17

「ひとつ、むかし話をしようか」


 今夜はどうも寝付けないから、と


 洞くつの中に、少女のすすけた声が響いた


 ミミックは、彼女の言葉をはっきりと理解はできませんでしたが


 彼にとって、少女は大切な存在ですから


 その声が、なにか重大な意味を帯びていることは、なんとなく分かりました


 だからミミックは、少女の言葉に耳を傾けることにした


 少女はゆっくりと、そして小さく、唇を震わせた


「むかしむかし、あるところに一匹の吸血鬼がいた


「そいつが出来損ないであることは、誰の目にも明らかだった


「橙色の髪に、藍色の瞳


「燃えるような赤色にもなれず、深く沈む夜の色にもなれなかった、出来損ないだ


「そいつは吸血鬼としての能力も半端だったから、仲間からも奴隷のように扱われた


「壊れても変えがきく、オモチャみたいに


「吸血鬼ってのは、簡単には死なないからね


「死なないなりに、色んなことをされたよ。今でもたまに思い出すことがある。こういう眠れない夜なんかは、とくに……」


 ミミックはやっぱり、彼女がなにを言っているか分かりませんでした


 しかし少女の表情が、笑顔とまったくかけ離れていたので


 なぜだか彼も、悲しくなってしまいました


「まぁ、そんな生活も長くは続かなかった


「オモチャってのは、飽きたらてられるものだからな


「私と同じような出来損ないが見つかると、もう用済みになった


「あとはどうにでも生きろ、ってさ


「それが娘に向ける最後の言葉かよ、って


「まぁ、そんなことはどうでもいいんだ


「なんせもう、私は自由だったからね


「やりたいことがなんでもできるし、やりたくないことはしなくていい


「私は自由になったら、ずっとやろうと決めていたことがあったよ


「人間として暮らすことだ……なんてさ、笑えるだろう?


「でも、吸血鬼って連中は、本当にどうしようもないヤツらばっかりだったんだ


「だから自分は、そういうヤツらみたいになりたくなかった


「そのためなら、なんだってやろうと思えたよ


「とはいえ、苦労した


「人間の家庭に、人間の営みに溶け込むのは、苦労した


「奴隷商から逃げてきた少女のフリをすることもあれば


「行き場を失った娼婦しょうふの真似事をしてみたこともあった


「だけど、なにもかも思い通りにいかなかった


「そのまま、途方もない時間が過ぎた


「吸血鬼のくせに死にかけたことだって、数え切れないほどあった


「それでも最終的に、運良く、ある人間の元で暮らせるようになったのは……単に運がよかっただけだろうね


「その人と一緒にいるときは、うまいこと人間のフリができている気がした


「馬鹿だよなぁ、本当に


「いくら自分がそう思っていたところで、それは本当の私じゃないのに


「化物が、化けの皮を被っているだけなのに


「そんな粗末そまつ擬態ぎたいが、いつまでも続くわけがないのに


「そこを勘違いしていたせいで、私は取り返しのつかない過ちを侵してしまった


「その…つまり、喰っちまったんだ、その、人間を


「なんでそんなことをしたのか、今でも分からない……いや


「本当は分かりたくないだけで、とっくに分かっていたのかもしれない


「いくら出来損ないと言われようが、オモチャみたいな扱いを受けようが


「やっぱり私は、どうしようもなく化物で


「どうしようもないくらい、吸血鬼だったんだ、ってさ」


 長い、長い、お話を語り終えると、少女はゆっくり目を閉じました


 そして、ぽかんとフタを開けたまま黙っているミミックに手を伸ばして、静かにフタを閉じました


「悪かったね。こんな話に付き合わせて」


 そうして、少女はそっぽを向きながら、すやすやと寝息を立ててしまいました


 ミミックは、結局最後まで、少女の言葉が分かりませんでした


 だけどそれが、自分に送られた言葉であり、物語だということは、はっきりと分かっていました


 だから彼は、きっと大切にしようと思いました


 大好きな少女が送ってくれた、大切な宝物だから


 ずっとずっと、大切にしようと決めました

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