虫と呼ばれて縁起のいい蜻蛉を象った目貫と、前に見たモノとは少し拵えは違ってはいるが、間違いなくヴォルの世界で見た日本刀と呼ばれる剣である。

『ふふふ、これこそラスボス討伐に必要な最強アイテム、ムラマサ〜ッ!!』

「…………………そ、そうか…………………?」

自慢げに言うアイに対し、「村正」の凄さを知らないアマンダには、ヴォルが持っていた祐定との違いが分からなかった。

「それにしても、ライノはぐっすり眠っているな? ここまで何度か戦闘はあったのに、よほど疲れているのだな」

『プレイヤーの邪魔にならないよう、1階に戻るまでスリープ状態の設定になってるんだよ。 1階に到着したら起きるから心配ないです』

「いや、ホント、おまえの言ってるコト分からんのだが?」

『まあまあ、とにかくサクッと次行きましょ。 お次の相手はケルベロスだけど、弱点も対処法も知ってますから』

ケルベロス……………普通なら強敵のハズなのだが、地下5階からの経験から、アイの情報で何とかなると思えたからか、いち早く1階に戻らねば、という焦りからか、アマンダは敵の名を聞いてもさほど緊張はしなかった。

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