第122話 赤ん坊、説明する

「これも販売するつもりか、ルートルフ」

「まだせいさんがまにあわないので、ちかいしょうらい」

「これなら、俺も今すぐ買うぞ」

「ごめん。でんかとかっかにけんていしたいけど、まだかずがない」

「一つしかないのか、これは」


 食い下がるゲーオルクに、これも少し迷ったが。

 一応正直なところを伝えておくことにする。


「ほかにあるけど、まず、じょせいのおうぞくに、けんていしたい」

「なるほど、女子の方がまず食いつきがよさそうか」

「ん」


 頷く王太子に、先日王女と王子に遊ばせ体験済みという話をすると、目を丸くされた。


「何だと? お前、パウリーネとウィリバルトを手懐けたのか」

「てなづけた、いうか……」


 いきなり押しかけられた経緯を、簡単に説明する。

 聞いている二人は、感心を通り越して呆然とした表情になっていた。


「あのウィリバルト殿下に、遊び相手と望まれた?」

「パウリーネも、そうそう馴染みのない相手に気を許す性格ではないぞ」

「どうねんだいや、としした、あまりこうりゅう、ないんじゃない」

「それは、そうかもしれないな」

「それにしてもなあ」ゲーオルクは、苦笑いのような顔で鼻を鳴らした。「ウィリバルト殿下には俺も何回かしか会ったことがないが、こう言っちゃ悪いが、ろくに言葉も通じないようじゃないか。こんなゲームなど、よく理解して大人しくやったもんだ」

「たぶんみんな、おもいちがいしてる」

「どういうことだ」

「あのでんか、ものすごくあたまいい」

「はあ?」


 ゲーオルクは目を剥き、王太子は眉を寄せている。

 当然のように、頭からまるで信じられないという表情だ。

 首を傾げて、王太子はゆっくり口を開いた。


「いやルートルフ、少し一緒にいた程度では分からないかもしれぬがな。ウィリバルトは周りの世話する女たちや母親などが口を揃えて嘆いている、こういう言い方はしたくないが、ほとんど人の話が理解できない、頭か心かに異状があるとしか思われぬ問題児なのだ」

「こういうげーむ、したらわかる。あのでんか、けいさんりょくと、きおくりょく、ものすごくいい。そこらのおとな、かなわない」

「本当か?」

「ぼくも、かなわない」

「お前以上だと?」

「嘘だろう」

「ルートルフ様の計算力、まったくふつうではないレベルですよね」

「その、ルートルフ以上だというのか?」

「ん」


 王太子の念押しに頷き返すと。

「待て待て待て」と、ゲーオルクが頭の上で片手を振った。


「貴族学院で算術の主位を競っていた殿下とヴァルターが感心するほどのお前が、もう異常すぎるんだ。あちらの殿下がそれを上回るなど、あり得るはずがないだろう。何か王子殿下を持ち上げて得することでもあるのか?」

「そんなのない。げーむしたら、わかる」

「本当か?」

「さっきげーむしてて、げーおるくもでんかも、おおきいかずのたしざん、いっしゅんかんがえるでしょ。おうじでんか、いっしゅんもかけない。ほかのふだ、なにがのこっていて、なにがでたらどうなるか、すぐはんだんしている」

