ウタヒメ

ピート

ウタヒメ

 僕が彼女を初めて見たのは…そう森の中だ。森の中の開けた一角で彼女は舞っていた。

誰一人いないその場所で、彼女は優雅に舞っていた。腕と髪に結われた小さな鈴が優しい音色を奏でる。

僕はその姿に魅せられたのだ。神秘的なその姿に…。

彼女は僕の姿に気付くと、少し悲しそうに微笑んだ。

何故彼女はあんな表情を僕に見せたんだろう?


 僕は、彼女についていく事にした。この素晴らしい舞をずっと見ていたいと思ったからだ。

僕が一緒に行きたいと伝えると、小さくうなずいてくれた。



 彼女は誰も住まない村や町、あの森のような場所で、一人静かに舞う。

僕と彼女以外誰もいない場所で、いつも悲しい…どこか淋しい微笑みを浮かべ、神秘的な舞を見せてくれる。

彼女は何者なんだろう?彼女が僕の事を何もたずねないように、僕も彼女に問いかける事はなかった。

唯一わかるのは、彼女の舞が素晴らしいモノだという事だった。


 旅を続けていくうちに、僕はある事に気付いた。

それは、彼女が舞いはじめると、動物達が集まりだすという事だ。

普段なら警戒して、人に姿を見せる事のないモノ達まで集まってくるのだ。

そして彼女を中心にして光があたるのだ。

あたたかく優しい光が周囲を包み、風が、樹々が、大地が音楽を奏ではじめる。彼女の舞に合わせるように…優しいメロディと光が、その場を包み込むのだ。

彼女と出会ったあの日、どうしてこのメロディに気付かなかったんだろう?



 いつまでも彼女の後をついていく僕を、時折彼女は悲しそうな微笑みを浮かべ見つめる。…そういえば、彼女の笑顔を僕は見た事がない。…好意に甘えてるだけなんだろうか?



 …?ここは…彼女と出会った森だ。この森に彼女はまだ用があるんだろうか?

いつものように、どこか悲しい微笑みを僕に見せると、森の奥へと足を踏み入れていく。誘われるように、僕も森の奥へと足を踏み入れた。

あの日出合った場所から更に奥へと彼女は足を踏み入れる。陽の光さえ差さない森の奥へ、奥へと進む。

 …この奥になにがあるんだろう?

…森を抜けるつもりなんだろうか?

突然視界が明るくなった。一条の光が差し込む。大木に寄りかかるようにして男が…僕が横たわっていた。



 そうだ、あの日…鈴の音を聞いたんだ…意識が途切れそうなその瞬間…りん…その音が…。



 彼女の舞に合わせ、鈴の音が鳴り響く、優しい微笑みを浮かべマイヒメが踊る。

彼女は歌わない、歌う必要がないのだ。

何故、彼女が人気のない場所で舞うのか?…その理由が今ならわかる。すべてが見える今なら…。

マイヒメを囲むように鳥達がさえずる。

死者を送るように…森に迷いし亡霊が集う。

鈴の音に…彼女の舞に…送られるように大地に還っていく。

大地のメロディが聞こえる…森の樹々がざわめく…僕の肉体が土へと還りはじめた。

再び意識が途切れようとした時、彼女の歌声が聞こえた。

希代のマイヒメの歌声が…。

僕の為に彼女は歌ってくれたのだ。

彼女の声と光に包まれるように…僕の意識は…。


Fin

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ウタヒメ ピート @peat_wizard

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