第6話 科学的に正しいゾンビの作り方

(魔王………………か)

とうとう、非科学的存在の代表選手登場だ。

(マジで頭がおかしくなりそうだ………………)

もう、どうとでもなれ、といったノーマン達に対し、魔王と聞いて、

『えっ、魔王』

と、アイだけは目をキラキラさせていたが、オタク思想を通常の人間に理解するのは不可能なコトである。

彼女の反応は無視して、

『それで、その魔王退治、というわけか?』

『ああ、偶然にも地元の王から、魔王討伐の依頼も受けたからな』

『ずいぶんと都合のいい展開だな。 しかし何故、王は自らの兵士を向かわせない? こんなことは冒険者の仕事ではないだろう?』

『王の配下はすでに全滅状態だった。 そこで私達に依頼がまわってきた、という訳だ』

今の話でノーマンは、何故配下が全滅した王が国のていを保っていられるのか、と思った。

地元の王、という事は複数の王国があるのだろう。

配下全滅となれば、他の国が攻めて来るなり、支援するなりあるだろう。

(……………………やはり不自然だな?)

まあ、他の国の王も魔王を恐れているとしたら、高みの見物、もしくは事の成り行きを指をくわえて見ている、といった可能性もあるのだが?

『話はここまでだ。 魔王城まで、もうすぐなんでな』

なるほど、ここまで民家を見かけなかったのはそのためか、と納得したところで、

「そろそろ行くぞ」

と、ダイヤモンドバックが声をかけてきた。

アマンダは『じゃあ』とだけ言って元の身体に戻り、

「分かった」

と、妙に落ち着いた声音で答えて立ち上がった。

彼女らしからぬその落ち着きに、ダイヤモンドバックは不思議そうな顔をした。 いつもと違う彼女の雰囲気を気にしつつ、

「はら、おまえらも行くぞ。 魔王城までもう一息だ」

「ああ」

「ええ」

アマンダ達は再び歩き出し、ノーマン達もその後に続いた。


 ダイヤモンドバックの言った通り、しばらく歩いて小高い丘を越えると、眼下に開けた土地があり、その真ん中に城壁に囲まれた古びた城があった。

魔王の城といえば、どこかの山奥とか、断崖絶壁の上といったイメージもあったが、元々どこかの王国の城でも乗っ取ったのだろう、人が住めるような、石造りの城となっているようだった。

とはいえ、さすがに人外である魔王とやらの城だ。 城壁の外にも内にも

得体の知れない化物が何匹も徘徊している様子が、今いる丘の上からでも一目で分かった。 あの化物は………………………、

「何て数のゾンビだ!」

シュマイザーが驚きの声をあげた。

「ああ、予想以上だ」

「どうやってあの中を抜けて城に潜入するの?」

「何とかするしかない」

アマンダ達も混乱しつつも、気持ちは折れていない様子。

彼らに声は聞こえないながら、アイも、

『どどどどど、どーするんですか、あの数のゾンビィィィ』

と、ゾンビに襲われる心配のない霊体のくせに、ビビりながら言ったが、

『ゾンビ、だと??????』

『化物のことはよく分からんが、あれはゾンビというのか?』

『違いますよ。 あれはどちらかというと、アンデッドと呼ばれるモノです』

ノーマン達は違う意見のようであった。

『ど、どゆこと???』

『え〜とですね。 そもそもゾンビってのはぁ……………………』

レベッカの説明によると、ゾンビとは宗教上で罪人を罰する際、分量を調整した毒(テトロドトキシン等)で仮死状態にし、世間的に死人とさせた罪人を蘇生後、アルカロイド(スコポラミン等)で脳を正常に働かなくさせるというものである。 それを映画などで間違った表現に使われ、いつの間にかそちらが正しいと勘違いされるようになってしまったのであろうと思われる。

