第3話

「……で、それは?」


 風呂から上がった僕は、居間で母と祖父に妖怪退治の報告をしながら夜食を口にしていたが、帰宅時からひいろが大切そうに握っている物が気になって仕方ない。

 白い布に包まれているそれは、火縄銃やマスケット銃のようにも見えた。しかし、僕がテレビや本で見たことがある物に比べると、布の上からでも妙な部品が付いていることが分かる。今こんなタイミングでそんなものを見せてくる時点でなんとなくこの後の展開を予想はしていたものの、つい疑問を投げ掛けてしまったのは、僕の予想が現実にならない事を願っていたからだった。


「遂に、生成に完成したんだ。俺の武器、棒火矢ぼうびや!」

「棒……火矢……?」


 僕と比べると穏やかな性格である緋が、珍しく誇らしげに見せてきたそれは、火縄銃のような本体の先にミサイル状の矢が装填されている不可思議な兵器だった。

 見た目もさることながら、名前すらも今まで聞いたことのないその銃のようなものへの興味が僅かに膨らみ、思わず首を傾げてしまった事に気付いたのは、弟の目が輝き出した直後だった。


「昔の兵器じゃよ。元は水軍などが敵船に投擲する爆発兵器だったが、緋が扱い易いよう火薬ではなく神通力で爆発させる作りになっておる」

「急須みたいな器に火薬を入れて敵に投げてたのが、始まりなんだってさ」


 祖父に見せられた一枚の紙にはこの銃の資料のようなものが描かれていたが、それを見たところで僕にはその構造の意味も原理も分からない。そして、そんな兵器が出てくる理由も分からない。

 いや、理由は分かるが、続きを聞きたくない。という方が正しいか。


「……それが、爆発する矢の出る銃になったってこと?」

「そういうこと。これが完成したし、次からは俺も出るからね!」


 よく理解出来ていない人間の問いに満足げに頷いた緋は、隣に座っていた僕にじっと顔を近付ける。その赤い視線は、有無を言わせないとばかりに鋭く僕を刺すものだから、思わず向かいに座る祖父に助けを求めてしまった。


「…………おじいちゃん」

「諦めなさい、あおい


 しかし、祖父も諦めているのかただ無慈悲に首を横に振り、返ってきた言葉も僕の心を救いはしなかった。

 若い頃からそうだったのかは知らないが、糸目と言っても過言ではないほど目の細い祖父の感情は、時折図りかねる。とはいえ、流石に今の感情ぐらいは察せなくもない。多分、呆れているか、疲れているか。はたまた緋の執念に完敗し、いっそ感動しているかのどれかだろう。僕は、疲れているに賭ける。


「緋はもう覚悟を決めておる、誰にも止められんよ」

「……そっか……おじいちゃんでも、止められなかったんだ」

「お前の気持ちも分かるが……すまん」


 僕の双子の弟は心優しく時に臆病に見える事もあるが、一度決めたことは頑なに曲げない頑固者で、上下関係など無いに等しい双子の兄の僕では止められないのだ。

 実は、僕が一人で戦いに出ると決めた時も駄々をこね、覚悟もできていないくせに無理に出ようとしたため母と祖父に力尽くで止められたものだから、いずれこうなる事は僕も予想はしていた。が、僕が戦いに出始めてからまだひと月なのだ。たったこれだけの期間で、覚悟を決めるまでは分からなくもない。しかし、新しい武器を持ち出してくるとまでは考えていなかった。緋は僕と同じく弓を扱う事になっていて、何年もその訓練をしてきていた筈なのに、一体何がどうなればこんな急展開になるのか。

 なんて考えても無駄なのかもしれない。こいつの行動は時折本当に突飛で、ずっと一緒にいた僕でさえ理解できやしないのだから。


「一体、誰に似たのやら」

「母さん、じゃないもんね……」

美優みゆうは抜けているだけで、素直じゃったからのう」


 それは祖父も同じようで、食器を洗いに台所に戻った母の背と緋を見比べては神妙そうに首を傾げるばかりだ。

 僕達に戦いの手解きをしてくれていたのは母と祖父だが、今回は祖父が付きっきりで緋の相手をしていたらしい。きっと武器の生成から使い方まで指南してくれていたのだろうと思うと、頭が下がる思いだ。まあ、僕は何も悪くないが。


恵梨えりちゃん達にはさっき連絡したから、止めても無駄だよ」

「…………わかったよ。そこまでして戦うつもりがあるなら、僕も止めない。でも、気を付けろよ」

「うん、勿論」


 こうして、弟の頑固さに呆れつつも諦めて僕が折れるのは何度目だろうか。いつでも僕が折れるから、我が儘を通しやすいと思われているんじゃないかと邪推したくもなるが、いくら緋でもそこまで酷いことは考えていないだろう、と信じたい。

 そのただただ真っ直ぐな視線を浴びながら、せっかく弟を危険から遠ざけることが出来ていた現状を見事に破綻させられたことには、いつか文句を言ってやろうと心に決め、僕はまだ半分も残っている夜食のおにぎりを口に運んだ。

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