いいヤンデレは悪魔のように黒く地獄のように熱く天使のように純粋でそして恋する乙女だから甘い
レミューリア
ヤンデレちゃんに愛されてしまった少女のお話。
『東雲
朝。授業が始まる寸前だというのに、喧騒の賑わう教室。
教科書だけしか入っていないはずの自分の机の中にカサリと慣れない紙の感触を感じた私はそれを手に取ってみる。
封筒だ。
封筒にはご丁寧にも私の名が書いてある。 どうやら差出相手は私で間違いなさそうだった。
誰かの悪戯だろうか。
先ほどトイレに行く前には入っていなかった。
この令和の時代にまさかのラブレターだろうか?
私は周囲を見渡し誰もいないことを確認すると、封を破り封筒の中にある手紙を取り出した。
『 オ 昼休み 2 カ い の 空 キ 教室に 来てくだ サ い で ないと 死 ニ マ ス』
「わわっ!」
机の中に入っていた手紙はラブレターではなく脅迫文だった。
新聞の切り抜きで作られた非日常の化身は得体の知れない気持ち悪さを感じさせる。冷汗が背中を伝った。
私は思わず手紙を素早く且つ乱暴に机の中に引っ込めて、ハトが身震いするように首を素早く振って教室中を見渡した。
いつも通りの風景だ。
読書。お喋り。メイクを直したり。宿題を慌てて片づけたり。それぞれが思い思いに過ごす、あまりにも変わり映えのない女子高の日常。
恐らくはこの中に脅迫文を書いた人がいるのだろう。その上でいつも通りの日常を演じている。
その事実に、ほんの少し震えてしまう。
「どうした~??ゆめっちなんかあったん?」
そんな私の様子を怪訝に思った友人たちが話しかけてくる。
相談するかどうか、一瞬だけ考えたがとてもこんなことは話せない。机の中の手をより強く握りしめて、私は話さないことに決めた。
「ううん、なんでもないの。ほら、思い出し笑いみたいな?なんか何でもないときに限ってあるじゃないそういうの」
「あー……あるある……かな?」
「バッカだなマイはー。土日明けだよ?ゆめっちのことだから恋人とのラブラブ思い出してたんでしょ?この前の合コンの大学生のおにーさんとかめーっちゃアタックしてきてぇーすごい脈ありだったじゃーん!」
「えっマジ?もうデートまでしてたの??マジか私も早く作らないとなー!ってかクミ、今バカって言わなかった?」
はははと彼女たちの喧騒に紛れながら私は別のことに意識を向けていた。
ちらちらと周囲から誰かが見ていないか。視線を探っていた。
すると、一人の女生徒と目があった。
彼女は隠すようにぷいっと顔を背けて、読んでいた本に再び目を落とした。
「感じ悪いよねアイツ」
マイが私の机の上に突っ伏しながらそう呟く。
クミがうんうんと同意する。
アイツ。
私たち3人の視線は一点に集約された。
犬飼
教室の隅で本を読みながらイヤホンをつけてあたかも誰も話しかけるなと言わんばかりの陰キャなのに金髪だからどうしても目立ってしまう。
「アイツ中学の時はめっちゃ真面目で周囲に可愛がられていたのに高校にあがって、たった一年でずいぶん変わったよねー」
「そそ。逆高校デビューみたいな?もしかしたら付き合ってる男の趣味なのかもしれんけど」
「すっげー趣味最悪の彼氏じゃん」
からからと悪口を言いあう二人。
それもそのはず。
艶やかな金髪をツインテールにまとめた、まるで西洋人形みたいな彼女。だけど目の下にはびっしりと隈がついていて常に不機嫌そうに見えて台無し。
まるで呪いの人形。
顔は痩せているというかやや痩せ細り、不健康な印象ばかりを与える。
血色の悪い顔をメイクでごまかそうとしてごまかしきれていないのがまた痛々しさを助長させていた。
「二人ともそのくらいにしておきなよ。あの子、ちらちら見てるよ」
「えーっ。ゆめっちマジ誰にでも優しー」
隈ばかりだからか睨みつけるような彼女の視線に気づかないふりをしながら私たちはもう犬飼杏の話はしなかった。
お昼休み。
私は他の人に怪しまれないように例の脅迫文に従って2階の空き教室へ向かって歩いていた。