つまり、モノホンのゾンビなら、噛み付かれても感染などしないのである。 もし読者諸氏がゾンビと遭遇したなら、試しに噛み付かれてみてはいかがだろう。

本物のゾンビなら何の心配いらないでしょうから。

「え、そーなの?」

今までゾンビと思っていた怪物が、ゾンビではないと知って、アマンダは見えないはずのレベッカに聞いた。

「え?」

「どうした?」

突然、誰もいない方向に話しかけるアマンダに、3人の視線が集中する。

「とうとう頭がおかしくなった?」

呆れ顔のラハティに言い返せず赤面するアマンダに、

「透明人間でもいた?」

と、追い打ちをかけるように言うラハティの横で、

「それだっ!」

ダイヤモンドックが何かを思いついたように言った。

『………………………アレ? この展開って?』

ダイヤモンドバックのその一言に、何故かアイが反応した。

(この展開、前にどこかで見たことあるような?)

と思ったが、それが何なのかが思い出せない。

一体何だったのか、ない頭で必死に思い出そうとしているが、記憶の元であるアイ本体の脳は、前の世界に置いてきたままだからか、なかなか思い出せない

「どうしたんだ?」

「奴らゾンビは、今までの調査で目が見えない事は知られている。 いや、正確には見えても獲物と認識できる知能がないんだ。 ゾンビは獲物である生きた人間を、匂いで探すらしい」

「そ、それで?」

「我らも奴らと同じ死人となればいい。 そうなれば我らはゾンビにとって透明人間となってしまう」

ダイヤモンドバックの話に、一同は唖然とした。 

もちろんそれは、彼らからはマジもんの透明人間であるヴォル達も同じハズなのに、アイは珍しく真顔だ。

『お花だ』

『ん?』

『大きなお花を探すんだ』

『どういうことだ?』

ヴォルの問いが聞こえたわけではないが、その問いに答えたのは、ダイヤモンドバックだった。

「ここに来る途中の森の中で、大蒟蒻の花を見かけた」

大蒟蒻の花とは、もちろん蒟蒻の花の一種である。 

その中でもスマトラオオコンニャクは世界最大の花で、死体花の異名があり、その香りは死体臭そのものだ。

「こいつを身体に擦り込んでおけば、奴らに我らの姿は見えないハズだ」

「え〜っ(×3)」

一同は、特にラハティが不満そうに声をあげた。

一方、その話を聞いていたアイは、なぜか真顔となり、

『他にここを通過する方法はないよ』

と、そんなコトは知っているぞ、といった口ぶりで言った。

『何で君がそんなコトを知ってるんだ?』

『…………………え?』

『だから何で花のコトや、ここを通過する方法を知っているのかって聞いてるのだが?』

『…………………あれ、何でだろう???????』

急に我にかえったアイは、自分で言って自分で不思議そうにしている。

これもまた、さっきのディープ・アイと同じように自身の知識にあったのか、今まで何度かあった、謎の声によるものなのか、謎は深まるばかりだ。

『おいおい(^ ^)』

『何で何で何で、怖い怖い怖いっ(焦&涙目)』

『怖いのはこっちだって』

パニクってアタフタするアイに、ノーマン達は気味悪そうに距離を置き、

『に、逃げないでくださいよぉぉぉっ』

アイが泣き顔で追いかける様は、こっちの方がゾンビ映画に見えなくもない。 シュマイザー達は自分達に見えないアイ達が、そんな間抜けなコントをしているともつゆ知らず、ダイヤモンドバックに促されて、例の死体花が咲く近くの森の方に向かった。 その様子を見て、ノーマンが小首を傾げた。

