第10話 大切なこと
俺は力のある者。俺の身の回りで最も頼りになる人であるばあちゃんに相談するために実家へ帰って来たのだが俺の話を全て聞いたばあちゃんの反応は、
「そんな話をするために帰ってきたのかい? 学校も休んで」
「そんな話って.......俺は本気で悩んで.......」
「その本気で悩んだ結果がばあちゃんに頼ろうってかい?」
「.......俺は無力だから」
「はぁ.......くだらないねぇ」
「くだらないってなんだよ!」
「言うに事を欠いてばあちゃんに逆ギレかい? そもそも、あんたは昨日の夕方に彼女さんが飛び出しで行って今の今まで何してたんだい?」
「何ってどうしたらいいか悩んで.......」
「その結果、電話をしたのはついさっきだったのかい?」
「.............」
悩んでなんて言ったが正直言って俺は楽観視していた。みゆが家を飛び出しで行っても時間を置いてまたすぐに帰ってくると思っていたのだ。もちろん俺はみゆがいつ帰って来てもいいように今日は全く寝ていないが、みゆが帰ってくることはなかった。
「はぁ.......。家を飛び出していった彼女が戻って来てもいないというのにあんたは学校に行ったんだろ? 一体何をどう悩んだらそうなるのかばあちゃんに教えてはくれないかい? 正直言って和也。あんた正気じゃないよ」
「...................」
何も言い返せない.......。俺はきっとみゆは誰かの家でお世話になったと高をくくっていたから学校に行けばみゆがどこにいるのか分かると思っていた。しかし、その最有力候補であった武宮さんの家にはいない様子だったので俺は急に不安に押し寄せられたのだ。
これはこの状況を楽観視し過ぎていた俺の甘えだ。いや、甘えなんてそんな生易しいものでは無い。これは俺の現実逃避だ。俺はこの状況下において考えることから逃げたのだ。何かと都合のいい解釈をつけて俺は自分を正当化することで考えることから逃げたのだ。
「あんた、あの子を幸せにすると言ったのは嘘だったのかい?」
「そんなことは無い!」
「そうは言っても今のあんたのどこに説得力があるんだい? 悩んでいたなんて言いつつ本当はただ逃げていただけじゃないのかい?」
「!?」
「それにあの子の幸せにするならどうしてばあちゃん達に修学旅行のお金のことを相談しなかったんだい?」
「それは.......1人暮らしをする時の約束があったから.......」
「そんな約束と彼女さん。あんたにとって彼女さんってのはそんなもんだったのかい?」
そんなことは無い! 今すぐそれをばあちゃんに俺は訴えたかった。しかし、俺はそれを声に出すことは出来なかった.......。なぜなら、ばあちゃんが言っていることが正しすぎたのだ。そんなつもりは無かったというのは本当だが、実際に俺がみゆよりも勝手な約束を優先したのは事実なのだから.......。
「そもそもねぇ。あんた今1人暮らしなんてしてないじゃないかい」
「!?」
「その時点で約束なんてものは無くなってるんだよ」
ばあちゃんの言う通り俺はもう1人暮らしではなかった。その時点で約束なんてものは無くなってはいないにしても優先順位は下がる。みゆと2人暮らしをするにあたっての優先順位を俺は間違えていたのだ。
「それにねぇ。ばあちゃんはあんたとの約束なんて最初からどうでもよかったんだよ。ただ、それだけの覚悟を持って欲しかっただけなんだよ。困ったことがあれば子は親を頼る。確かにばあちゃん達はあんたの父ちゃんや母ちゃんじゃない。けど、ばあちゃんはあんたのことを孫であり実の息子だと思って育ててきた。ばあちゃんはね、ずっと待ってたんだよ。あんたが親であるばあちゃん達に頼る日を。まさか、こんな相談をされるなんてことは思ってもみなかったがねぇ」
俺はばあちゃんとの約束の解釈を間違えていた。普通に考えればすぐに分かることだった。たかが、高校生である俺が1人暮らしの家賃や食費、光熱費を払うだけなら何とかなるが、そこに学校でかかる費用まで自分で払うなんて不可能なのだから。そんなことにばあちゃんが気づいていないわけなんてない。だから、待ってくれていた。俺1人では限界があり誰かの助けを得なければ人は生きていけないということを気づかせるために。
「.......修学旅行のお金を貸してほしいです」
「はぁ.......これだけ言ってあんたは.......。そうじゃ無いだろう?」
「お金を出してください」
「最初からそう言わんかいな」
「.......ありがとうございます」
「それで、あんたはどうするんだい」
そうだ、修学旅行のお金なんて今はどうでもいいことだ。そんなことよりも今はみゆだ。みゆのことに比べたら修学旅行なんてどうでもいい。
「警察に相談した方がいいのかな.......」
「はぁ.......」
パチン
「え?」
ばあちゃんが急に立ち上がったと思ったら、思わず耳を塞いでしまいたくなるような乾いた音が部屋の中で響く。少し遅れて俺の左の頬が熱を帯びると同時にじんじんと痛みを伴ってきた。それでやっと俺はばあちゃんに平手打ちをされたことに気づいた。
「ばあちゃんが聞いたのはあんたが今どうしたいかって事だよ! あんたは今何がしたいんだい!」
「!?」
俺が今したいこと.......俺の今望んでいること.......。ばあちゃんが聞いているのは今の現状において俺のすべき事ではなく俺が何をしたいかということだ。そんなの決まっている。
「.......みゆと話したい」
「それで?」
「.......っ.......会って.......謝りたい.......っそれで.......」
俺は自分で喋っているうちに泣いてしまっていた。自分のわがままが全ての原因でこんなことになっているんだから俺が泣くなんてことは筋違いもいいところだ。
「もし.......許してもらえるなら俺は.......」
それでも俺は.......俺が今本当にしたいことは.......
「みゆとまた一緒に暮らしたい」
たった1日。正確には1日も経過していないのに俺は不安と同時に寂しくもあった。いつもそばにいてくれる人。そばにいてくれることが当たり前だと思っていた人がたった数時間そばにいなかっただけで。俺にとってみゆはそれだけ大きな存在となっていたのだ。こんな大切なことにみゆがいなくなってから気づくなんてな.......。
「だそうだよ?」
ばあちゃんのその言葉が何かの合図だったかのように部屋の扉が開くとそこにはみゆが立っていた。
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