敢えて無視しようかとも考えたが『死ニマス』なんて物騒な文言は無視できない。
普段は閉まっているはずの扉の鍵は開いていた。
無人の空き教室。
普段は文科系の部活が使っていると聞いたことがある。
埃はまあまあ無く掃除が行き届いている。
どうやら呼び出し者はまだ来ていないようだった。
カーテンは閉められ外の様子はわからない。
あんな手紙を受けていたのに、私は意外なくらいに落ち着いていた。
それは犯人に目星がついているからだ。
あんな脅迫文めいた手紙には流石にびっくりしたが……私には一人しか覚えがない。
すると出入口の扉がガラガラと音をたてて開けられた。
「アン」
犬飼杏だ。
今朝、教室で見かけた不機嫌そうな血色の悪い顔そのままの彼女。
彼女は教室に入るなり私に気づくと蕾が開いたように暗かった顔にぱあっと笑顔の花を咲かせた。
「ユメ!」
アンは駆け出し、私の胸元に飛び込んでくる。
「ユメっ……ユメっ……来てくれるって信じてたっユメぇ……」
ぎゅうっと母親にしがみついて離すまいとする子供みたいに甘えるアンに私は苦笑する。
「もう。そんなに強くしなくても逃げないよ?」
「昼休みが終わったら……教室に戻るじゃない」
「もう。何に拗ねてるのよ」
ぐりぐりと頭を私の胸に擦りつけて甘えるアン。
クラスの皆が知ったら驚くだろうこの変貌ぶり。
いとしく思う気持ちがないわけではないがまず、尋ねなくてはならない。
「どうしてあんな……手紙をしたの?」
「だって……早く、ユメに会いたくて。学校が終わるまでなんてもう我慢できなくて……」
「私とアンが付き合ってるとこがバレるとやばいって……散々言ったよね?」
「う、うん。だから誰が出したかわからないようにバレないように新聞を切り取ったの……迷惑かけたくなくて。ユメが……好きだから」
「そうじゃなくて!最初何なのかわからなくて怖かったんだよ!?」
そう。私、東雲
入学してから少ししてから私たちは付き合いだした。2年になった今でもこうしてラブラブ。アンは特に記念日にうるさくて何かにつけてイチャつこうとする。昨日は付き合って一年の記念日だと今の比じゃないほどに甘えてきたので、いっぱいチューやえっちをしたことを覚えている。
そんな私達だが、学校では基本不干渉でいようとルールを決めていた。
友達同士が付き合うだけでも周囲に色々五月蠅く言われるのに、女同士だなんて尚更。私は惚気くらいならしたいが見世物にされるのは嫌いだ。それに。
こんなに甘えたがりでかわいいアンを誰にも見せたくない。
「ご、ごめんなさい……許して……」
私の怒気に委縮したアンが震えだした。
「お願い、許して…!なんでもするから…捨てないで……!」
「ダーメ。許しません。いきなり捨てるとか大げさすぎるし死にますなんて冗談じゃすまないよ」
するとムッとしたアンが言い返してきた。
「冗談、じゃないっ……ユメに見放されたら私、生きてる価値なんてない……どんな時間も苦痛でしかない……死んだほうがマシ……ユメだってそうでしょ……?ユメだって私がいないと死にたくなるでしょ……?」
重い。素直にそう思えた。
アンは泣きそうな顔で身体を寄せてきた。
「ちょ、ちょっと、アン……」
「好き……好きだよぉ……ユメ……」
感極まって熱に浮かされたような顔でうわごとのように私の名を呼ぶアン。もじもじと内股を擦り合わせてまるで昨日の続きをせがんでいるみたい。
しかしここは人気がないとはいえ学校。お昼休みだしどこでだれが見ていても不思議ではない。危険だった。
私は彼女の頭を撫でる。
すると彼女はうっとりと目を瞑り、私の手のされるがままに身体を預けた。
「嬉しかった……今朝、悪口言ってた坂口さんと佐藤さんから私を庇ってくれたよね……」
えっ。
坂口と佐藤とは学校でいつもつるんでいる二人、クミとマイの名字のことだ。
つまりアンは私達の会話を聞いていたことになる。それってつまり。
