第一章 鬼の名を冠する少女
詰問の味はビターテイスト?
「で?」
「で? と言われましても……」
「で?」
「で、ですから……」
「で?」
「……」
僕は今現在どういうわけか、エメから激しい詰問に会っていた。普段からあれほど僕に興味なさげな反応をしているエメが、このような実力行使に出るのは、本来であれば非常に稀なことであるのだが、どういうわけか、最近ではその頻度が増しつつあるような気がする。
その変化に僕としては、内心非常に嬉しく思いつつも、エメに本気で暴れられたら僕の命はないため、現在のこの危機的な状況をどう脱するべきか考えねばならないわけで、必死にない頭をフル稼働しているのだが、一向に思いつかない。
そもそも僕という人間は、エメに対しては誰よりも正直者で、彼女の不快に思うような行動はしないように心がけ、できうる限り紳士的な対応をしている自負がある。
そんな誰よりもエメを怒らせるわけがない人物であるところの僕が、今、こうやって彼女の琴線に触れているのだからきっと僕以外の人間ならば、今頃彼女に処刑されているだろう。まあそんな事今においては、全く持ってどうでもよくて、むしろその様な事を考えている暇があるなら、もっと別の事を考えるべきなのだけれど。
「ええと、エメさん」
「気安く私の名前を呼ばないで頂戴。殺すわよ」
これは不味い。具体的に言おうと、語尾に疑問符がついていないあたり、今の彼女の精神的余裕はまるでない。つまり僕は、これ以上ふざければまず間違いなく彼女に殺される。
「すいませんでした……」
「何が?」
「……」
そう言われると何も答えれない。だって僕は、自身の行いの内、エメの怒りに触れた事についてまるで身に覚えがないのだから。
身に覚えがないのなら謝らなければいい。むしろそれが最もな選択肢だとは思うのだけれど、この状況下においてはそれこそ最も取るべきではない愚かな手で、仮に取ろうものなら即刻GAME OVERだ。
僕はどこぞの赤い帽子をかぶったおじさんじゃないから、当然命だって一つしかないわけで、例え死んだからと言って残機を利用して緑の土管から復活できるわけではない。叶うならば、今すぐそのシステムを僕にインストールして欲しいのだけれど。
「そ、そうだ‼ 今からフレンチトースト作ってあげるから‼ それで機嫌を直し……」
「私を物で釣れると思ったの? はっ。これだから愚図は」
その割には、貴方の眉。ぴくりとわずかばかりに反応していたように見えたのだけれど、それについて触れるのは止めておこう。
それにしても愚図ですか。なんかそのフレーズ久しぶりに聞いた気がする。具体的に言うなら、僕とエメが友達になってからの初めてのあだ名が愚図だった気がする。
我ながらよくその呼び名で許容していたものだ。いやはや、恋する男子は強いということだろう。
「今、余計な思考をしているだろ。殺すぞ」
「あはは。そう言いながらアイアンクロ―決めるの止めて? 本当に死んじゃうから? お願いだから?」
「その割には随分余裕そうに見えるが?」
「それは、まあ、相手がエメですし、僕の事本気で殺さないと信じてますし、はい」
実際の所、先ほどから僕の頭蓋骨はミシミシと悲鳴を上げていて、今にも砕け散ってしまいそうだ。それに彼女の口調が昔に戻りつつある。あの吸血鬼の力をバリバリ使っていた全盛期の頃の彼女に。それは非常によろしくない。全く持ってよろしくない。むしろ絶対にダメだ。
「ひとまず僕の行いが悪かったのは認めます。ですから許してください。そして一体、私の何が貴方様を怒らせたのか教えてはいただけないでしょうか?」
「……ふん」
エメは、拗ねたような口調でそう言うと僕の頭からやっとの事手を放してくれた。それ即ち、僕の祈りが伝わり、命を拾ったことに他ならない。
流石に今日ばかりは焦った。いくらエメの事を信用しているとは言え、ここまで暴挙に出るとは思っていなかった。今度からはもう少し慎重に行動しよう。そうでないと僕の命がいくらあっても足りやしなくなってしまう。
「それでどうしてエメはどうして怒『怒ってない』ている……って言葉をかぶせないでくれるかな?」
「何? 私に命令するの? 私の意思を捻じ曲げて貴方はそうするなと私に強制しようというの?」
「そんなわけないだろう‼ この僕が‼ 君に‼ 愛しのエメに‼ 何かを強制するなんてあるわけないだろう‼」
強制。なんとも嫌な響きだ。人間誰かに何かを強制してやるなんて間違っている。しかも強制してやらせた事柄なんて、大抵の物はうまくいかない。そんなの当たり前だ。人の意思を捻じ曲げてやる事柄など、上手くいくわけがない。仮にうまくいったとしても、そんなの一時の事で、いずれ手痛いしっぺ返しがやってくる。強制させた人にも、強制させられた人にもだ。
だからこそ僕は、誰かに強制するなんて事はしない。しようとも思わない。僕がするのは、お願いだけ。こうして欲しいという願いを言うだけで、そんな事一番付き合いの長いエメも知っているはずの事柄で、僕はそんな思いを、考えを、気持ちを、僕を構成する重要な要素の一つを、何度も何度も何度もエメに語ってきた。語ってきたはずなのだ。
「……今のは言い過ぎたわ」
あのエメが。僕に対しては傍若無人を体現したような存在であるところのエメが、まさか今の行いを素直に謝ってくるとは思わなかった。
そんな彼女の心の成長に驚きつつ、僕は些細なことで怒りに震えてしまった自分があまりに惨めで、空しくて、恥ずかしかった。
「僕こそ悪かったよ。こんな些細なことで怒って。はぁ……僕もまだまだ子供ということかな。いやはや、あまりの申し訳なさに穴があったら入りたいぐらいだよ」
「話を戻すわ」
「いきなり戻すね」
あまりの切り替えの早さに、流石の僕も驚いたよ。もし全日本切り替えの早さ選手権なんて物があったら、まず間違いなくエメは優勝できると確信してしまうほどには、驚いたよ。
「貴方は、要は私が何故気分を害しているのかわからないといったけど……」
あくまで怒りに震えている事実は認めないあたり、エメは相当頑固だと見える。まあそんなの始めから知っていたのだけれど。
「そんなの貴方の隣にいるその人間が原因に決まっているでしょう?」
エメの指さす先。そこには、先程からずっと静観を決め込んでいた、一人の女性の姿があった。
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