『?』

『どうかしました?』

『いや、いくら必要と言っても、誰もさほど躊躇いなく、そんな異臭を自らの身体に擦り付けるコトが出来るのか?』

レベッカの問いに答えたヴォルの疑問ももっともだと思えたが、

『でも、仲間の、え、と、ライノさんでしたっけ? 彼女を助けたいって気持ちが、それだけ強い、ってコトなんじゃないですか?』

レベッカはそう言うものの、どうにも気になるのだろう、例の花が咲く森に向かう一同の表情を伺うと、シュマイザー達の顔は、何故か無表情だった。

まるでそれが、必然だと知っていてか、それとも誰かの意思で動かされているかのようにも見える。

アマンダ以外、全員がロボットのように無表情だった。


 森の中に入ってすぐ、その花は見つかった。

それは花と言われなければ花に見えなくもない、異様な形状をしている。

地面から飛び出し、少し形の崩れた巨大なラッパのような花弁から、これまた巨大な雌蕊が天に向かってそそり立っていた。

その大きさは、優に2mを超えている。

それこそ本当に、お伽話や映画に出てくる人喰い植物のように見えるが、信じがたいことにこれは実在する花なのである。

以前、ラフレシアが世界最大の花と聞いた事があったが、ではこの花はどうなのだろう? どう見てもこちらの方が巨大なのは明らかなのだが?

ともかく、死体花を根本から切り離し、ダイヤモンドバックは自らの身体に擦り付けた。 続けてアマンダ、シュマイザー、ラハティが無言で同じように、花の香りと呼ぶには程遠い異臭を、身体に擦り付けていく。

あまりの異臭にアマンダは表情を歪めたが、ダイヤモンドバック達はさっきまでと同じく、誰かに操られて行動しているかのように無表情のままだった。 その不自然さに、ノーマンは再び眉根を寄せた。

『……………………』

『納得いかない、って顔ですね』

レベッカの問いに、死臭を纏って魔王の城に向かうアマンダ達を目で追いながら、ノーマンは新たな別の疑問を口にした。

『アイの話や彼らの行動もそうだが、こんなにも都合よく、こんな花が咲いているのも出来すぎている気がするのだ。 そもそも、私の記憶が正しければ、この大蒟蒻の花は数年に一度しか咲かなかったハズだ』

確かに、そんな低確率のラッキーが起こるなんて、あり得るのだろうか?

では何者かが、一連の出来事やシュマイザー達の行動を操っているとでもいうのだろうか?

『この世界は、何から何までありえない事と都合のいい展開ばかりだ。 異世界とはいえ、こんな世界がありえるとは思えないのだが…………………?』

謎は深まるばかり。 ノーマンは先の読めない胸騒ぎを抱いたまま、アイ達とアマンダ達の後を追った。


 死臭の効果は絶大だった。

ゾンビ、いや、さっきも説明したようにこれはゾンビではないのだが、面倒なのでここはゾンビということにしておくが、ゾンビにはアマンダ達の姿が見えていないかのように、4人はその中を何事もないかのように悠々と抜け、あっさり城内に入り込めた。

(ゾンビ無反応って、そんなブラピ主演の映画あったっけ)

イケメン目的で観た映画なので、アイは作品のタイトルが思い出せなかった。 2013年公開されたその作品では、ゾンビではなく新種の狂犬病とされていたが、通常の狂犬病も噛まれたりすると人でも感染する、凶暴になる、致死率100%と、考えてみれば狂犬病ってゾンビウィルスとほとんど変わらないような気がする。

日本は狂犬病ウィルスが撲滅されてよかったが、地球上から消え去ったわけではなく、今も世界では年間数万件の報告があり、いつまた日本で発症しないとも限らないので、読者諸氏は決して安心しないでもらいたい。

