第49話 赤ん坊、顛末を聞く

「な――」

「何だ、そいつ?」


 戸口からゆっくり、白銀の毛並みの獣が歩み入ってきたのだ。

 ふんふんと匂いを嗅ぐ動作で二人の護衛の脇を過ぎ、部屋の隅の毛布の上にうずくまる。


「なんでオオカミがここにいるんだ?」

「何でって、そこがこのオオカミのねぐらだからだが?」


 叫ぶようなギードの問いに、テティスはふんと鼻を鳴らして返した。


「いつものようにみんなで休むと言っただろう? このオオカミにはここをねぐらに提供しているが、基本行動は自由で、好きなように出歩いて好きなように餌をとることになっている」

「何だと?」

「ザム、うまそうなものから食ってもいいぞ。できれば一人くらいは命を残しておいてもらいたい気もするが、別に強制はしない」

「そうだな」


 ウィクトルも頷いて、二人は戸口へ向かった。

 代わりにのっそり立ち上がり、ザムは床の匂いを嗅ぎながら四人の身動きとれない人間たちに近づいていく。


「な――こら、来るな」

「ま、待て、お前ら。俺たちを置いていくな」

「やめてくれ」

「オオカミに食われるのは、まっぴらだ」

「お前ら、これは拷問と同じだぞ。俺たちがここでオオカミに食われたら、王都の警備隊が黙っちゃいないぞ」

「心配するな」怠そうな顔で、テティスは振り返った。「ザムに食い残しがあったら、そこの馬車と一緒に商人たちの遺体の近くに運んでおいてやる。四人の盗賊は商人を襲った後、オオカミに食われて死んだ。この領地には誰も来なかった。それで何の問題もない」

「王都の商人たちの到着が遅れている、と鳩便を飛ばせば、警備隊が探しに来て明日か明後日には見つけてくれると思うぞ。王都の警備隊は、有力商人の頼みは身を入れて聞いてくれるからな」

「ふざけるな、こら!」

「誠意のない犯罪者たちの相手は疲れたからな。わたしたちはもう、休ませてもらう」

「あとは任せたぞ、ザム。好きにやってくれ」

「待て、待ってくれ――」


 後ろ手を軽く振って、二人は部屋を出た。

 残されたザムはそのまま、ふんふんと男たちの周りを嗅ぎ歩いている。あたかも、どいつがいちばんうまそうか嗅ぎ比べるかのように。


「待て、頼むから」

「何でも話すから、助けてくれ」

「オオカミの餌は、やめてくれ」

「頼む、助けて――」


 ザムがふと顔を上げ、くわっと大きく開いた口に牙を覗かせた。


「ひや――」

「助けて――」

「約束する、何でも話す」

「言うことを聞くから――」


 扉を閉じかけていたテティスは、見物していた僕らの顔を見回し、苦笑した。


 時刻は、夜中の二刻を回っている。

 赤ん坊の身としてもう限界で僕はベッドに入ったので、くわしい話は翌朝になってから聞いた。


 ザムの牙を見て怯えきった四人は、一人ずつ食堂に引っ張り出してヘンリックとテティスが尋問すると、ほぼ抵抗なく自白したという。

 この四人、王都に巣くう非合法活動請負業の集団だという。諜報活動、暗殺業等、それなりの実績を積んで、裏社会で名を売っているらしい。最も得意とするのは相手の不意をついての暗殺と、変装と話術を駆使しての潜入諜報活動、だとか。

 今回の件は、ディミタル男爵家の文官モーリッツと名乗る人物から依頼された。依頼者の動機の善悪は問わないが、嘘は許さない、そこに理が通っているかは事前調査をするので、相手がそのディミタル男爵家の使用人であることはしっかり確認している。

