「 死 」 より 「 × × 」 が怖いんだ。

あやしいうさぎ

第1話 普 通 。。





「今日もお疲れ様でした!」


元気いっぱいに張り上げた声は

私ではないけど私の口から発したもので間違いない。


「ヨウちゃんおつかれ!今日は本指名さんでご予約完売!さすがだね!」



「いえいえ、とんでもないですよ。店長さんがいつも私を推してくださってるからであって私の力ではとてもとても。。」



「いやいや、これからも期待してますよ!」


このお店の

『 店 長 』

が 茶色い封筒に入ったソレを

私に差し出す。


これから後の時間が

私にとっての幸福の時間。


この時間の為だけに

生きているといってもいいくらいだ。



差し出された茶色い封筒を受け取り

目の前の店長に微笑みかける。



「期待を裏切らないように頑張ります!」


「はは。お疲れ様、気をつけて帰ってね」


「はい。明日もよろしくお願いします」


軽い足取りでその場を後にする。


仕事が終わってお給料を貰って

毎日の楽しみはただ一つこの時間だけ。

というか、これからする事が

私にとっての楽しみの一つ。


現在 一人暮らしの私は

帰りが遅くなろうが何しようが

誰に文句を言われることもない。


……というのも

昔から人付き合いも

浅い付き合いが多く

一人と言う空間に慣れていた。


学生の頃から

基本一人でぽつんといる事が多く

その影響か 社会人になった今となっては

脈に堕ちない事があると

友達であれ恋人であれ

距離を起きたい衝動に駆られてしまうのだ。



他人と同じ空間にいる事は

精神的に私の負担になる。


一対一のこのお仕事は

一応 接客業ではあるが

大勢の人の中で共同で行動したり

気を遣わないぶん

精神的な負担は極めて低い。


もう他人の顔色を伺って

生きていくのは嫌だ。


出来るだけ大勢の人とは関わりたくない。


他人に気を使ったり

疑ったり 不信感を感じるくらいなら

いっそ 友達もいらないし

恋人もいらない

生涯自分は一人でいよう。




それを考えると同時に

自分は もう一つ 別の考え事をしていた。


『今日はなにを食べようかな?』



一一一一一一一一一一


この業界で

自分はどれだけ今

生きていられるのだろうか?


若いうちしか出来ないこの『仕事』


自分より新しい女の子なんて

次から次に入ってくる。

自分も いつまでも20代前半で

居られるわけではないし。

いつ 新人の子や

若い女の子に

埋もれてしまうかわからない。


よく私を指名してくれる

あのお客さんの

言葉をふと思い出した。




『 にしても……なんで君みたいな子が こんな業界にいてるん? 』


『 キミなら 普通のお仕事でもやっていけるやろうに。 』



余計なお世話だ。

そもそもこんな仕事をしてる女に

結局はあんたもお金を払って

そっちの世話してもらってるんやろ。


そもそもあんたの言う

「 普 通 」 ってなんやねん。


私はこの言葉が1番嫌い。

普通とか みんな

一人一人考えは違うわけであって

あんたの普通を私に押し付けるな

といってやりたい。


そもそも

仕事に普通とか

普通じゃないとかあるん?


お金を貰って生活できりゃあ

別にそれでいいやないか。

別に私がこの仕事してるからって、

あんたに微塵も迷惑なんかかけてないし。


そもそも

『 普 通 の 仕 事 』

とか無責任なこと言う奴って

別に助けてくれる訳でもないよな?


色々思うことはあるし

まんまぶつけてやりたいけど

その気持ちはグッと我慢して

心とは裏腹の

営業の笑顔を見せた。


『 ……お兄さんだから話すけど、実は…… 』


あまり素性の知れない人に

自分の事を話すのは

柄ではないのだけど……


同情を買うことが

人の心を惹き付けるのも私は知ってる。


同情を買って

それでリピーターに繋がれば

こっちのもんだ。

これは商売だ。

食べてく為には仕方がない。


私は

思いつくだけ

自分の今までを振り返り

目の前の客に打ち明ける。








一一一ピピッ



口から出る言葉は

気づけば止まらなくなっていた。


そうしていると

終了を知らせるタイマーの音が

シンとするホテルの一室に鳴り響いて

そこで初めて 我に返った。






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