「なんで……知ってるの?確かに見てたけど教室の端から端、そんなに大きい声で話してない……」
アンの肩を押して身体を引きはがす。
するとアンははっとして苦しい言い訳を始めた。
「と、友達に教えてもらったの」
アンには友達いないじゃない。
「それに何となく話してる空気みたいなのでわかるし……」
そんなにわかりやすい態度は出してないはずだ。軽く止めただけだし。
「フフあの子達もバカだよね。ユメが合コンで男にたぶらかされるわけないのに……第一、私のユメにべたべた触りすぎ近すぎ……ずるいずるいずるいずるいい……」
「う、うん。そうだね……あっ」
ぶつぶつと呪詛を吐きはじめたアンに不穏な空気を察した私は強引に話題を切り替えることにした。
「このぬいぐるみのキーチェーン本当かわいいよね。アンのセンスマジでイケてるっ!ありがとっ」
一周年記念で私達はお揃いの物を買うことにした。
正直、私は記念日やお揃いが大事だとは思ってはいないのだがどうしてもアンが買いたいと言ってきたのだ。
そして私が持って帰るぬいぐるみをこちらから見えないようにぎゅうっと抱きしめてから一方的に約束をされた。
『この子を私だと思っていつも傍に置いておいてね……?絶対だよ?登校中も家にいるときもずっと傍においてね???絶対だよ??』
正直、持ち運ぶと汚れたりどこかにぶつける気がしたので部屋の置物にしたかったけどこう言われると暫くは持っていないとダメな気にはなるもので。私は昨日からこのキャラクターぬいぐるみを肌身離さず持ち歩いている。トイレや風呂は別として。
「うんっ……うん……良かった……ずっと傍に置いてね、大事にしてねっ絶対だよ………」
逆プロポーズみたいな言い方が可愛らしくもどこか圧を感じる。
「うん、私も好きだよ…アン」
結局。それからお昼休みが終わるまで私達はハグとキスを繰り返し、名残惜しそうに別れた。
授業の後、放課後デートをして彼女の家でアンの両親が帰ってくるまでたっぷりイチャイチャしてから私は自宅へと帰った。
帰宅してすぐ私は布団の上で彼女のくれたぬいぐるみを机の上に置いた。
「……やっぱり」
そこには盗聴器と思われる機械が入っていたのだ。
きっと渡す前に抱き締めた時に仕込んだのだろう。
朝の会話もずっとイヤホンで聞いていて。
だから何を話していたのかも知っていた。
何故こんなことをしたのか?
理由は明白。
アンは私のことが本当に好きなんだ。
こんな犯罪スレスレのことをしてでも私が何を話しているか、だれか別の人に目移りしないか気になって仕方ない。
今になって考えると目の隈は盗聴と例の脅迫文を書くために徹夜していたのではないだろうか。
思わず手が自分のこめかみを抑えるように動いた。
震えた。
その重さに。
危うさに。
私は。
「っ……は――……好き……」
興奮を隠しきれない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。好き。すごい好き。キスがしたい。またアンを抱きたい。今すぐにでも抱きたい。イチャイチャしたい。
だって。だって。だって。だって。
私はイヤホンをつけながら思う。
盗聴器初めて買ったのかな?あそこのメーカーは音質良くないから今度さりげなくおススメを教えてあげたいなっ。
ぬいぐるみなんてすぐにバレるから辞めたほうがいいよって言うべきかな?でもでもぬいぐるみの中なんて可愛いっロマンチックっ。
私は盗聴器に拾われないように悶え転がった。
すごいすごいすごいすごい。
アンが、アンがダメになっていく。
私は興奮しっぱなしだ。
アンを好きになったのは中学2年生からだ。
たまたまクラスが一緒になった彼女は誰からも頼りにされて、可愛がられていた。
ハーフの帰国子女で見た目だけでも美少女なのにテニス部のエースで成績優秀、品行方正で何より誠実。
誰に対しても分け隔てのない皆の太陽みたいな女だったと記憶している。
高校に入ってから告白した。