「はあ?」

「もうひとつ、きおくりょくだけがしょうぶの、げーむした。ぼくもおうじょでんかも、まったくかなわない」

「何だと……」


 目を瞠って、王太子は唸っている。

 口に掌を当てて、喉にぐぐぐとくぐもった音が漏れた。


「いやしかし、理解できん。それなら、何だって……」

「そんな頭いいって言うんなら、ずっとついている周りの者が勘違いしてたってのか。生まれてずっと、もう六歳だったか? そんなのあり得ないだろうが」


 ゲーオルクの疑問は、当然だ。

 まあ言ってしまえば、周りの者たちの育児と教育の面に問題があったのだろうとは思うが。それを言ってはお終いだ。


「あのでんか、ちゃんとりゆうをせつめいしてはなせば、りかいする」

「本当かよ」

「あたまのいいひと、よけいなかいわ、しようとしないこと、ある」

「どういうことだ」

「うまれてからずっと、べつになにもいわなくても、せいかつにふじゆうなければ、なにもはなすひつようない」

「まあ……王子殿下が後宮でなら、不自由はないか、確かに」

「りゆうがいいかげんなしじ、きかない。いっかんせいのないいいきかせ、おしつけ、けいべつする。ことばふじゆうなうち、はんろんもめんどうで、そのままむしする」

「何だか真に迫っているな、お前」

「ルートルフも身に覚えがあるわけか」


 二人揃っての、やや白い目を向けられた。

 僕の場合は本来ならまだほとんど赤ん坊ベッドの中の生活のはずで、理不尽な指示を受ける以前の問題だったわけだが。もしそんなことがあっても、緩衝の条件があったように思う。


「ぼくは、あにがいてせつめいしてくれたから。おとこのこならすこし、りかいする」

「ああ」

「じじょには、りかいしにくい、おもう。じょせい、たいしていみないかいわも、たのしめるでしょ。たぶんおうじでんか、そんなのひつようとしない」

「まあ、そうかもしれぬな」

「いまのはほとんどそうぞうだけど、とにかく、けいさんりょくときおくりょく、たしか」

「そうか。そこは信じてよさそうだな」

「あのあたまのよさ、むだにしたら、もったいない」

「そこを活かす教育方法を考えるべき、か。しかし後宮での王子の育児方針については、私でも口出しできないからな。生母の方針に基づいて、女官と侍女たちで実行していくものだ。せいぜいできるのは、父上にこのことを伝えるぐらいか」

「ん」


 腕組みで唸る王太子から、目を外して。

 思い返して、元の話の流れに頭を戻した。


「いいたいこと、べつだった。このかーたと、えほん、おうじょでんかに、きにいってもらえた」

「なるほど、そうか」

「よみかきと、さんじゅつの、べんきょうにもやくだつ、おもう。けんていして、ようすをみたい」

「それは、意味がありそうだな。うむ、やってみてくれ」

「ん」

「それって、王女殿下が本当に気に入っていらっしゃるなら、誕生会で貴族相手に話してもらったら、すごい宣伝になるんじゃないのか」

「ああ」

「なるほど、実現は難しいと思うが、考慮の余地はあるかもしれんな」


 ゲーオルクの思いつきに、王太子も苦笑で頷いている。

 二人で話し交わして、さらに検討を深めている。

 国王や宰相に話を通せば、もしかすると実現もあり得るかもしれない。

 とにかくまず、紙の普及の一策として、本の大々的宣伝売り出しは奨励されているのだ。


 散会となって、それぞれが腰を上げる。

 というところで、思い出した。


「あ、そだ、でんか」

「何だ」

「まえいった、こうきゅうのけんていひん、きょうとどく」

「そうか、分かった」


 以前に宰相も含めて内諾をもらっている話なので、とりあえずの報告だけだ。

 昼食のため訪れた父にも、午前の会合の概略とともに同じ件を伝えておく。

 父からは、マーカスが番頭役と共に報告に訪れた話があった。

 幼馴染同士だというアントンという青年は実直な印象で、信用がおけそうだという。

 東孤児院の子ども四人と、口入れ屋で護衛要員二人について、雇用の約束を取りつけてきたとのこと。

 午後からもう一度呼んであるということなので、ヴァルターに案内させて、アイスラー商会と西孤児院に挨拶回りをさせることにする。

 これであとは明日、元のディミタル男爵邸敷地に作業小屋を移動して、明後日から製紙作業を開始できる予定だ。

 僕は明日の夕方、ウィラとイーアンを連れて現地を見にいきたいと思っている。


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