さて、第一関門を難なく抜け、あっさり城内に入った一同ではあるが、

『……………………あ〜、やっぱりね』

やたら重い重厚な扉を、やっとの思いで開けた途端、アマンダ達は絶望的状況に至った。

あまりにベタな展開に、アイさえ呆れてしまっている。

城内に正面から入ったその開けた大広間に、巨大な影がとぐろを巻いていた。 目視で全長は20mあるか、尻尾を入れればそれ以上のサイズだろう、全身が鱗に覆われその体躯に見合った巨大な後脚に対し、不釣り合いに小さな前脚には、これもまた不釣り合いな象牙ほどの巨大な爪がはえていた。 トカゲにしか見えない頭部は大人を丸呑み出来るような口に、いかにもといったノコギリのような歯が並んでいる。 そしてその背には今度は体躯に見合った巨大なコウモリのような翼も見えるが、もちろん地球の重力下では、このサイズの巨体を翼の羽ばたきで飛ばすには、物理的にはあまりに小さい。

『あ〜、これがよくお伽話に出てくるドラゴンとかいうモノか?』

『そもそも、こんな巨大な生物が、どうやってこの城内に入れたんだ?』

『見渡しても出入りできるような扉もありませんしね、子供の頃からいたんじゃないですか?』

『ではきっと運動不足だな。 巨体の正体は筋肉ではなくぜい肉か』

『不健康なヤツだな。 敵として恐れることもないだろう』

『ですね。 見掛け倒しです』

霊体であるため、物理攻撃による被害がないと分かっているからか、こんな事態にもノーマン達は気楽なものだった。 ここまでのコトで、霊体の自分は被害を受けないとようやく安心したアイも、同じようにドラゴンを小バカにしている。

『引きこもりでニートォ? ゲームもネットもなしでぇ? プププッ、かわいそ〜にぃ〜(笑)』

ずいぶんな言われようだ。 もしも彼らの声がドラゴンにも聞こえていたら、数HPの精神攻撃ダメージを受けていただろう。

しかしドラゴンにはアイ達の姿の見えず声も聞こえないため、牙をむくのは剣や弓で身構えるアマンダ達の方だった。

唸り声をあげてアマンダ達を威嚇するドラゴンを、何気なく見ていると、

『皆さ〜ん、こっち来てくださ〜い。 部屋全体を見渡せますよ〜』

ふと声の方を見ると、いつの間にか広間の入口側上方にあった中二階の踊り場に移動していたレベッカの姿があった。

『え、どうやって行ったの? どこか階段とかあった?』

アイが辺りを見渡すが、それらしい階段も通路も見当たらない。

『何言ってるんです? 私達は今霊体なんですよ』

『……………おお、そうか。 何で今まで気がつかなかったんだ?』

苦笑いを浮かべるノーマンの霊体は、この世界の重力ということわりを無視するかのように、宙に浮いて上昇していった。

『え、え、どーやるの? 舞空術? サ○ヤ人でもないのに???』

その姿を見て、驚きよりオタク心を擽られたアイは興奮気味だ。

『今までの常識を考えず、思いのままに上方を意識してみろ』

すぐに状況に対応したヴォルも、ノーマンと同じように上昇しながらアイにアドバイスした。

『え、あ、ホ、ホントだぁ』

ヴォルに倣い、まるで初めての宇宙遊泳を体験する新米宇宙飛行士のように、不器用に手足をバタつかせながらも、アイも上昇していった。

ヴォルの世界でムサシに飛びついた苦労は何だったのか?

何とかレベッカの待つ中二階にまで行き、室内を見渡す。

やはり室内の広さは下で見たときと同じで、ドラゴンが生涯を過ごすにはあまりに狭すぎる。 ドラゴンにしてみれば監獄暮らしか拷問同然だ。

何だか今にも暴れだしそうなドラゴンに同情したくなったアイが、眼下に視線を落とすと、室内を俯瞰ふかんで見渡すことができた。

広く四角い巨大な広間の真ん中にドラゴンがいて、相対するようにアマンダ達が手前のすぐ真下にいる。

この構図は……………………

『あれ?』

『どうした?』

『私…………………、ここ知ってる。 前に来たことがある』

アイの脳裏に、今目の前にある画と同じ情景がフラッシュバックした。

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