私は龍になりたい
teardrop.
私は龍になりたい
私が産まれたのは森の深いところであった。一緒に産まれた妹は、とても美しい肌をしていた。透き通るような白色で、私とは何か別の生き物ではないのかと幼いながらに感じた。
私たちは二人で力を合わせて狩りをすることを覚えた。父親は産まれる前に蒸発しており、母は産後の肥立ちが悪く既に他界していた。私たちは小さな魚や貝を食べて何とか食いつないでいた。妹は日の光にあまり強くなく、私は昼間は彼女のためにご飯を集めて持って行った。彼女は夜の間に食事を集めてきてくれた。光源のない真っ黒い世界で、美しい肌に傷をつけながら、彼女は植物などを集めた。
あるとき、ガーガーという鳴き声に目を覚ますと妹が黒い何かに襲われていた。私は必至でそれに体当たりすると、それらは素早く飛び去って行った。妹は傷だらけになっていた。私は妹を寝床の穴に押し込めると、その前に陣取って近場で食べられそうなものがないか探した。食べれば元気になると本能が知っていた。
妹は日に日に萎れていった。食べてくれ。少しでもいいから。
私は必死に彼女に食べ物を持っていくが、彼女が食べたのはほんの少しであった。透き通るような白い肌もボロボロで見る影もなく、彼女は衰弱しきっていた。
妹が死んだ。
私は妹の亡骸が誰にも見つからないように、寝床を完全に崩した。そして、深い森のさらに奥、山の上へと昇って行った。目的はなかった。もしくは死んでしまおうと思っていたのかもしれない。
昇っていく途中で不思議なものに出会った。私と同じ言葉を操るのに、私とは似ても似つかない。長いひげを生やし、でっぷりと太った見たこともない奴だった。彼は私に、どこへ行くのか尋ねてきた。
「あてなどないさ」
私はそういってさらに上へと昇って行こうとしたが、彼はそれなら私に付き合ってくれと私を引き留めた。
彼との生活は長続きはしなかったが、それでも様々なことを教えてもらった。私は彼のことをヒゲと呼んだ。
ヒゲは私に多くを語った。なんでも髭の話を聞いてくれるものは殆どおらず、誰かと話したのは30年ぶりだと言っていた。30年って何だと聞いたが、ヒゲは困ったように、難しすぎて説明が出来ないと語った。
このように意味の分からない事ばかり言うヒゲであったが、たまに有用なこともこぼす。
道を阻んでいる、あの白い
「龍ってなんだ?」
私はヒゲにそう訊ねた。彼は、誰も敵うことのない強い存在だと答えた。それから、妹を殺めた黒い奴らについても教えてくれた。あれは集めし者だと彼は言った。自分が黒いが故に、白いものや光るもの、きれいなものを集めたがるのだそうだ。
「龍になったら、集めし者にもう襲われることはなくなるか?」
私が訊ねるとヒゲは、龍は何物にも侵害されない生き物だと答えた。
私は、それはいいと思った。あの集めし者たちを食い殺してやりたい。仄暗い感情を秘めたまま、私はヒゲとの生活を打ち切った。
ヒゲに別れを告げると、私は白い靄の方へと向かった。
そこはすごく荒れていた。今日は天気もいいと思っていたのだが、私はその威容に畏怖を覚えた。ええい、こんなもの。私は半ばヤケであったが、靄の中に突っ込んだ。やっとの思いで靄を抜けると、そこは切り立った壁が目の前に立ちはだかっていた。
「ここを・・・昇るのか」
一番上が見えないほどの高い壁であった。私は全身の力を駆使して昇り始めた。最初は簡単だ。だが、少し高くなってくると急速に昇る速度が落ちる。力が足りていないのだ。
だが私は諦めなかった。何度落ちても昇り続けた。血を流しながらついに登り切った私は、その勢いで空へと舞いあがった。私は、龍に・・・。
気づけば私は空を飛んでいた。少し慌てるが思い出した。そうだ、私は龍になったのだ。見下ろせば、今まで昇ってきたルートが見える。私はここを昇って龍になったが、このまま上へ昇れば一体何になれるのだろうか。私は上へと昇り始めた。
ぼてっ。
釣りをしながらうたた寝をしていた男は、その音にピクリと瞼を開けた。
「なんだあ?」
見れば、陸にうちあがった一匹の傷だらけの鯉がピクリともせずに横たわっていた。
「おいおい、この滝を昇ってきたのか。こいつはすげえガッツのあるやつだ」
釣り人は、そのままにしておくのも忍びないと地面に穴を掘ると、鯉を埋めてやった。
彼は奇しくも集めし物に襲われることはなくなったのだった。
私は龍になりたい teardrop. @tearseyes13
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