 依頼の動機は、東の森を手に入れるための借金返済阻止、ということで疑問なく納得した。

 こうして聞き出した詳細は、朝早く王都の父に向けて鳩便で飛ばされた。

 罪人の護送と被害者遺体の回収に、また公爵領の傭兵を依頼するか王都の警備隊を動かすか、父に判断を委ねる。


 夕方になって戻ってきた返事によると、警備隊が動くことになったようだ。

 警備隊は王都の治安を護るのが任務で、こんな僻地まで出向いてくることはほとんどない。

 ただ今回は、被害者側の有力商会から強い要望があったこと、犯人が裏で名の知れた犯罪集団であったことから、王都の治安に大きな意味を持つという判断がされたらしい。

 実際警備隊の動きは速く、翌日の昼前には先行部隊の三名が騎馬で到着した。先行隊がまず状況把握を徹底し、遅れてくる馬車で護送が行われるという。

 その後、警備隊の馬車が到着。少し遅れて、フリード商会の馬車も着いた。使用人の遺体の回収と、本来搬送するはずだった農産物を乗せた馬車を伴って帰るという。

 様々に調査、確認、謝辞や礼、といったやりとりが、行き交った。

 さすがに僕は同席するわけにもいかず部屋に引っ込んでいたので、これらもまたほとんどすべて、後から聞いた話だ。


 嵐のようにすべてが去って、領地には元の平安な生活が戻ってきた。

 製塩業も再開、それに加えて王都から油絞りの機械が届けられて、製油作業も始められた。


 王都へ護送された罪人たちのその後については、父からの便りで知らされた。

 ザムの脅しなしにまともな証言は得られるものか案じていたのだけれど、もう観念したらしく王都に戻っても彼らは同様の自白を続けたという。

 新しく判明したところでは、最初にこの屋敷に侵入した二人の賊は、例の『赤目』という殺し屋と、今回のギードと名乗っていた男だったらしい。ギードがキッチンで情報を探る役、『赤目』が兄の命を奪う役、という分担だ。

 もともとは所属組織の異なる二人だが、面識はあった。今回は同じ依頼者からの案件で、得意分野を考慮して協力体制をとったと見られる。

 つまり『赤目』への依頼者も『ディミタル男爵家の文官モーリッツと名乗る人物』と見られ、警備隊が突き止めた彼のねぐら周辺の聞き込みでも、同一人物らしき者の出入りが確認された。


「これで、ディミタル男爵が関係していたことが証明されたわけか」


 という兄の問いに、手紙を読み上げていたヘンリックは渋い顔を振った。


「一応、警備隊からの質問は受けたようですが。ディミタル男爵は関与を否定しているようです」

「それが通るのか? ここまで状況が判明して」

「当家の文官を勝手に名乗った無関係の人間だろう、という主張のようです。実際モーリッツという名の文官は登録されておらず、該当しそうな使用人の罪人たちへの面通しは、拒否している、と」

「それで済まされてしまう?」

「平民の罪人と貴族と、どちらの主張を尊重するか、という問題になりますからな。ここを疎かにすると、王国の支配体制の根幹から揺るぎかねないわけで」

「しかし……」

「まあそれでも、この件は王宮や他の貴族の間にも知れ渡ったわけですから。これ以上ディミタル男爵がうちに干渉してくることは、まずなくなったと思っていいでしょう。あと、早期に借用契約の規定分の金額を返済すれば、東の森の所有問題は解決になるわけです」

「はあ……」

「それだけでも、たいそうな安心材料ですね」


 溜息をつく兄を横目に、母は小さく笑った。

 まあ不満はあっても、王都警備隊や王宮の判断に異を唱えるのは得策ではない。

 とにかく今は、追加の材料が運ばれたパンとコロッケの販売、塩とセサミの売れ行きを見て、借金返済を急ぐのが最優先だ、という方針に変わりない。


 十二の月には雪が多い冬かと思われていたのだが、一の月後半から暖かい日が続き、積雪は減ってきた。この調子だと、例年より雪解けは早いかもしれない、という話だ。もちろん、二の月になって大雪に見舞われるというのも、珍しいことではないらしいが。

 それでも今年は特にそんな積雪状況が気になるのは、野ウサギ駆除の都合があるからだ。

 雪が少なくなると、野ウサギが外に出てくるようになる。その時期を過たず、狩りに入りたい。駆除の効果は、早いほど確実性が見込まれる。

 ヘンリックはそんな情報を、頻繁に王都の父とやりとりしているようだ。

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