きっかけなんて大したことじゃない。彼女が「由愛さん、高校でも同じクラスだなんて運命的だねっ」って言ってきたせいでもう気持ちに抑えがきかなくなったからでしかない。
だけど私はフラれた。
彼氏が昨日できたからだとか私達いい友達でいましょうとか女の子同士ってよくわからないとかそんな言葉は聞こえてはいたものの、脳が受け取り拒否をしていたかのように理解ができなかった。
気づけば、カバンの中のカッターナイフを取り出して、自らの手首にあてていた。
『アンと結ばれない私なんていらない』
自分でも驚くほど何の躊躇いもなく抵抗もなく引かれたカッターナイフ。
命がなくなるほどではなかったのだけど、勢いよく血が流れる私に泣きながらごめんなさいごめんなさいと許しを請うアンを見てなぜか私は内心で笑った。
大丈夫だよ。よくやるから。アンのことを思う度にこうしないと落ち着かないの。
その日、私たちは結ばれた。
『最初は女同士ってどうかと思ったけど、ユメと手繋いだりキスするの好きっ!』
夕焼けに頬を赤らめた彼女。
とてもかわいらしい天使のような微笑み。
私はこの繋いだ手を絶対に離したくない。でももしかしたら彼女は何かきっかけがあれば容易く離してしまう。
私の好きと彼女の好きは違うかもしれない。
彼氏とは別れさせたけど、アンは人気者だ。
男でも女でも魅力的に思う人であることは疑いようがない。
恐怖が私を駆り立てた。
彼女の気持ちを確かめたい。大丈夫、大丈夫だと安心が欲しい。監視カメラや盗聴器も使った。でも足りない。
一人ベッドの上で私の名前を使って慰めているアンを見ても私はまだ足りなかった。もっと彼女の好きって証言が欲しい。
自分勝手なことはわかっている。だけど渇く。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。
最初から好きだと諦めずに告白を続けて両想いになれればそんなことはしなくても良かったのに。
最初の最初に脅迫を選んでしまったから。
彼女自身を信じられず本当の思いを卑怯な方法で確かめるしかなくなってしまった。
安心できずに眠れない日々が続いた。
深夜にアンに電話をかけることもあった。眠っていて取れなかったと聞いたときは理不尽に怒りをぶつけた。
やがて私は気づいた。
アンの世界に私しかいなければアンは私だけを見てくれる。
誰からも羨望のまなざしを受けていた彼女は変わった。
帰宅部の私との時間を優先するために将来有望と言われた部活は辞めることにした。
家族や友達との約束も容赦なくドタキャンさせた。自殺するって言えばそれが本気だと彼女は知っていたし、いずれそんなことは言わなくても平気で約束を破って私を優先する女になっていった。
そんな彼女が周囲に見放されていくのは必然だったが、私はそんな周囲が許せない。そう思えたのだ。
アンの周りにはあんな女達はいらない。彼女の隣に相応しくない。別け隔てなく接する優しいアンを利用するだけ利用して裏切られたと思えば手のひらを返して冷たく接するだけの連中なんていらない。
アンのことをわかってあげられるのは私だけなんだ。アンは私だけ信じて私だけ見ていればいい。
『もう友達も親もいらない…ユメのことだけが好き、好きなの。好きだから……』
孤独になるたび、より私を強く求めるようになっていくアン。
やつれ、苦しむ彼女を見て何故か私は以前よりずっとアンが愛おしいと思うようになっていた。
守ってあげたい。大事にしたい。
今だってそうだ。
不思議なことに、満ち足りたような幸福を感じているのに尚も彼女を欲する私がいる。
そういえば、彼女のことで一喜一憂するたびに自傷していたころの跡はもう殆ど見えなくなっていた。
「好きだよアン。ずっと一緒にいてね」
私が死んでしまわないように。
ぬいぐるみに向かって私は聞こえるようにそっと愛を囁く。
監視カメラに映る彼女の横顔はとても幸せそうに微笑んだ。
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