洲宮霞は、質問する。

「ねぇ洲宮さん」

「ん? どうしたの菅原君。何かわからない事でもあった?」

「ど、どうしてわかったの!? さては洲宮さん。超能力者?」

「いや、その表情みれば誰だってそう思うよ?」

「表情……?」

「菅原君。さっきからずっと機嫌の悪そうな、何か考え事をしているような顔をしているもの」


 僕自身、今現在その様な顔をしている自覚など全くなかったのだけれど、篠宮さんがそういうのならばそうなのだろう。


 むしろ僕が今、思い悩んでいるということを察してくれているのは、この状況において都合がよい。


「洲宮さん。恥を忍んでお願いするのだけれど、僕に女心を教えてはくれないだろうか?」

「いきなりどうしたの? 私が散々学んだほうがいいよと忠告していた女心について今更知りたいというなんて」

「あれ? 僕ってそんなに忠告されていたっけ?」

「少なくとも毎日一回は言っている記憶が私にはあるのだけれど?」


 ジットリとネットリと僕を責める様な、非難するような目で洲宮さんは、僕の事を見ていた。


 僕はそんな彼女の瞳を逸らすことなく真直ぐにみつつ、過去のやり取りを思い返してみると洲宮さんの言う通り僕は、毎日彼女にその言葉を浴びせられていた。


 酷いときなどは一日に三回いわれた日もあった。もはやここまでこれば痴呆というレベルでは収まらず、意図的ではありえないレベルであろう。


 だからこそ彼女はこうして僕の事を非難がましく、厳しく、怒ったような目線で僕の事を見ているのだろう。


 全く持って申し訳なく思うし、何より自身の愚かしさが恥ずかしく、情けない。


「菅原君は今、この状況で私が怒っていると思っているのかもしれないけれど、というか確実に思っているのだろうけれど、それは間違いであると言っておくね」

「え? 怒っていないの?」

「むしろどうして菅原君はそう思ったの?」

「え? それは洲宮さんが何度も助言をくれていたのにもかかわらず、聞く耳を中々持ってくれなかったことで、ましてそんなやり取りを忘れていたからであって……」

「確かに。私としては菅原君が私の助言を無視し、あまつさえ忘れていた事に対しては、少しの怒りは沸いたけれど、それよりも私はのよ」


 悲しかった。彼女は今、そう言った。


「その顔を見るに菅原君は、まるで理解していないみたいだね」


 図星だった。


「はぁ……そんな菅原君には女心を理解する前に、人の……というか友人の……ううん。まずは他者の気持ちを察するようになるのが先決かな」

「ちょっと待ってよ洲宮さん」

「ん? 私今何かおかしな事言った?」

「ああ、言ったね。だって洲宮さんの言い方はまるで……」


 僕が人の心を理解できていないみたいな言い方ではないか。


「その認識で概ね間違いないよ」


 僕の困惑をよそに篠宮さんは、そう言った。


 寸分の迷いもなく、一切のためらいもなく、僕にそう言った。


「いやいや。それはおかしいよ」

「ふむ。菅原君は私の話の何処が可笑しいと思ったのかな?」

「そんなの僕が他人の気持ちを察することができていないという点以外ありえないよ」


 僕は自分で言うのもなんだが、これでも他人の気持ちを接し、他人に優しく接している自覚はある。


 例えば学校から出された課題をやり忘れて、困っている生徒に対しては自身のノートを快く見せるし、放課後に行われる当番制の掃除には当番ではない日であろうと毎日参加する。


 生徒会の仕事だって、洲宮さんが、僕の友人であるところの彼女が所属しているからという理由だけで、何の役割も持たない一生徒であるにも関わらず、彼女やそれ以外の面々の仕事を手伝っている。


「確かに。菅原君は傍目から見ればとても親切な人で、とても優しい人に映るのかもしれないね。実際私もそんな菅原君にはいつも助けられているし、それと同等の深い感謝の念も抱いているよ」

