第43話・運命の日-1
翌日、寝不足とあの完璧な答案のせいで、カシリアの仕事ははかどらなかった。しかも心が乱れイライラして、リリスに会いにいく勇気も失った。
その次の日になって、ようやくリリスの所へ行く決心ができた。
事前にセリフを考えたが、それでも頭の中にはあの答案の内容ばかりが浮かんできた。
一生懸命に頑張ってきた自分の努力が全く無駄だと証明しているかのように完璧に書かれたあの答案を、思い出す度に、心が張り裂けそうで痛くなる。
複雑な気持ちでいっぱいで、どんなに冷静になろうとしても、気がつくとそのことばかり考えていた。
休憩室に入る前にもう一度何をどのように言うかを考えた。
よく休めたか?体調は良くなったか?今回の成績が良かったから、ぜひパーティーにでてくれないか?など、優しい慰めの言葉をたくさん用意しておいたはずだった。
しかし、リリスの顔を見たら、すぐ緊張してしまい、事前に用意したセリフが喉元で詰まって吐き出せなくなった。
結局リリスと上手く話せなかった。
リリスが休憩室を出た後、カシリアは頭を抱えた。
ああ、こうなると分かっていれば、せめて順位の話をするべきだった。そうすればパーティーに出てくる?いやいや、オレは何を考えている。リリスは体調不良なのだ。無理にパーティーに出す方法を考えてどうする…
「はああ…オレは一体どうしてしまったんだ」
カシリアは大きく息を吐いた。頭の中はリリスのことでいっぱいになり、どうしても落ち着くことが出来ない。
いや、リリスはもう行ってしまった。自分もパーティーの準備をしなければ。
今回もまたいつも通りに貴族共と沢山無駄話をしなきゃならない。そう思うとカシリアの頭がまた痛くなり始めた。
あれこれと悩んでいるうちに、時間は流れて行き、やがて夕方になった。
パーティーに参加するため、カシリアは早々にひと目でその身分がわかるような贅沢を極めた王族用の礼服に着替えた。
貴族は場に相応しい服装を身に付けなければならない。例えば学院では学院のルールに従い、質素な学制服を着る必要がある。
だがパーティーでは、どの少年女性も、家の強さを示すために、豪華できらびやかな衣装を身にまとう。
しかし、貴族間の経済格差が大きいので、一般的には服装を見ただけで一族の経済力がわかる。
だからそこから爵位を推測することができた。
リリスのドレスが沢山のルビーで飾られていたのは、ルビーが公爵身分の家だけが手軽に買える高価なアクセサリーだからだ。
普通の貴族の家ではあんなに沢山のルビーのついたドレスは不可能だった。1つ2つルビーのついた流行りのアクセサリーが限界だ。
平民の学生なら、シンプルで地味な礼服しか着られないだろう。
そのため、貴族の社交界は非常に簡単で明快なルールがある。服装で身分が分かる。身分が違えば一緒に楽しく会話することはできない。
更に身分の低い者は自ずと卑屈になるし、身分の高い者も、自分より下の人間に気軽に話しかけることはない。
大きく3つのグループに分けられる。
1つは身分も地位も低い一般貴族の交際グループ。構成員は殆どが子爵、男爵と騎士の家の者。
1つは上流貴族で、公爵、侯爵そして伯爵の家の者で構成される。残りは最も外側に位置する平民のグループ。
この3つのグループの間には確たる暗黙のルールがある。それは、平民は一般貴族の機嫌をとり、一般貴族は上流貴族に近づくのだ。
王族のカシリアは、時に名誉のため、時に威信のため、時に民衆のため、時に関係構築のためなど、様々な複雑な理由で、時折それぞれのグループに現れる。
だがそれも全て仕事上必要だからだ。
身分の違うグループに入るには、それぞれに応じた態度をとり、それぞれに応じた仮面を付け、それぞれに応じた話をしなければならい。
だからカシリアは交際の場を非常に嫌っていた。ずっとできるだけ避けていた。
でも今日どうやら避けられないだろうなあ。それも仕方ない。
「下準備が出来た、行こう」
「かしこまりました、殿下」
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