第31話

 日曜になると、学校で出されたプリントや授業のノートを持って僕と緋はそれぞれ友人達の家に向かった。僕が高岡と春駒、緋は滋野の家に。


 高岡の自室に入るのは久しぶりだ。中学生ぐらいまでは頻繁に遊んでいたから互いの家に出入りすることもあったが、高校入学を区切りに互いの家に行くことがなくなり、もっぱら外出することが増えたからである。とはいえ、以前と変わらず服や漫画本、食べかけの菓子類で適度に散らかっているところを見ると、外出するようになっても高岡の生活態度は変わっていないのだろう。

 失礼な思考ではある自覚はあるものの、非日常に首を突っ込む生活をしている僕にとって、どんなに年を重ねても変わらずにいてくれる友人達は貴重な存在には違いない。


 その貴重な存在は、現在ベッドとお友達の状態だ。といっても動けないわけではなく、彼の親から絶対安静を言い渡されているからのようだが。


「――そう、記憶がないのか」

「ああ。なんだか楽しい気分になった気はすんだけど、ぶっ倒れたなんて分かんねーぜ」


 顔色も良く、語り口に危うさもない。普段通りの身振り手振りを見せる辺りに普段通りの快活さは感じられるが、一方で人のものではない気配も感じられる。狐に憑かれたからだろうか。それとも、野狐ではない何かが原因ということだろうか。こういうものの解消法については僕も知らないためもどかしさに苛立ちが先立つものの、僕に何かできるわけでもない。

 今僕にできることを確実にこなすために当時の状況を聞き出すことにしたのだが、やはりというか、高岡に明瞭な記憶は残っていなかった。


「楽しい気分?」

「すっげー綺麗なネーチャンがいたんだよ。んで、道を聞かれてさぁ……なんか気分良くなった気がしたんだけど、そっから覚えてねーんだよな」

「女……どこへの道を、聞いてきたんだ?」


 気分が良くなったということは、その綺麗な女とやらに高岡が何かされたのだろう。恐らく妖気にでも当てられたか、幻術のようなものか。生まれながら耐性のある僕には体感することのできないものではあるが、そういった体験談自体は時折聞こえてくるものだ。

 現実味のない感覚に首を捻っている友人の言葉に耳を傾けながら、その先を促した。


「お前んとこの、あれ……ほら、竪山神社だよ」


 しかし、その女の目的地を聞かされた瞬間、己の体が強張るのが分かる。

 竪山神社は、錫久名家が所有している神社だ。昔はこの地域でも最大の規模を誇っていたというが、時の流れと共に廃れていき、今では錫久名の人間以外はほとんど訪れることのない場所になってしまっている。

 何故そんな場所を狙われているのか、などと考えるまでもない。敵は、錫久名家を狙っている可能性があるのだ。


 その後、春駒の家にも見舞いに行ったが、そこでも似たような証言を得たことで僕の予想は確信に至った。



「あ、おかえり。どうだった?」


 帰宅すると、同時に出発した緋は既に戻っていた。滋野の家で貰ってきたらしいスイカを切り分けながらも食べることはなく、じっと僕の帰りを待っていたところは流石としか言いようがない。貰った旨を伝えられた時に、先に食べていていいと言っておくべきだった。

 一方、隣に座る祖父はのんびりと食べていた。緋もこれぐらいマイペースにしてくれてもいいのに。


「高岡も春駒も、見たことのない女に道を聞かれた直後に、意識を失ったらしい。多分そいつは人じゃないな」

「道? どこへの?」

「竪山神社だよ」


 そう答えた途端、弟と祖父の動きが止まった。先述したように竪山神社はあまりにも人が来ないため、この時期は完全に封鎖している。とはいえ自分達の居処を探られているようで、やはりいい気分はしないものだ。そのあたりは二人も同じなのだろう。それに、神社の管理をしている莉花姉さんの一家も気になるところだ。

 

「たしか、この時期は閉めてたよね……滋野は?」

「滋野くんは、男の人にうちの本家の場所を聞かれたって。その後はふたりと同じだね」


 高岡達の出会った男と女が、人間であるとは思えない。妖怪に憑かれた人間か、それとも妖怪そのものか。僕らは、その確認をしなければいけないようだ。


「……皆に連絡しなさい。本家はともかく、神社はもはや並の人間には近づけぬ場になっているやもしれんぞ」


 飛び出そうとした僕らに続くように、スイカを食べ終えたおじいちゃんも立ち上がる。すぐに出る準備をして、僕達一家は錫久名の本家に向かった。

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