「なら……」

「でもそれは優しさじゃない。まして優しさとは正反対の、およそ優しさと呼べるような代物ではない。優しさと似ただよ」


 酷い言われようだった。


 僕自身、善意の心で、良心で、その様な行為を日ごろからして来たわけではあるのだけれど、その全てを否定されたような、心臓に鋭いナイフで突き刺されたようなそんな感覚がした。


「それで洲宮さん。その優しさに似た何かの正体ってなんなのさ」

「そんなの私が知るわけないよね」

「え……でも今の口ぶりだと洲宮さんは確実に気づいているよね? というか洲宮さんが知らなくて誰が知っているというのさ」

「そんなの菅原君以外ありえないよ」

「僕? いや、それはないでしょう」


 僕の頭脳は至って平均。それに対して洲宮さんの頭脳は、この学校では2位。人外であるエメに肉薄する唯一の人間なのだ。


 そんな彼女が、天才であるところの彼女がわからないというのだから、僕にわかるはずもない。


「ううん。この問題に関しては私にも、それこそ君の思い人であり、鬼才でもある簾藤さんにもわからないよ」

「エメにもわからない……?」


 果たしてその様な物事がこの世に存在するというのだろうか?


 なんたって今洲宮さんが引き合いに出したのは、あのエメだ。


 鬼才であり、知らないことはない、と常日頃から僕に豪語しているあの彼女だ。


「どうして二人がいつまで経っても付き合わないのか、私は心の内でずっと疑問に思ってたのだけれど、今日その理由が分かったよ」

「僕としては、今、このタイミングでその話を持ち出した意味が分からないのだけれど?」

「そういう所が人の心を理解できていない証拠だよ。普通ならここまで状況が出揃っているなら察することができると思うよ」

「そう言われても……」

「わからないのなら考えるしかないよ。それともその頭は飾りなのかな?」


 洲宮さんは、朝の時とは打って変わって、やたらと僕に厳しい。


 もしかして彼女の先程言ったい怒っていないという言葉は嘘で、本当は未だに怒っているのではなかろうか?


 だからこそのこの仕打ち……納得できなくはないけれど、何か違う気がする。


「その様子を見るに、どうやら今、すぐに答えを導き出すのは出来なさそうだね」

「ははは。申し訳ない……」

「いいよ。そもそもそんなにすぐ解決する問題だと思っていないし、むしろそんなあっさり解決したら君らしくないしね」

「僕らしくない?」


 それはひょっとして僕の事を遠まわしに侮蔑しているのだろうか。


「さてそんな愚かで、勘違いばかりしている菅原君に一つヒントを挙げよう。とは言っても私は答えを知らないから教えられるのは、簾藤さんの昼間の行動の心意についてのヒントだけどね」

「え? もしかして洲宮さんあのやり取り見ていたの?」

「そんな事今はどうでもいいでしょう?」


 どうでもよくはないのだけれど、仮にここでこれ以上深堀して、彼女の気分を害してしまえば、永遠に答えがわからなくなってしまう。


 それはあまりに望ましくない。


「それではヒント1。簾藤さんは、菅原君の何かを知ろうとしてあのような行動をした」


 エメが僕の事を知ろうとした……?


「一体何を知ろうとしたと……」

「それは教えてあげません。それを教えたら意味がないし、簾藤さんに申し訳ないからね」

「そこを何とか……」

「ダメ。それとさっき形式上ヒント1って言ったけど、ヒント2を貰えるとは思わないでね。あまり教え過ぎたら意味がなくなってしまうから」


 意味がなくなる……一体全体、彼女は僕に何を指せようというのか?


 いや、それ以前にどうして彼女はいきなりその様な事をし始めたのか。その意図が僕にはまるっきり読めない。


「答えが分かったら教えてね。ちなみに簾藤さんに相談するのはありだけれど、間違っても答えは聞かないようにね」

「え? なんで?」

「そんなの決まっているじゃん」


 僕の瞳を真直ぐに、一直線に、逸らすことなく、ブレることなく、責める様な、慈愛を感じさせるような、真摯に思ってくれているような、そんな瞳の彼女は、夕日をバックにこういった。


「私が簾藤さんに殺されちゃうからだよ」

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